第33話◇抜かずに抜くの、斬らずに斬るの
骸骨の騎士、アーティが抜刀の構えをとる。私はそのアーティの刀の柄尻を右手のひらで押さえる。アーティは何度も刀を抜こうとするけど、私がその刀の柄尻を押さえてるから、上手くいかない。
アーティが悩ましく首を捻る。
「うーん、これで抜刀できる気がしないのだが」
「うん、私が押さえてるから、前には抜けないよね」
「だが、鞘を引いて抜こうとすれば、ミルが押し込んでくるじゃないか」
「アーティが後ろに移動するのが見えたら、押し込んで抜刀を邪魔するのが、条件だから」
「そうなると、ますます抜ける気がしない」
「アーティはあとちょっとって感じなんだけど」
「むむむむむ」
アーティが困ってる。
立って抜刀する練習。どんな状態でも抜けるようにってことで、目の前の相手が刀の柄を手のひらで押さえてる。だから刀を前に抜くことができない。刀を動かさずに刀を鞘から抜く練習。最初はやってみて無理ーって叫んだものだけど。
「アーティ、交代してみる?」
「もう一度、確認を。この柄を右手で持った抜刀前の体勢、ここから右手を動かしてはいけないんだよな?」
「そうだよ。前に動いたら止めるし、後ろに引いたら押し込むし」
「なので、右手を動かさずに、左の鞘引きで刀を抜かねばならんのだよな?」
「そう」
「だが、そうやって鞘を引いたら、ミルが押し込んでくるでは無いか」
「それはアーティが鞘を引くときに重心も後ろに移動してるから。その移動が見えたら邪魔するよ。だからその場で移動しないで鞘を引くの」
「左の腰を引くのだろう? やってはいるのだが」
「左の腰を引いて後ろに行っちゃってるの。その分、右の腰は前に出ないと。手を動かさないようにして、右半身は前に、左半身は後ろに、身体を真っ二つにパンッて割って前後に開くの」
「それがどうにもこうにも……」
「アーティ、抜こうとすると手が動いちゃうから、抜かずに抜くの」
「ミルの言うことが、セキ様に似てきた……」
「うーん、説明するって難しいなぁ。マティアだったらなんて説明する?」
こっちを横目で見ながら抜刀の練習をしてたマティアが、手を止めて首を捻る。
「私もミルちゃんと同じかなぁ。私も最初はセキ様の斬らずに斬る、とか言ってるの聞いて、なんですかソレ? と思ってましたけど」
マティアが腰の練習用の刀に手をかける。ヒュッと鳴る風切り音。マティアの鋭い抜刀切り。ゆっくりと刀を鞘にパチンと納刀して。
「今になって説明しようとしたら、ミルちゃんと同じことしか言えませんね。抜かずに抜くんですよって。これってどういうことなんでしょ?」
【それが刀術を伝えるのに難しいところよ。ミルもマティアもそこそこできるようになり、感覚が変わってきた。その体感を伝えようにも、相手にはその感覚が解らない。情報を共有するための土台、身体の感じ方が違うのよ】
「そんなに変わった気はしないんだけどね」
【当人にとってはそうだろうよ。だが、ミルよ。幼い頃、赤子の頃、立つことができず、両手を着き這っていた頃の身体の感じを憶えておるか?】
「いや、そんなの憶えてはいないけど、そんなに違うものなの?」
【感覚を作り替えるとは、それに近い。それにアーティは
「いいえ、セキ様。これまで知らなかった種類の剣術を私は楽しんでおります。そして、この修練は無駄にはなりません」
【アーティの役に立てば良いがの】
「役立ちますとも。私は九十二層を守るが役目の死猟兵団、武盾の長。いずれ九十二層を突破せんとするミルの技を学んでおけば、対策もとれるというもの」
「え? アーティさん、それどういうこと?」
