第40話◇ごめん、地上に出ちゃった


「なんでこうなっちゃうかなー」

【ミルの知る五年前とは、ずいぶんと違うようだの】


 百層大冥宮のあるルワザールの街から走って離れて、道をテトテト歩いてく。

 地上に出ちゃったよ。出るつもり無かったのに。フェス、ごめん。百層の外に出ちゃった。

 五年振りに出た地上で、ルワザールの街を見る余裕も無く走って逃げて、今は草原の中の道を歩いてて。


「なんで迷宮の出入り口に人があんなにいるのさー」

【さての】

「探索者証を見せろったって、そんなもの五年前には無かったよ? 持ってるわけ無いって」

【それで探索者を管理しているようであったが】

「一層の出入り口近くまで来たら、いきなり囲まれるし」

【装備が統一されておったので、探索者では無く軍隊であろ】

「探索者証、落としたって言っても信じてくれないし。いきなりこっちに来いって掴んでくるし」

【つい、投げ飛ばしてしまったの。そのあとは、『あの女を捕まえろ』となった】


「百層に戻ろうとしても、兵士が邪魔するしー。なんなの、もー」

【斬り殺せば簡単であったがの】

「それはちょっとヤダ。それに殺し合いになったら後で話もできなさそうだし。おっちゃんが護衛してくれって言うから着いていったのにー」

【そのまま一層まで来てしまったからの】

「途中で離れる方が不自然じゃない? 地上までってお金貰ったのが失敗だった?」

【あの六人組パーティには、初めから疑われてはおったか】

「今になって思い出したけど、スキルに鑑定持ってるビショップがいたから、ジョブとかレベルで嘘ついてもバレバレじゃない。私、なにやってんの、とほー」

【光の加護のスキルという奴かよ。名前とかレベルとかステータスが、あの髭のビショップには見透かされていたということか。そこで偽名とか使えばますます疑われるか】


「解ったことはあの街の兵士がベルデイって国の兵士。探索者もたぶんベルデイの国の人。ルワザールの街がエスデント聖王国じゃ無くなってる」

【ベルデイ国がエスデント聖王国と争い、ルワザールの街と百層大冥宮を手に入れた、と?】

「そういうこと、かなぁ? ユマミテ先生に孤児院の皆、メッチに探索者はどうなったんだろ?」

【どうする、ミル?】

「強引に百層に戻ってもいいけど、地上に出たついでに調べてみる。ここから近いエスデント聖王国の街か村で話を聞けないかな?」

【このルワザールの街では無理か?】

「殺してはいないけど、余裕無くて何人もケガさせちゃったし。目立つことしたから、私、手配されてんじゃないかな?」

【ここで百人組手になるとは。相手が軍であれば娘ひとり捕まえられずにボコにされたら、面子丸潰れよの。くくく。最後は街の大門、斬り開いて出てきたからハデになったわ】

「私は一対一ばっかりで、対多数の修練はちょっとしかやったこと無いんだもん。殺さないようにするのが精一杯」


【しかし、何故、我は百層から出られたのであろ?】

「地上に出たとこでセキ、メッチャ驚いてたからね。でも、なんで?」

【我は魔王の宝であり、あの魔王殿宝物庫のものは百層の外には出せんようになっとるのよ】

「え? でも、もう外に出ちゃってるよ?」

【そこが謎なのよ。それがあるからアデプタスは安心してたのであろ。我が百層の外に出るには、守護者たるカオスドラゴン、モーロックを倒すか負かさねばならんのだがの】

「それじゃ無理でしょ。おじーちゃんを倒すなんて」

【ミルが一度でもモーロックに勝ったことがあったかよ?】

「モーロックと勝ち負け競うような修練なんて、やってたっけ? ……あ! もしかして」

【何ぞ思い出したか?】


「前に、おじーちゃん私に、『口では敵わんな』って言ったことあった」

【は?】

「まさか、そんなんでいいの?」

【いや、だが、モーロックが負けたと感じて、敗北を口にした、ということに、なるのか?】

「口ゲンカでもいいの?」

【くく、だが、あのモーロックが一度でもミルに負けたと感じたことは、くくく、確かであろうよ。くはは。でなければ我は百層の外には出られぬ。かはははは、まったく勝った負けたとは、一体なんであろうの? くっくっくっくっく】


 腰のセキに手を置いて小走りに変えて道を進む。


「早く戻らないと心配されるから、さっさと調べて帰ろ」

【くっくっく、戻ったときのモーロックの顔が見物よの】


 ◇◇◇◇◇


 一方その頃、ルワザールの街。ベルデイ王国の軍が接収した屋敷。ここはルワザールの街に侵攻したベルデイ王国、『荒ぶる虎』軍が作戦本部として利用している。

 この屋敷の一室には軍の上層部が一同に集まり、昨日起きた事件のことで話をしている。誰もが顔を青くしている中、軍団長は机に肘をついて頭を抱えている。


「占領はしたものの、ルワザール侵攻で予想以上に被害が出たというのに……」

「エスデント聖王国はボラッシュの街に兵を集めております。そこにルワザールの街から避難した元探索者が集まり、エスデント軍と合流。数を増やしております。近い内にこのルワザールの街と百層大冥宮を取り返しに、反撃してくることでしょう」


