最終話◇私の見つけた宝物


「肘は曲げないで、伸ばしたままでねー」

「ミル師匠、なんで肘を曲げちゃいけないの?」

「それはね」


 ルワザールの街、新ひだまり孤児院で私は刀術を教えている。


【ある程度、身体ができてからの方が良いであろ】

「ちっちゃい内に無理はさせられないし。身体動かして遊ぶのが一番いい修練かな」


 十二歳からってことにして、男の子ふたり女の子ふたり。木の刀を使って素振りから。庭で修練してる子供達を、ユマニテ先生がニコニコ見守っている。


 地上には今だに光の女神の加護がある。だけどそれは少しずつ弱くなっている。これまでずっと光の加護に頼っていた人達は、これからどうなるのか? どうなってしまうのか? と、暗い未来を予想して、不安が地上の人々を覆っている。


「人と人が手を取り合い、女神への信仰を改めることで、光の女神の加護は力を取り戻すわ」


 メッチ、聖女メッチェラーノはそう説いてまわる。光の女神の加護の力を取り戻そうと。


【さて神々は神界で何をしておるのだろうの?】


 セキは少し呆れたように言う。


 百層大冥宮の人達は、もう地上にはそれほど関心が無い。それでも、光の加護が完全に無くなれば、地上に出てくる魔族が増えると思う。ちょっと旅行してこようか? とかで。

 そうなったときに人は魔族と対等ではいられない。光の女神の加護に頼りきり、加護が無くなれば120年前よりも弱くなってしまう人達。

 いっそ魔族に可愛がられるペットか家畜にでもなろうというなら、話は違うけど。それはおもしろく無いと思う。それは、私が彼らと楽しくいられたから。


 力こそ全て、とまではいかないけど、強いのが偉いっていうのがある魔族から見たら、人は弱すぎる。その弱い人が神の力を借りて、借り物の力で強くなったつもりでいるのが、魔族には気にいらないところ。


「力を持つものはそれに責を負う。身を鍛える中でそれを一緒に学ぶのよ。ただ力だけを与えられた者は、それを使いこなす心の鍛練ができていない。使いこなすこともできない力で暴れる不様は醜いものよ」


 フェスに聞いてみたら、こう。強い者にはそれに見会う精神があり、そこに敬意を持つという魔族らしい考え。


「弱体化し過ぎた人など、研究材料にもならないであります。それよりミルさん。次の円盤の封入特典のトークライブのチケットについてでありますが」


 アデプタスに聞いたらコレ。骸骨頭をペチンとしておいた。もー、まったく、もー。


 私が心配してるのは、光の女神の加護が無くなってから。百層の人達と地上が仲良くできないか。そりゃあ、すぐになんて無理だけど。でも、光の加護なんて無くても人が強いってなれば、対等に話もできるはず。

 五年と百層大冥宮でセキに鍛えられた私は、光の加護と無関係でそこそこ強くなれた。メッチに鑑定してもらって、その結果にメッチも驚いていた。全てが不明と。

 光の加護のシステム。その神の力、スキルでは、私の能力、ステータスは測れないらしい。


【簡単には見切られないように動く。これも刀術。それが神の目にも見抜けぬようになったかよ。くくく】


 弟子の成長にセキはご満悦。


 なので私も弟子を鍛えてみようかと。神の加護に頼らなくても下層まで行ける人が出てくれば、下層の人と話ができる地上の人も増える。今のところ私だけだし。そんな人が増えたら下層とのやり取りが増えて、神の加護なんて関係無く、光も闇も無く、話ができるんじゃ、解り会えるんじゃないかなって。ただ、相対するあなたと私として。


【それは、新たな争いの火種となるかもの】

「それでも、顔も知らない神様の勝手な都合で、あっちとこっちに分けられて、ずっと争うよりはいいんじゃないかな? 人に頼らないで自分でケンカしないと解らないこと、あると思う」

