四十五歳の地図 序-2
私のリハビリは介護ロボットとともに家の周りを散歩することだった。
だった。と過去形なのは、今はそれができなくなってしまったからだ。
理由は
そのため私は外出を自粛せざるを得なくなり、また家でぼんやりする時間を増やしてしまっていた。
勿論すぐに努力を放棄したわけではない。暇を持て余さぬよう家でできるリハビリを私なりに色々考え挑戦した。だがどれもうまくいかなかったのだ。
読書をすれば文字酔いで吐いてしまう。
音楽を聴けば音が頭を滑る。
映像も同じように目を滑っていく。
病気が進んでいたのだろう。その頃の私には、今までやれたことがすべてできなくなっていた。
それでも私は諦めなかった。ならば――普段やらないことをしてみるのはどうか。そういう行動のほうが脳への刺激となるかもしれない――と、次に私は今までしたことのない行動をとるよう試みてみた。
例えば飲酒。
してみたが吐いた。
気持ち悪くなり横になったところまでは覚えていたが、次に意識が覚醒した時には暦が数日進んでいた。誰だ酒は百薬の長などとのたまったのは。とんだ毒物ではないか。
喫煙の結果も惨憺たるものだ。何度試しても気持ち悪くなるばかり。その後しばらく幻覚ならぬ幻臭に悩まされた。何度歯を磨いたか知れない。
困った。昭和の時代の遊びは女酒タバコだとよく聞いたのだがまるで楽しくない。何がしない奴は人生を損しているだ。こんな拷問が楽しいなど生粋の修行僧か何かなのか。
いや待て。ここで結論を述べるのは早急だ。まだ女が残っていた。
だが商売女は呼べない。今の私の体調や精神状態で生きている異性を相手にするなど破滅を望むに等しい。絶対に無理だ。リハビリどころか再起不能になる予感しかしない。
しかしながら、そうとはいえ、ここまできて、最後の一つを残したままで昭和のメソッドを非難しすべてを放り投げてしまってもいいのだろうか。
――私は――私はどうすれば――。
そんな時、私の良心が囁いた。
それは逃げではないのかと。
弱い自分をいたわるだけの情けない行為なのではないのかと。
聞こえてくる団塊世代の声。理不尽な激。先人たちの
私苦悩した。少なくない時を費やして、私は弱い自分と戦い続けた。
そうしてとうとう、私は折衷案に辿り着く。――であれば、オリエンス工業のドールならばどうか、と。
時間のかかった決断だった。しかしこれでようやく私は、結果がどうなるにせよ一区切りつけられると思った――のだが。
そんな大決断にすら、運命という奴は無情にも試練を差し込んでくる。
結論から言えば、私はそれを試せなかった。
なけなしの勇気を総動員し断腸の思いでソレを購入してみたものの、注文翌日に返ってきたのは「発送日は未定」という無慈悲なメールであった。
受注生産のためか順番待ちが発生しているのかは知らないが、私のギリギリ相手にできそうな【女】は、試せそうになくなった。
――女酒タバコ……あと聞いたことのあるメソッドは……。
肩透かしを受けた私が失意の元に昭和を思い浮かべ、ぼんやりと思い出したのは――ギャンブル。
勝っても得られるものは金しかない。しかも勝てば勝つほど課税される税額は上がり、払い戻しよりも徴収される税のせいでかえって貧乏になっていくという何処にメリットがあるかわからないのに人を熱狂させてしまう悪魔のシステム。
ギャンブルに私は懐疑的だった。そんなもので本当に人は頑張れるのだろうか。心のリハビリになるのだろうかと。
しかし負けても失うものは金だけだ。試しても損はないように思えた。
まず手を出したのは競馬競艇競輪。
結論から言うと、すべてダメだった。どれを買えばいいのかということを考えているうちに意識が途絶えてしまうのだ。
考えているうちに思考力がなくなってしまう。
そして決まってその後襲ってくるのは強烈な倦怠感と吐き気。眩暈もしばしば起こる。
どうやら深い思考を必要とする行動全般が私には無理なようだった。
ならば、と、次は宝くじを買うことにした。ギャンブルで思いつくのはもうそれしか残っていなかった。
買ったのは6つの数字を選んで購入する宝くじ「メガミリオンズ」というお手軽価格のくじだ。
これは簡単だった。買えばいいだけだった。
とうとう、私は無事ギャンブルをした。あとは結果を待てばいいだけだ。私は目標を達成した。
私は確かにやり遂げた。
が、得られた満足は翌日にはもう綺麗になくなっていた。
期待していた当選発表日までのドキドキなど微塵も湧かなかった。
そこでようやく、私は無理やり始めた昨日以前の行動が何ら意味のないものであったのだと理解した。
情報処理ではなく、身をもって、思い知ったのだ。
私はギャンブルをやめた。
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