 副官の報告に舌打ちする軍団長。この地を取り返しに反撃に来ることは想定内。その為の守りは固めている。


 しかし、迷宮から現れた女ひとりに軍が荒らされることは想定していない。そんなバカバカしいことは警戒しないし、思い付かない。

 今、思い出しても夢か幻かと、己の目と頭を疑っている軍団長。この場に集まった者の中で、現場を見た者は皆、軍団長と同じ気分を味わっている。そのために皆、うつむき気味で部屋の雰囲気は鬱々と暗い。


「兵士は、損害は」

「死者はおりません。現在は、負傷者を神法の使える者が治療中です」


 迷宮の出入り口の警備、街の防衛の為の兵士。迷宮から出てきた謎の女を捕らえようとして、次から次へと倒されていった。

 謎の女は腰に剣を下げていたが、その剣を使わず、素手で兵士の中へと飛び込んだ。

 投げられ、転ばされ、吹っ飛ばされ、ときには兵士の身を盾にして、からかうように兵士の集団を翻弄した。

 そのとき不運にも警備にあたっていた兵士。慌てて駆けつけた探索者。謎の女に向かった兵の数は総数約二百。まとめてかかったのでは無いが、次々と援護に増えていった。そして誰ひとり謎の女の逃走を止められず、次々と倒れていった。


「死人が出なかったのは幸いか、それとも侮られて遊ばれたのか?」

「謎の女の目的は不明ですが、兵士の士気は下がり、またあの茶色のポニーテールが来る、と怯える者もいます」


 謎の女は兵士の頭や肩、槍や剣を踏み台にして走り抜けたり、触れるだけで兵を地に倒したり、壁を駆け上がり屋根を走ったり、射った矢を手で掴んで止めたりと。


「何故、魔術も効かない? あれは女に見えて実は悪魔では無いのか?」

「ですが、光の加護のもと悪魔は地上には出られないはずです」

「ならば、あの女はなんだ?」


 炎弾、氷槍、雷鞭、メイジにウィザードの使う攻撃魔術は何ひとつ女に当たらなかった。首を傾げるだけで雷鞭を避けて、腰の剣に手を添えれば、銀光が瞬き炎弾が消え失せる。口笛のような高い音を短く鋭く鳴らして、炎も氷もその手の剣でかき消される。

 誰も止めることができず負傷者が増えるばかり。見た目が若い女であり、しかもひとり。強そうには見えないことで、兵士は女を捕まえようとする。それが更に被害を増やす。


 馬は逃げる、街の建物は壊れる、怪我人が増える。

 最後は街の大門を切り刻んでバラバラにした。目撃した者は、女が手に持ってる剣を振り回したら、大門がガラガラと音を立てて崩れ落ちた、と言う。


「女と同行していたパーティを連れて来ました」

「入れろ。詳しく話を聞きたい」


 地下二十八層で女と出会った六人の男達。ベルデイ王国兵士が探索者としてどこまで行けるか、それを試していた男達。それなりに腕の立つ男達であり、二十八層へと到達した。


「バイホーンが女を見て逃げただと?」

「そうとしか思えません。その後も地上に出るまで一度も魔物が襲って来ることも無く、それがあの女に怯えていた、ということなら……」

「あの女は何者なのだ? 鑑定できたのか?」


 鑑定のスキルを持つジョブ。ビショップの髭の男に注目が集まる。


「は、はい。ですが、その」

「鑑定の結果は? 妨害されたか?」

「い、いえ、見ることはできたのですが」

「ならばそれをさっさと言え」


 髭のビショップは青い顔で額から汗を流す。


「……種族、人間、女」

「人間? 本当に人間なのか?」

「はい、間違い無く、人間と」

「それではステータスは?」

「ステータスは、筋力、不明、体力、不明、精神力、不明……」

「そんなバカなことがあるか!」


 これまで、鑑定の結果といえば成功か失敗の二択。失敗すれば『鑑定、失敗』となり解るのはあやふやな種族名のみ。成功すれば全て明らかになり、失敗すれば、ジャイアントラットであれば『?おおきなねずみ』、スケルトンであれば『?うごくほね』ぐらいのことしか解らない。

 神の加護としてあるスキルには、中途半端な結果は無い。蘇生に治癒も同様に。発動に成功するか、失敗するか。

 鑑定結果が失敗では無く、不明と出たのを見るのは、髭のビショップの男にとって初めての経験だった。それを聞く者もまた同様に。


「……ほとんどが不明と出ました」

「あり得んだろう、それは! ジョブは? スキルは?」

「ジョブは、刀術師、スキルは、刀術、これひとつだけです」

「どちらも聞いたことが無い。すぐに調べろ。それとレベルは? スキルのレベルはいくつだ?」

「ジョブレベル、不明、スキルレベル、不明、です……」


 鑑定が妨害され失敗と出ていたならば、新種の魔物かと考えることもできる。しかし、人間、女、と出た。ならば人間の女だろう。120年以上、神の加護たるスキルに慣れた者はそう考える。

 スキルレベルが低ければ失敗も多い。しかし、成功して表示されるものに間違いは無い。

 それが不明と出ることは、女神の目ですら不明のもの。光の女神にも解らないもの。

 神の目が見抜けない存在。


「いったい何者だ? まさか、そんな正体不明の化物が、これから迷宮から湧いて出てくるというのか?」


 これからエスデント聖王国の反撃に備える予定のベルデイ国軍『荒ぶる虎』、その会議に暗雲と沈黙が下りる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る