【誰もが解ることでも無かろ】

「そこにあるものを、ちゃんと気付いて解っていこうって、私はセキに教わったから。私が気づいたことを、私の大切な人にも気づいて欲しいと思うから」

【必要の無いものはこの世界から消えていくらしいぞ?】

「自分の身体を必要無いなんて言う人はいるのかな?」


 私が求めたもの。何があっても生きていける力。でも、それは誰もが求めるものだと思う。

 それを他の世界の神様の都合で、神の加護のシステムで、強くなったり弱くなったり。そんなものに右往左往するのは、ばからしい。

 そんなものに頼らないと生きていけないなんて、そんなのは嫌だ。それじゃ神様の都合で、気分で、生かされたり、生きていけなくなったりする。自分の力で生きていけなくなる。


 セキのおかげで私はちょっとは強くなれた。でも、まだまだだ。ぜんぜん、まだまだだ。できないことがいっぱいある。

 それでも、神の加護になんて頼らなくても生きていける。だってそれより頼りになるものがそこにある。

 誰もが産まれたときから持ってるもの。誰もがそれを頼りにしてるもの。身近すぎて見落としてしまうもの。

 産まれ持った自分の身体。

 死ぬまでずっと一緒の大切な相棒。

 産まれたときは立てなくとも、少しずつ、少しずつ、できることを増やして。触れて、立って、掴んで、歩いて、撫でて、走って、抱きしめて。転んでも立ち上がれる。遠くまで歩いていける。

 生きていくために、できることを増やしていく。そして、いろんなことが少しずつできるようになっていく。


 神の加護に頼っていた人達は、神の加護が弱っていく世界に、未来に希望は無いと言い出す人もいる。

 だったらそんなものに頼らないでよ。

 そんなものより、自分の身体を大事にしてよ。自分の身体を大切にできなくて、その身体の未来を大切に思える訳が無い。

 皆で仲良くしましょう、なんて言ってもさ。自分の身体の中で、肉と骨を仲良くできない人が、違う身体の人とちゃんと仲良くできるのかな?

 そこに在るものを見て欲しい。そこに在るものに気づいて欲しい。そこにまだ、自分でも知らない可能性が詰まっている。

 それを見つけて、使って、鍛えて、育てて、自分が生きていく力にする。

 もう、誰に必要無いと言われても気にならない。私の身体は、私に必要な大切なものだから。


 それを最初はユマニテ先生が教えてくれた。抱きしめてくれた。その手の温もりを、背中を優しく撫でる手を、私の身体は憶えている。大切にされて、そうされる私がいることが感じられた。触れた身体の温かさを憶えている。

