第20話◇骨から調べよう


【今回は座学としよう】

「ししょー、座学っていうのは?」

【勉強会よ。あまり身体を動かさないもの。と、いうのも昨日はミルがハイになり素振りと前後振りの止め所を見失った結果、今、ミルの足が筋肉痛でパンパンになっておるので】

「なんか、すんません」


 マティアがウンウンと頷いてる。


「昨日のミルちゃん、ちょっとおかしかったんですよね。前も後ろも右も左も無い。それは人が勝手に決めたものの見方で、世界には前も後ろも無いのよー、とか。広大無辺な世界を人の尺度で右とか左とか言い出したのは誰だー、とか、言いながらずっと素振りしてましたから」

「あのときはそう感じたんだよね。でも今は、前はやっぱり前でもあるし、後ろはやっぱり後ろでもあるって思う。一周して戻って来ちゃったよ」

「カカカカカ、哲学的な話になってきたであります。魔法知覚在存理論のようでありますな」


 ここは第2武術館。見学したいって、不死の王リッチのアデプタスが来てる。アデプタスのお付きの骸骨騎士とフェスもいる。あとはいつもの私とセキとマティアね。

 アデプタスは骨の人指し指をピッと立てて、


「二次元的に見れば一周して同じところに戻ってきたかのように見えるものの、三次元的に見れば螺旋階段を昇るようなものであります。上から見れば一周して見えても、横から見れば一段上の高みに昇る。これを立体的に思考し感覚としても実感することが、より繊細な魔法式を構築する上で、同じ効果の魔法式であってもその密度が」

【アデプタス、その辺りで止めよ。ミルは魔法使いでは無い】

「お、修練の邪魔をしてしまい、申し訳無いであります」


【今回の講師はアーティにやってもらう】

「アーティししょー、よろしくお願いしまーす」


 紫色の全身鎧の骸骨騎士は、なんで私がこんな軽い小娘の、とかブチブチ言ってるけど。


【アーティ、頼む】

「セキ様のめいとあらば。ん、コホン。私はアーティス=ランドール。九十二層『灰骸の墳墓』アデプタス様配下、死猟兵団、武盾の長の恐怖騎士テラーナイトだ。これより小娘の講師をする。拝聴せよ」


 なんか偉そうだなー。


「しかし、セキ様。私がなんの講師をすれば良いのですか?」

【適役を探すつもりだったが丁度よかったの。これはアーティにはうってつけのこと。ミルよ、手を根元から使うという話を憶えているだろう?】

「うん、それを意識して手を使うようにしているよ」

【しかし、自分の身体の中のことを詳しく知っているわけでは無い。己の身体を切り開いて見ることなどできんしの】

「そりゃそうだ。そんなことしたら死んじゃうよ」

【故にミルに見せるのに良い見本が欲しいところであったのよ。というわけで、アーティ。脱げ】

「え?」


 骸骨の顎がカクンと落ちて口が開くアーティ。


「セキ様、今、なんと仰せに?」

【ミルに見せる見本が欲しい。そこで鎧を脱いで全裸になれ、アーティ】

「セキ様、それは」


 なんか動揺してる。よし。


「あっれー? アーティってばさっきはセキ様の為には命に代えてもとか、言ってなかったっけー?」

「ぐぬぬ、誇り高き死猟兵団の恐怖騎士テラーナイトに二言は無い!」


 覚悟が決まったようで鎧を脱ぎ出すアーティ。骨でも恥ずかしいのかな? 喋ってるから普通のスケルトンじゃ無いんだろけど、テラーナイトってなんだろ?

 マティアとアデプタスが全身鎧を脱ぐのを手伝ってる。アデプタスってアーティの上司だけど、部下に優しい骸骨さんみたい。

 それをフェスはニヤニヤして見てる。


 アーティが鎧を全て脱ぐとそこにいるのはスケルトン。違うのは胸の中に紫色の宝珠があって薄く光ってる。白い人間の骨だけが立っている。だけど、内股になって右手で胸を左手で股間を隠すようにして、モジモジしてる。なんか可愛い。


「く、屈辱……」

【アーティ。手で隠すと見本にならぬ。手を広げよ】

「うぅ、はい、セキ様……」


 恥辱に震える乙女のように、スケルトンが裸身を晒す。プルプルしてるね。え? 恥ずかしいの? 骨だけなのに?


「この恐怖騎士テラーナイトのアーティが、こんな小娘の見本のために、ただのスケルトンのように骨身を晒すなど、なんという恥辱。くっ、殺せ……」

「はい、女騎士様のくっ殺、いただきましたー」


 マティアが明るい声で楽しそうに言うけど、ん?


