転移した日①-2-2

「しかし、その格好では動きづらいのではないかと思いますよ、少なくともこの家の中では」


あんないかつい鎧なんて買った覚えはないけれどまぁその辺はどうでもいい。とにかく家の中でその格好を推奨するわけにはいかない。それを認めてしまったら家具が傷む。板金鎧でベッドに寝られた日にはベッドの足が折れるかもしれない。少なくともマットレストッパーは無傷で済むまい。それは椅子とかソファーでも同様である。


「武装を解除せよというのか。……いや、そういうことか。流石は我がマスター。私のコンディションまで見据えているとは。了解した。そういうことなら私としてもやぶさかではない」


独り言を言いながら何かを得心する少女ドールは、またビカビカっと光ったかと思うと全裸に戻った。


「…………」


モロ見えになるのに、果たして光る意味はあったのか。


いや多分意味とか理屈とかではないのだろう。様式美的な何かか。流石って唐突に褒めるのも含めて。だってどう考えても今のやり取りに褒められる要素なんてなかっただろ。家の中では帽子は脱ぎましょうみたいな話をしただけじゃん。


――スルー安定だな。我が突っ込みスキルレベルでは太刀打ちできない。


事態の深刻さに早々と見切りをつけた私は思考を停止し頭を切り替えるためいったん深呼吸。


そしてその後少女が入っていた箱のところまで移動する。


「あった!」


予想通り、箱の中にはビニールで梱包された衣装が残っていた。


見本は衣装を着ていたんだ。服は別売りです、とは書かれていなかったんだ。なれば常識的に考えて、業界最高峰の老舗企業が最高品質ドールを裸で送りつけたりなどするまいという閃きにすがりアクションしてみたのだけど小生ナイス判断。良い波に乗っている。


――これ、写真に載っていたゴスロリ服かな。


紹介ページの衣装はどうやら標準装備品だったようだ。衣装を取り出しつつ、私はオプション衣装を同時購入しなくて本当によかったと安堵する。ドールが見ている中看護婦衣装や体操服衣装とかを手にしていたらジト目で勘ぐられるという窮地に立たされていたことだろう。


「これ、これを着てください!」


危ない危ない、危うくそういう趣向の人間だと誤解されるところだった。と、服を差し出す私に、少女ドール――販売ページに乗っていたドールの型式名がキタホリマキモデルなのでとりあえずマキちゃんと呼ぶ――は、ジトっとした視線をこちらに向けた。


「マスター……」


「はい」


「……それを私に着ろと?」


「え?…………――」


なんだと……。


……なんて事だ。


ゴスロリもアウトだというのか。


「と、とりあえず。今はこれしかなくて――」

「私は騎士であって魔術師ではないのだが」


「え? 魔術師? ……いや、あの、そういう服では無いのですが? 割と普通な普段着でして――」

「普段着だと?」


「…………」

「…………」


「…………」

「…………」


わかってる。


これが普段着などではないことくらい。


しかしここはあえて押し通させてもらう。


これは普通だ、と。


だって手持ちの服はこれしかないのだ。拒否したらあなたこの先全裸ですよ。


「あ、その、ここ、お城じゃないんで。家の中ではこれを着てほしいなぁと思いまして、その、鎧姿だと家具とか傷むので」


「そうか。マスターがそういうのなら私に否はない。まぁ確かにここならば鎧はいらぬだろう」


そういってマキちゃんは私の手から服を受け取る。


その直後――


「あ、まって、ください。先にこっちからお願いします」


慌てて私は一枚の布を差し出した。


そう。なけなしの勇気を振り絞って、私はそれを差し出したのだ。


「……マスター……なんだそれは……そんなものどうするのだ」


「履きます。普通に。こんな風に」


私はそれの履き方をジェスチャーする。


まるでシャレードをするかの如く。


「な!? こ、こんな薄っぺらい小さなものを、履くのか?! ドロワーズではなくこれを履けというのか?! 正気かマスター!」


マキちゃんが凝視しているのは黒いレースのおパンティ。


おうふ。まさかAI制御であろうラブドールにリアル女性並みの霊圧をかけられるとは思わなかった。

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