 その身体の使い方を、可能性をセキが見せてくれた。教えてくれた。気づかせてくれた。

 そしてマティアにアーティ、一緒に修練してくれる人がいて。できた、できない、と一緒に悩み、喜び。

 フェス、ふたり目のお母さんみたいに、私に優しくしてくれる人に会えて。

 いっぱい、いっぱい、いろんな人がいてくれて。助けてくれて。優しくしてくれて。私に触れて教えてくれた。


「私って、恵まれてるんだなー」

【合縁奇縁、そこから学んだ者はよくそう言う。まぁ、ミルがおかしな強運の持ち主なのは間違い無い】

「そうだね。でもそのお陰でセキと会えた」

【我もこうして地上に出てしまったの。ミルと会わねば、今も魔王殿宝物庫の中か】

「フェスにアデプタスに頼めば出られたんじゃ無いの?」

【……魔王シュトが討たれてからの、我は嘆いてあそこに引きこもったのよ。そして過去の思い出ばかりを繰り返して見ておったのよ】

「それで、ブツブツ言ってたんだ。あれってセキの過去の回想だったのか」

【身体があってシュトと稽古していた頃の、な】

「そういや、セキと魔王シュトって結局どんな関係だったの? ケルたんは?」

【そういうことは、話さん。恥ずかしい】

「え、でも、私が真の主になったら教えてくれるって」

【そんなこと、言ったかの?】

「言った! セキそう言った! ほら新たな真の主の私に全部話しなさい! 気になってたんだから!」

【ええい、うるさい。我にも若さ故の過ちとか、いろいろあるのよ!】

「えー? 誰にも言わないから、秘密にするから、ねー、教えてよー。ちょっとだけでも」

【だから、の、その、……ふー、ちょっとだけ、だぞ? 少し話してやるわ。誰にも言うでないぞ?】


「ミル師匠、また刀と喋ってるの?」

「そうだよ」

「なんて言ってたの?」

「それはちょっと秘密」

「また魅刀赤姫のお話、聞きたーい」

「どうする、セキ? ……うん、晩ごはんの後なら少しお話ししてあげるから、今は修練しよっか」

「ねぇ、なんで肘を伸ばすの?」

「手を根元から使うためだよ。よっし」


 新ひだまり孤児院の庭、草の上に正座して両手をバンザイと上に上げる。


「素振りをやってたらこういうのもできるようになる。皆で私の手が下に下りないように抑えてみて」


 四人の子供が座ってバンザイする私の両手にしがみつく。皆で両手でがっしりと。


「いい? いくよー」


 そのままゆっくり振り下ろす。ただ、真っ直ぐに手を振り下ろすだけ。


「「きゃー!」」


 四人の子供がコロコロと転がる。驚いてる。笑ってる。


「何? いまの。ミル師匠の手がグニャってなったよ?」

「これは手の動かしかただけで、魔法でもスキルでも無いよ。修練したら誰でもできる」

「ミル師匠! もう一回! もう一回!」

「いいよ何度でも。踏ん張り過ぎて、バタンと倒れて怪我しないでね」

【師匠が板についてきたの】

「私の師匠の真似してるだけなんだけどね」


 そうやって庭で楽しく修練しているとお客さんがやって来た。


「ミル? あ、いた。ミルに会いたいって人を連れて来た」


 やって来たのはメッチ。今は聖女と呼ばれる私の昔の探索者友達。連れて来た人は日傘を差して顔を隠している。


「私に会いたいって、誰?」

「街でミルを探してたの。昔の知り合いだって」


 日傘で顔を隠してるけれど、着てる服はメイド服。とっても見覚えのあるこの服装。

 日傘を傾けて見える笑顔。白い肌、黒い髪。


「ミルちゃん、来ちゃった」

「マティア?」


 五年とずっと一緒にいた、私のお世話係。吸血鬼メイドのマティアが地上に来た。私に会いに来てくれた。修練仲間で、私のおねえちゃんの。


「マティア! 身体は大丈夫?」

「すっかり良くなった。ミルちゃん、ありがとう」

「マティアー!」

「ミルちゃーん!」


 再会にぎゅー、と抱き合って。


 隙を見て百層に戻ってみた時がある。そのときマティアは寝込んでいた。身体中が痛いと言って。


「アデプタス、マティアはどうしたの?」

「ふむ、どうもこれは、成長痛に近いものでありますな」

「成長痛? 吸血鬼が?」

「ケールカルキルクルコルロルスの呪い。吸能で弱体化。そのまま五年とその状態に慣れてしまったであります。その呪いが解かれ、エルダーヴァンパイアの能力が戻って来たものの、身体がその能力により急激に変化してるであります」

「マティア、辛そう」

「痛みは抑えることができても、戻った能力が身体に馴染むまで、大人しくしておくしか、無さそうであります」


 そのときはマティアに会えても、少ししか話はできなかった。


「でも地上に出てきて、大丈夫?」

「光の加護は弱まってるから、でも、ずっといられる訳じゃ無いけどね」

「マティアが元気になって、良かった」

「ミルちゃん。『フラッグ』の白旗を折ってくれて、ありがとう。ちゃんとお礼を言いたかった」

「あれはついでみたいなものだったけどね。ホントはマティアが自分でするって言ってたのに」

「ううん、あのピエロはずっとミルちゃんとセキ様のこと気にしてたから。私が行っても相手にしてくれなかったと思う」

「マティアは私の巻き添えになってしまったから、それに、呪いが解けても寝込むことになっちゃったし。ずっとマティアには悪いなって。ゴメンって。私、」

「いいの、ミルちゃん。私、ミルちゃんのお陰でスゴくなれたんだから」

「どういうこと?」


「弱体化したことでセキ様の刀術をちゃんと学べることができたから。私はミルちゃんと同じ年月、刀術修練してたのよ。アーティがライバルって言ってたけど、ミルちゃんの一番のライバルは私なんだから」