「どういうことも何も、いずれ私はミルを遮るのが役目の立場だ。その手の内を調べるにこれは絶好の機会だろう」
「仲良くなれたと思ったのに! 意地悪しないでよー」
「意地悪のつもりは無い。ライバルのつもりはあるが」
「しれっとライバル宣言出た! そりゃ同門だけどさ。だったら姉弟子に花を持たせてよ」
「姉弟子なればこそ、失礼の無いように全力で迎え討たなければなるまい。セキ様の教えを受けた者として、恥ずかしくない戦いをしないと」
「アーティ、ひどいっ! 優しくしてあげたのにー」
「何がひどいと? 私はミルにヒドイことされたの忘れてないからな。その時が来たならば全力でやり返すって決めてるのだ」
「謝ったじゃない。それにアーティの身体で骨の勉強するときも、アーティが『もう、やめて』って言ったらやめるようにしてるじゃない。それなのに、やめたらやめたで、『え? ホントにやめちゃうの?』って、物足りない顔するくせにー」
「ししししし、してないっ! そんな顔してない、するわけ無いっ! 物足りない顔なんてするわけが無いっ!! クセになんてなって無いからっ!」
また、ヒュッと風を切る音が鳴る。マティアが抜き様に刀を振り下ろした音。刃筋が立つ鋭い振りは、高い風切り音が出る。
「私、たまにアーティが羨ましくなるんですけど、ミルちゃんにあんなにされて、嬉しそうにして」
「してないしてない! 誤解だ! というか、見てたのかマティア!?」
「だってねー、声がねー」
「ひいぃ」
「どうしたのアーティ? 変な声出してしゃがんじゃって?」
私がアーティに骨を見せて貰うのは、私が骨の学習をするため。やらしくないよ。だって骨だし。ペタペタ触ってアーティの反応が面白くなって、やり過ぎることもあるけどさ。
こんな感じで続く修練の日々。フェスに、吸血鬼メイドのお姉さんに可愛がられて過ごす、居心地のいい九十九層『輝白の舞宮』。
だけど、このままでいいわけない。マティアは力を失ったままで、私はまだまだケルたんに勝てそうも無い。アデプタスが言うには、地上は少ーしずつだけど光の加護が弱まっているっていうし。何かしなきゃ、でも私が地上に行って何ができるってものでも無いけど。
百層大冥宮も地上もずっとこのままだと思ってた。だけど、どうやらそうでは無いみたい。
神界の神々とか、精霊界の精霊が何をやってるかは違う世界のことでゼンゼン解らない。
だけど、神界の都合で光の加護が無くなったら? それに頼ってた人達はどうなるの? この百層大冥宮の人達が地上にでて、120年前の聖魔大戦の再来? それはやだなー。
どーしたものか。いや、私にどうにかできることじゃないけど。ぐーるぐーると、考えてしまう。
「ミルちゃん、考え事?」
「うーん。考え事というか、考えてるだけというか」
「それって、私達でなんとかなる?」
「ならないよね。なるようになる、しかないのかな?」
「それなら今はできることしよっか。組太刀しよ」
「うん、やろう」
修練が終わり、ご飯の前に吸血鬼メイドのお姉さん達のところに。
「来たよー」
「「♪ミルたーん」」
メイドさん達に、ぎゅーされる。初めて会ったときには、泣き叫べ! と、手荒な挨拶だったけど、すっかり仲良しに。まー、その理由もあるんだけどね。
「噛んじゃダメだよ。吸っちゃダメだかんね」
「解ってるわよー」
メイドさん達に抱きつかれて、くんかくんかと匂いを嗅がれる。
ここの吸血鬼さんは頻繁に血を飲んだりしない。他の層で良さげなの見繕って噛みついたりしてる。後で揉めないように交渉したりとか。交渉っていっても九十九層のエルダーヴァンパイアに逆らえるのって、いるんだろうか?
