第19話◇この骸骨さん、気さくでいい骸骨さんだ


 朝起きる。棺桶が開いてマティアも起きる。


「おはよー、マティア」

「おはよー、ミルちゃん」


 顔を洗って着替えたら、マティアに髪を櫛ですいてもらう。


「ミルちゃん、髪の毛伸ばしましょーよ。結ったり編んだりできるように」

「えー? そんなのメンドい。マティアは、よく毎日やってるね」

「女の子はお洒落しないと」

「稼ぎの少ない探索者にそんな余裕は無かったの」

「セキ様は髪が長かったのよ。お尻に届くくらいに」

「え? 本当? そーいや宝物庫の通路の石像がそーだったっけ。セキ、長髪なの?」

【あぁ、その髪で相手の首を絞めるという技がある】

「実用本位だった! お洒落違う!」


「失礼します」


 青い髪のメイドさんが朝食を持ってきてくれて、お部屋で食べる。今日も美味しいです。


「このミートボール、中にコリコリしたのが入ってる。おもしろい歯応えがする」

「コカトリスの軟骨を茹でて細かくしたものに、バジリスクの骨を砕き油で揚げたものです。よく噛んでお召し上がり下さい。骨が丈夫になることでしょう」


 ここのご飯を美味しく食べるには、材料を気にしないのがコツです。


「パンもほかほかふわふわで美味しい」

「小麦は九十五層の土地をお借りして作っております。その為、面白味はありませんね」

「その面白味は誰が求めてるの?」

「探求心があってこそ、新たな調理法が産まれるのですね。ミル様のお陰でレパートリーが増えました。開発される新メニューにご期待下さい」


 吸血鬼って変な人ばっかり。ミートボール美味しい。


 朝ご飯食べたらバラ園の見えるお茶室に。フェスとお話したり、フェスとセキのお話聞いたり。さて、♪今朝のおデザはなーんだろなー?

 あれ? 誰かいる。フェスとメイドさん以外に。


「……の座標の指定を邪魔することで転移を妨害してるのであります。壁で囲んでも転移は妨害できないので」

「それでも今回のようなことが起きてしまったのだけど」

「七十層以下の階層への転移はこの仕掛けで止められるのでありますが。転移罠テレポーターはその座標の固定そのものがいい加減でありますからなぁ。しかしジャミングを強化すれば同じ階層の中で転移が使えず不便になるであります」

「120年に1度のことだから例外中の例外よね。あら、ミル、セキ、いらっしゃい」

「おはよー、フェス。お客さま?」


 こっちに背中向けて椅子に座ってるのは、紫の豪華なローブの人。お付きの人なのか斜め後ろには紫色の全身鎧を着た騎士様。

 後ろから見ると紫ローブの人は頭に毛がない。つるんとしてる、けど、やたらと白い?

 その人が椅子から立ってクルリと振り返る。


「おはようであります」


 と、挨拶するその顔は、骨だった。骸骨だった。


「おわ? スケルトン?」


 私と私のパーティが迷宮の上層、十層あたりで相手にしてた骨の怪物。アンデッド。こっちを見つけたら骨をカタカタ鳴らして襲ってきてた。でもこのスケルトン、服を来て喋ってる?


「……スケルトン扱いされるとは、全くの予想外であります」

【守護者の間で待ち構えていれば、その階層のボスだと見えたであろうがの】


 金のアクセサリを肩と胸につけた、紫のローブの骸骨は私に向かって片膝をついて頭を下げる。


「魅刀赤姫様。宝物庫よりお出になられた姿を目にすることができ、このアデプタス、感無量であります」

【アデプタスには我のことで苦心させたの】

「いえ、恨まれても仕方無いことをしたのは自分であります」

【魔王のめいでは断れぬであろ。立って顔をあげよ】


 なんだろこの骸骨さん。なんか、邪魔しちゃいけない雰囲気。でも、セキは私の左腰に下がってるから私が動く訳にはいかないし。身の置き所が無いよぅ。


「ふたりとも座ったら? ミルが落ち着かなくて困ってるわよ」


 フェス、ありがとー!


 椅子に座ってお茶とおデザ。今日のおデザはミルフィーユです。なんか親近感のわく名前のお菓子だ。


【ミルよ、何故、我をテーブルの上に置く?】

「骸骨さんとお話したいのかと思って」

【デザートと間違えて食べるなよ?】


 食べないし食べられないし。同じテーブルの向こうに骸骨が座ってるのは落ち着かない。全身鎧の騎士の人も、正面から見たら顔は骸骨だった。紫ローブの骸骨さんが私にペコリと。


「初めまして、自分はアデプタス。九十二層、『灰骸の墳墓』を治めているであります」


 その後ろの骸骨騎士がアデプタスに顔を寄せて。


「アデプタス様。このような輩にはもっと威厳のある態度にして下さい。我らが階層の主として、口調も厳かに」

「セキ様の主には敬意を払うであります。アーティこそ慎むであります」


 顔は骸骨でちょい怖いけど、気さくな骸骨さんみたい。


「私はミル。ミルライズラ。ミルって呼んで」

「ミルさん、よろしくであります」

「フェスが他の階層の人は閉め出してるって言ってたけど。九十二層のボスの人だよね?」

「ボスの人と言うとマフィアの首領みたいですな。このアデプタス、魔法師として迷宮の魔法絡みの仕掛けを施したのであります。転移罠テレポーターの一件についてフェスに呼ばれたのであります」