「そうだね。ずっと同じメニューをこなして来たんだもんね」

「その上、エルダーヴァンパイアの能力が戻ったのよ。私、今では吸血鬼の刀術師として、女王も驚くくらいになってるの」

【ほう、それはおもしろい修練法よの】

「マティア、そんなに強くなったの? フェスが驚くくらいって」

「これもミルちゃんとセキ様のおかげ。あとはちょっとだけ、あのピエロのせいね」

「ケルたんの悪ふざけが役に立ったのかー。まさか、狙ってないよね?」

「そこまで考えては無いと思うけど」


 私の近くでニコニコ笑ってたマティアが、急に顔を曇らせる。ん? どしたの?

 マティアが後ろに下がって私と距離を開ける。


「そんなミルちゃんに言わなきゃいけないことがあるの」


 日傘で顔を隠して、声のトーンを落として。


「私が大好きなミルちゃんに、こんなこと言うのも、どうかと思うんだけど」

「何? マティア、急に暗いよ。まさか、百層で何かあった?」

「私も本当はミルちゃんにこんなこと、言いたくないの。でも、それが私がしないといけないこと」

「マティアが思い詰めるなんて、フェスの身に、何かあった?」

「女王は元気よ。また、顔を見せに行ってあげてね。私がミルちゃんに、言わなきゃいけないこと、それは――」


 マティアが日傘をバサリと揺らす。日傘の中から黒いコウモリが五匹、パタパタと飛び出す。マティアの右手が日傘の柄を握ると、そこから白い刀が抜け出て光る。日傘の中に仕込み刀が。

 マティアはその刀の切っ先をピシと私に向ける。日傘を上げたマティアの顔は、イタズラッ子のようにニコニコと笑顔。明るい声がその口から。


「我らが魔王様の至宝を盗み出した盗人よ! その罪、万死に価する! 魔王様の愛刀、返してもらうぞ!」


 言ってることの中身とは相反した楽しげな声で、マティアが聞き慣れた口上を延べる。


「ということで、ちょっと遊ぼうよ、ミルちゃん」


 ぺ、と可愛く舌を出す。


「あはっ」

「うふっ」

【くくっ】

「あははははは!」

「うふふふふふ」

【くっくっくっくっく】


 今日の刺客はマティアだったかー。うん、私も一度、マティアとはちゃんとやってみたかったんだよね。なんだか胸があったかくなってきたよ。周りではアデプタスの使い魔のコウモリが、ベストポジション探してウロチョロする。

 私は腰に差したセキを鞘から抜く。

 銀光が煌めく鏡鋼の刀身を高く掲げて光らせて。


「我は刀術師ミルライズラ! 魅刀赤姫の主なり! 我と踊るは何者ぞ!」


「血を統べる女王フェスティマが家臣! エルダーヴァンパイアの刀術師! 我が名はマティアス=アルハブラウス! 我が刃の唄を聞け!」


「「いざ! 尋常に!!」」


 私はセキを高めの高波に構え、マティアは閉じた日傘と仕込み刀の二刀流。じりりと互いに間合いを詰める。マティアの口に少し牙が見える。強引にお風呂に入ってくるときと同じ微笑みで。まったくもう。楽しんでるなぁ。

 見てるメッチが、ユマニテ先生が、子供達が驚いている。あ、私の弟子の子供達に言っとかないと、


「みんな! 良く見ててね! これが対吸血鬼戦の基礎だよ!」


「「えぇーーーーーー!?」」


 うん、いい返事だ!


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魔刀師匠 ――私の見つけた宝物―― 八重垣ケイシ @NOMAR

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