第41話◇いやー、死ぬかと思ったよ、てへっ


 昔の記憶を探りつつ、がんばって走って三日目。お弁当も食べ尽くしてお腹すいた。お腹すいたー! うわーん!

 で、やっと街が見えてきた。確かボラッシュとかいう名前の街。小高い丘から見てみれば。


「うわー、兵士がいっぱい」

【ゴチャゴチャしとるの】

「闇の軍勢と戦ったのは百年以上昔なのに、なんでこんなに兵士が?」

【平和に飽きて人同士で戦い始めたのであろ】

「何を考えてるの? 光の加護が弱まって来てるっていうのに、なんで同士討ちみたいなことしてるの?」

【それを調べに来たのであろ?】

「そうだった」


 兵士の中にはいろんな人がいる。装備とかバラバラでこの前のベルデイの兵士とはちょっと違う。ちょっと話を聞きに行く前に、どこかご飯食べれそうなとこ無いかな? この前貰った金貨は使えるのかなー?

 テテテと近づいて行くと、向こうから馬の一団、騎馬兵士が五人来た。


「おい、止まれ、女」

「私?」

「他に誰がいる? お前、ルワザールの方から来たな?」

「そうだよ。それで、何があったの? 武者修行の旅に出て五年振りに故郷のルワザールに帰ったら、ベルデイ? とかいう国の兵士が偉そうにしてて、慌てて逃げて来たんだけど。ルワザールはどうなったの?」

「お前、この前の戦を知らんのか?」

「戦? 知らないよ、ねぇ、何があったの? ユマニテ先生の、ひだまり孤児院はどうなってるの?」


 走ってる間にちょっと考えた。これでなんとかならないかな? ごまかせないかな?

 騎馬兵士が顔を互いに見合わせている。さっきのひとりが私に向き直って。


「ユマニテ先生というのは、クレリックのユマニテルか?」

「そうだよ。先生のこと知ってるの?」

「それじゃ、お前は聖女の、ひだまり孤児院を知ってるのか?」

「知ってるも何も、私は、ひだまり孤児院の出身で」


 聖女? それは知らないけれど。


「女、名前は?」

「ミル、ミルライズラ」

 

 騎馬兵士のひとりが、俺が報告してくる、と言って先に戻っていった。で、さっきまで話してた人が馬から下りて。


「着いて来い。一応、ベルデイ王国の者かどうか調べないといけなくてな」

「調べられるのかー。なんかやだな」


 馬から下りた兵士のにーちゃんと並んで歩く。残りの三人の騎馬兵士が後ろに着いてくる。私、ベルデイのスパイとか思われてる?


「戦って何? 聖魔大戦は120年前でしょ?」

「ベルデイ王国がルワザールの街を襲ったんだよ」

「はぁ? なんで?」

「いろいろ言われてはいるが、ベルデイ王国が百層大冥宮を独占したくなったんだろ」

「えー? そんなことで人同士で戦う? 同じ光の女神の信徒じゃ無いの?」

「お前はどこで武者修行してたんだ? 世間を知らんのか?」

「ちょっと人里からは離れてたかなー」

「迷宮から出る金銀財宝に武器防具、これをエスデント聖王国が独り占めしてるってよ」

「でもエスデント聖王国って、魔物を討伐する気概のある者は歓迎するって、それでルワザールは集まる探索者で賑わったんじゃ無い? 迷宮のお宝も見つけた人が好きにしていいって」


「ほんとに知らんのか? どうやらお前はベルデイの偵察でも無さそうだが、決まりなんで本部に来てもらうぞ」

「偵察が昼間から堂々と、正面からひとりでくる? それでルワザールは? この五年でなんかあったの?」

「三年前にエスデント王国が財政危機から、迷宮から出るお宝に関税をかけるようにした。探索者からは不満が出たが」

「迷宮のお宝に関税?」

「そして、そうやって関税がとれるしお宝も出る迷宮が欲しくなって、ベルデイが攻めてきた。ルワザールの街の住人と探索者はここ、ボラッシュに避難してきている」


【くくくくく、アデプタスのゴミに関税をかけて、それを奪いあって戦争とは。どうやら今の地上では、百層は金と銀と魔石の出る鉱山とでも思われておるのかよ】


「ちょっと、街の人は無事なの? ひだまり孤児院は? ユマニテ先生は?」

「被害は出たが、聖女のおかげで助かった人は多い。聖女のひだまり孤児院にいた者もここボラッシュにいる。ユマニテルもそこにいる」

「さっきから言ってる聖女って誰? ひだまり孤児院の院長はユマニテ先生でしょ?」

「お前は本当に知らんのか? 聖女を知らんとは世間知らずにも程があるぞ?」

「世間とは離れたとこで修練するから武者修行なの。神殿でレベルアップだけできれば問題ないない」

「問題あるだろ。聖女はエスデント王国でも十人しかいないアークビショップだ」

「アークビショップってビショップの上の上の上の?」


「間違っては無いが、お前、その言い方、バカっぽいぞ? その聖女がひだまり孤児院に支援をしてるんだよ。ルワザールにいた奴ならみんな知ってる」

「おー、そんな人がいたんだ。それは聖女だ。ありがたい。でも、なんで?」

「聖女の話は吟遊詩人がよく歌ってる。なんでも聖女が駆け出し探索者の頃、迷宮で親友に命を救われたのだと。だが、聖女を助けるためにその親友は迷宮から帰ってこなかった。親友は命を捨てて聖女を助けたんだ」