「魔法の専門家の骸骨さんなんだ」

「骸骨さん……、」


 私が言うとフェスとセキがクスクス笑う。なんで? 骸骨さんは骸骨さんでしょ。


「小娘、大達せし不死の王メィジャー・リッチたるアデプタス様に無礼であるぞ」

「控えるであります、アーティ。よいでは無いですか、骸骨さんというのも」


 何処から声を出してるか解んないけど、人の声と変わらずに聞こえる。アデプタスはカカカと笑ってる。なんだ、いい人、じゃなくていい骸骨さんじゃない、

 リッチ、不死の王とか呼ばれるアンデッドの王、だよね。わーお、この丸テーブルに吸血鬼の女王と不死の王が並んでお茶を飲んでるよ。光の女神の加護が無かったら、このふたりが地上に出たら街は大騒ぎになりそう。

 何処に入るのか解んないけど、骸骨の口でお茶を飲んでるし。あ、ミルフィーユも食べた。ローブで見えないけど首から下はどうなってるんだろ?


「ミルさん。九十二層はアンデッドばかりで骸骨さんだらけでありますよ」

「うひゃ。スケルトンは相手にしてたことあるから見慣れてはいるけど、怖そうなとこだね」

「それはもう、ここに来た者には死の恐怖とそして死の向こう側を存分に味わっていただくであります。ところでミルさんは魔術の方は?」

「ゼンゼン駄目だよ。だってステータスが足りなくてメイジの職能もクレリックの職能も取れなくて、シーフなんだもん」

「光の加護のシステムも、善し悪しであります。ということはミルさんが魔術で転移罠テレポーターに介入したわけでは無い、と。ミルさん、その宝箱はどうやって開けました?」

「逃げてて余裕ないから、かなり勢いよく蹴っ飛ばした」

「これは誤動作でありますか? しかし、確率だけのことでありますか?」


 アデプタスが腕を組んで上を見上げて考え始める。フェスも頬杖ついて。


「アデプタスもそう考えるでしょ? やな感じがしない?」

「とはいえ、これは如何にしたものでありますか」


 どういうことなんだろ? 魔法の話は解んないけど、聞いてみよ。


「宝箱の転移罠テレポーターのデタラメ転移が偶然、魔王殿宝物庫に出たんじゃ無いの? 違うの?」

「そうとしか見えない状況ではあります。偶然で済ませることも可能であります。ただ、あまりにも有り得ないことなので、疑っているであります」


 難しいこと考えてるみたい。偶然じゃ無かったら何? ミルフィーユ美味しい。もうちょっと食べたい。フェスが残してるのをチラチラ見てたら、フェスがお皿ごとくれた。ありがとー。


「この件についてはこちらで調べてみるであります。また、ミルさんに話を伺うこともあるかもしれませんが、よろしいですか?」

「うん、いいよ。あ、でもいきなり暗闇から出てきたりするのはナシで」


 話してみると気さくだけど、見た目は骸骨さんだからね。振り向いて目の前にいたら叫んじゃうかも。


【ミルよ、この機会に九十二層のことを聞いてみてはどうだ? いずれは突破しなければならん階層だぞ】

「え? アデプタスは優しそうだよ? お願いしたら通してくれないかな? アデプタス、私が地上に行くのを助けてくれない?」

「カカカ、さてどうしましょうかな?」


 ここは媚びの売りどころ! 手を組んで上目使いで、お腹すいたよーって見上げる感じで。そしたらおっちゃん探索者が、しょーがねーなーって焼き鳥1本くれたりする、勝率五割の私のおねだりテクで!


「お願いアデプタスぅ。一回見逃してくれるだけでいいからー」

「カカカ、ミルはこう言ってますが、アーティどうします?」


 全身鎧の骸骨騎士が姿勢を正して。


「アデプタス様の配下として、我が死猟兵団は灰骸の墳墓を守るが任務。力無き者は通しません。小娘、通りたければ我らを倒して進むのだな」

「と、アーティは申しておるであります」

「えー? 1回くらいいーじゃーん。骨だからって頭固いこと言わないでさー」

「セキ様に気に入られたとはいえ、私はお前のような軽い奴は好かん。お前は死んでも通さん」

「ひどっ! ていうかアンデッドだったらもう死んでるよね? だったら通してよー」

「手足が動く間は死猟兵団の誇りにかけて、絶対に通さん。覚悟せよ」

「イジワルだなー。ほら、ミルフィーユ食べる? これ食べたら通してくれる?」

「……随分とコケにしてくれる」


 あ、あれ、怒っちゃった? これで九十二層は地獄巡り決定? 


【くくく、己で難度をあげるか。これは楽しくなりそうだの、ミルよ】

「なんでだ? も、もう一度チャンスを下さい!」

「一度の過ちが死を招く。簡単にやりなおせるなど、甘えたことをぬかすな」

「死んで甦ったアンデッドにお説教された! 正論だけどふに落ちないよ!」

「カカカカカ、ご安心あれミルさん。九十二層で倒れたならアンデッドとして甦らせて死猟兵団の一員に加えてあげるであります」

「その永劫終身雇用は全力でお断りさせて下さい!」

「アデプタス様、私の配下にこんなやかましい軽い奴は要りません」

「良かった、面接で落とされた」


【そろそろおばかな話はやめて、修練といこうか】

「そだね。ごちそう様。よーし、今日もやるぞー!」

【アデプタス、そこのアーティを借りても良いか?】

「もちろんであります。アーティ、セキ様の望みのままに」

「はい。セキ様のご下命、このアーティの命に代えても果たしてみせます」

「アンデッドだよね? 命ってなんなの?」

【これがアンデッドジョークというものであろ】

「いえ、私は真剣です。ジョークのつもりはありません」


 たち悪いよねソレ。




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