「え? 女騎士? アーティって女の子だったの?」

【ミルの見本にするには女の骨格の方がよかろ】

「声はハスキーでちょっと高いと思ってたけど、アーティ女の子なのか。どうりで内股で震える仕草が乙女なわけだ」


 改めて裸のアーティをジロジロ見ちゃう。ただの骨なんだけど、顔を背けて震えて恥ずかしがる感じが、とっても乙女。


「うぅ、イヤらしい目でジロジロ見るなぁ……」

「いえ、そんな感情、欠片も無いですよ」


 乙女だけど骨じゃん。


【ミル、自分の身体を触りながらアーティを見てみろ。同じ骨がミルの身体の中にもある】

「そういうことか。アーティちょっとしゃがんで、肩のところよく見せて」

「よ、よく見るのか、くそぅ」


 肩の中の骨ってこうなってるのかー。


【肩から首の下に伸びる細い骨が鎖骨。これが腕の骨の根元となるのよ】

「じゃ、腕の骨の根元って首の下になるのか。首の下からが腕の骨なんだ」

【背中側はこの平たい肩甲骨が腕の根元の骨となる】

「ほへー。アーティ、ちょっと腕を上げてみて。どんな動き方するのか見せて」

「くう、脇の下の臭いを嗅ぐように顔を近づけおって、この、変態小娘……」

「アーティって、ちょっと自意識過剰じゃ無い? おー、肩甲骨ってグリングリン動くんだね」

【ここを器用に使えるようになると、肩甲骨で挟んで卵を割るとかできる】


 なにそのビックリ人間。


「私、それできるわよ」

「フェス? 背中で卵割れるの?」

「やってみる?」


 フフフと笑ってフェスが背中を向ける。背中が大きく開いたドレスで白い肌が見える。


「ミル、ここに握り拳を置いてみて。拳は縦じゃ無くて横にして」

「こう?」


 フェスの白い背中、背骨の上に握り拳を置いてみる。


「いくわよー」


 フェスの背中でふたつの肩甲骨がぐわっと盛り上がる。うわ、羽みたい、ヴァンパイアウィング? ふたつの肩甲骨が私の拳を左右から挟んで。


「痛い痛い痛い痛い! フェス痛い!」


 ギリギリと人指し指の根元と小指の根元が左右から肩甲骨に絞められる! この人背中に拷問器具が内蔵されてます!


「このくらい練習したらミルにもできるわよ」

「私の背中の中にも拷問器具が?」


【首の骨に背骨というのは見ての通り石臼を重ねたようになっている】

「随分と数が多いんだね」

【筋肉で引っ張りこの骨の隙間を伸ばすと身長も少し伸びる。一時的なものだが】

「身長が伸びる! それ教えて!」

【アーティは恐怖騎士テラーナイトで筋肉は無いが、アーティ、ちょっとやってみてくれ】

「はい、セキ様。うぅ、後ろからマジマジと見つめられて、逆らえない私……」


 見てるとアーティの頭の位置がほんの少し上がる。


「そっか、ひとつひとつはほんのちょっとしか伸びないけど、背骨はこれだけ数があるから全部併せるとそうなるんだ」

【指二本分の幅は伸び縮みできるようになる】


「膝から下の骨って二本あるんだね。一本かと思ってた。アーティ、足を上げてみて」

「はぁ……、身体中あちこち、じっくりねぶるように見られて……、はぁ……」


 骨しか無いのに息が荒くなってきた?


【膝から下の骨は二本。これは腕と同じ。腕と違って肉に隠れて解りにくいか】


 ペタペタ触ってみる。内側が太くて外側が細い。


【ミル、アーティの足を見ながらその場に立ってみよ】

「うん」

【そのまま少し右足に体重を乗せろ】

「こう?」

【今、右足と左足に自分の体重がどれだけの比率で乗っているか解るか?】

「ええっと、右足に八割、左足に二割、くらいかな?」

【次は左足を上げて、右足だけで立ってみよ】

「ほい」

【さて、ミルよ。右足の膝から下。内側の太い骨と外側の細い骨。自分の体重がどれだけの比率で乗っているか解るか?】

「えぇ? ちょっとえーと。そっか、一本の足の中に右足と左足があるってかんがえたら、うーんと、内側の太い方に体重が乗ってる、かな?」


【己がどの骨でどのように立っているかが解ると、重心の移動も把握して動きやすくなる。どの骨にどれだけ負担がかかってるのかが解ってくれば、その負担を分散し一ヶ所だけが疲労することも無くなる】

「ほー。それって身体の怠けてるとこも見つけて、そこにも手伝わせるってことだよね」


 でも、骨っていっぱいある。これを、どれがどう動くのかって全部頭に入れるの? マジで?



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