「命を賭けた友情、それは吟遊詩人好みなのかな?」

「そういうのもあるだろうが、その親友というのが探索者の稼ぎから孤児院に仕送りをしてたんだ。聖女の親友もまた高潔な人物だった。聖女は親友の代わりに孤児院に出資して、そして親友を探しに、仇を討つように迷宮に何度も挑んだ。探索者の中にはこの聖女の治癒と蘇生で助かったのも多い。そこから聖女と呼ばれ始めたんだ」


「いい話だなー。でもなんかどこかで聞いたような」

「聞いたことがあるんじゃないか? 聖女は、かつての親友がしてくれたように、私は誰かを助けたい、と語って、やがて歴代最年少のアークビショップとなった。ベルデイが攻めて来たときも、聖女のおかげで助かったって奴が多いのさ」


 話ながら歩いて行く内に、本部に着いた。本部って言っても大きなテント。兵士の数が多くてボラッシュの街に入りきらないのか。

 街の外のテントの並ぶ一角に。呼ばれて中に入ろうとするとおじさん兵士に止められた。


「その女はこっちに」


 私と話してた騎馬兵士のにーちゃんがおじさん兵士に応える。


「何故? 先に調べた方がいいんじゃ無いか?」

「聖女がその女の名前を聞いて、連れて来なさいとの仰せだ。聖女の孤児院出身ということだから、知っている娘かもしれない、と」


 ひだまり孤児院はユマニテ先生の孤児院なんだけどなぁ。もしかして、聖女って私の知ってる人?


「ね、聖女って、そのアークビショップの名前はなんて言うの?」

「メッチェラーノ様だ。街の中の神殿に連れて行くが、失礼の無いようにしろよ」


 メッチェラーノ? 聞き覚えがあるような?


 ボラッシュの街の中で神殿に。そこそこ大きいとこみたいだけど、ルワザールの神殿よりは小さいか。百層の話を聞いた後だと、女神様って、んー、なんかなー、と素直に祈れないな。


【随分とケバケバしい神殿だの】

〈そお? こんなものだと思うけど〉


 九十九層の『輝白の舞宮』が洗練されすぎで、そこに住んでて見慣れちゃったよ。うん、比べるとハデハデしいか。

 静かな神殿の奥、そこの一室へと。


「女を連れて来ました」

「入りなさい」


 中にはちょいと偉そうな神官服を着た眼鏡の女性が椅子に座ってる。この人が聖女かな? 周りに聖女を守るように六人の神官? かな? がいる。


「座りなさい」

「はーい」


 聖女の正面の椅子に座る。聖女を見ると、なんか怒ってる? なんで?


「話は少し聞いています。武者修行に出て、五年振りにルワザールに帰ってきたと」

「そうです」

「ひだまり孤児院のことを知っていると」

「知っているというか、私はひだまり孤児院の出身」

「お名前は?」

「ミル、ミルライズラ」


 聖女の目が眼鏡越しにギンッて私を睨む。え? なんで? 何か怒らせるとこあった?


「何故、その名前を知っているんですか?」

「知っているって、えっと、私の名前だから?」

「ひだまり孤児院でミルライズラの名前の女の子はただひとりだけ」

「確か、そうだね」

「その子は、今はもういないわ」

「いやいや、ほら、ここにいるから」

「あなたが何を考えてその名前を名乗っているかは解りませんが、そんな悪ふざけは赦しませんよ」

「自分の名前を名乗るのが悪ふざけって、始めて知ったよ」

「白々しい。何処で聞いたか知りませんが、かつての私の友を汚すようなつまらない詐欺をする者は牢に入れますよ」


「ちょっと待って、なんでそうなるの? いきなり怒ってるし、意味が解らないよ?」

「ミルライズラは、私の友の名。五年前に私を助けるため、迷宮の中で自ら囮となり、そして帰って来なかった」


 聖女の目から、ポロポロと涙が溢れる。その泣き顔には見覚えがある。えーと?


「……メッチェラーノって、え? メッチ?」

「!馴れ馴れしい、私をそう呼んでいいのはミルだけよ!」


 メッチ? あ、メッチか、メッチだったのか。私のひとつ上だから、今、二十歳か。五年でずいぶん変わったなぁ。

 でも、私のこと、解らないみたい? 泣きながら、怒ってる。


「えぇ? えっと、そのミルです、はい」

「私が聖女と呼ばれるようになって、そういう詐欺師が増えたわ。もう騙されないわ。……でも、髪の色は似てるわね」

「メッチは細くなったね。前はもうちょっとポッチャリしてたのに」

「どこから昔の私のことを調べたのかしら? 二度と騙されたりしないんだから。……でも、瞳の色も似てるわね」

 

「メッチが生きてたってことは、あのときのパーティの皆は? リーダーのデリムは? ラスカンにロウドル、ケム、皆がバラバラになったあと、どうなったの?」

「え? えと、上層に上がる階段の前でなんとか、皆で合流できて……、でも、ミルだけがずっと待っても来なくって……」

「そっかー、よかったー。無茶やってその後皆がどうなったかは、気になってたんだよね。他の四人は今はどうしてるの? ケムはアルケミストになって自分の研究室作るって言ってたけど、どうなったの?」


 聖女、メッチェラーノは、目をパチパチさせる。


「え、えと? ミル? 本物? 嘘?」

「あ、これを言わなきゃいけなかった。忘れてた」

「嘘? だって、あれから五年も……。何度も探しに、迷宮に、」

「メッチ、ただいま。いやー、死ぬかと思ったよ、てへっ!」

「ばかぁっ!」


 聖女に、成長して五年振りに会ったメッチに、思いっきりビンタされました。

 そのあとはしがみつかれてギャイギャイ泣き出して、つられて私も泣いてしまった。


【ミルの友は泣き虫が多いの】

〈私も泣き虫だから、付き合いのいい友達がいいかな〉



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