アデプタスが作った魔造血液なんてのもあって、これが面倒が無くていいらしい。ほら、対人トラブルは起こさないから。ただ、この魔造血液、味も香りもイマイチらしい。
で、その香りつけに使われるのがこの私です。
もともとここのメイドさん達は、フェスの趣味で厳選された、同性愛好の精鋭。飲む血にもできたらツンな女の子の味が欲しいとか、もっとデレなお姉様の香りが欲しいとか、語りあっていたのでありました。
そこに新登場、私、ミルの香り。修練後の私の汗の匂いが新たなフレーバーとして、吸血鬼のお姉さま方に人気が急上昇。
今では交代制でこうして修練後に、お姉さん達にぎゅーされて、くんかくんかふがふがされてます。
「ふおお、くすぐったいー」
「はー、ミルたん、ミルたーん」
食生活の違いを肌で感じてる。いつ血を吸われるのかと怖いけど、セキの主と認めてくれてるのか、フェスが言ったからなのか、噛みつかれたことは無い。たまにペロリはされる。
いつもお世話になりっぱなしなので、こんなことでもお礼になればと始めてみて、だんだん慣れてきた自分が怖い。
あと、この九十九層で私の使用済み靴下が、オークションで高値がついたみたい。ここのお金は私の知ってる金貨とか銀貨じゃなくて、絵の入った紙なんだよね。だからいまいち価値が掴めない。いったいいくらで売れたんだろ?
晩ごはんの後はいつものフェスとのお茶。軽くお風呂で汗を流してバラ園の見えるお茶室に。
「フェスー、来たよー。あ、アデプタス、いらっしゃい」
「こんばんわであります」
ちょくちょくアデプタスはここに来る。アーティと話があるってことだけど、私の様子を見に来てるってのが目的なんだろな。
「でも、フェスもアデプタスもたいへんだね。実質二人でこの百層大冥宮を管理してるなんてさ」
フェスは金の髪を揺らして扇子をクルクル回す。
「だって他にはいないのだもの。他の階層守護ってモーロックみたいな脳筋か、やる気の失せたのばかりよ」
「いえいえ、ちゃんと手伝ってくれる者もいるであります。誰もがケールカルキルクルコルロルスのようではありません」
「この耳にあの毒々縞々の名前を入れないで」
「フェスとアデプタスに連れてってもらって、何人かは会ったけど、元気が無いとゆーか、おとなしいとゆーか」
「フードと隠蔽の魔法で隠して、人間に会わせても大丈夫そうなのだけ選んでたから、誰もがミルが会ったような者ばかりでは無いわよ」
「カカ、元気のある
【だが、大人しいのも仕方無かろう。魔王討たれて後、悲しみより怒りが強い者は後を追うように、地上に特攻をかけた。ここに残った者の多くは、怒りよりも悲しみが強い者であろうよ】
「魔王軍の中でも気弱なのが残っちゃったのよ。モーロックも飛び出して行ってもおかしくなかったのにね」
【魔王に我を守れと頼まれて無ければ、地上で死ぬまで暴れたかもしれんの】
「うー、こういう話を聞いてると私はどうすればいいのやら。すっかりここが私の家みたいな気持ちだけど、本来は光の加護の側で敵なんだよね」
「カカカ、ミルさんは敵ではありませんぞ。もはや友のように思っております」
「フェスが何を考えてるかは解らないけど、アデプタスは解りやすいよね。情が移ったところで、私を地上の情報を得るための密偵にでもしたいってところかな? 地上に出られなくて、ここからだと調べるのに限界はあるし。私なら地上に出て、人と話もできるし」
「カカ……、」
「そういうのもアデプタスの仕事の内だもんね。私はそれでもいいよ。人を裏切る気は無いけれど、ここの人達も家族みたいなものだし。両方にいいことって、何か無いかなぁ」
「いや、流石はセキ様の選んだ主であります。見抜かれていたでありますか。このドクロから表情を見抜いたでありますか?」
【くくく、これでまだまだ修練の途中よ】
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