第32話◇モーロックと修練、おじーちゃんのエッチー


 朝起きて、顔を洗って、服を替え。マティアに髪をすいて貰って、首の後ろでまとめて貰う。ずいぶんと髪が伸びたなー。マティアが髪を伸ばしてっていうから、切らずに伸ばしてる。私の茶色い髪は、今では脇に届くぐらい。結えるくらいの長さ。


「マティア、私がここに来てからどれぐらいだっけ?」

「そろそろ、二年かしら?」


 あれからもう二年かー。ここって季節の移り変わりとか無いから解りにくいんだよね。


 では、この二年の修練の結果を公開。

 まず、腹筋が割れました。バーン。いや、いくつもボコボコにはなってないよ。ふんって力を入れたらちょっと割れて見えるぐらい。筋トレは一切してないけど、素振りに組太刀、身体修練の繰り返しで筋肉つくとこはつくんだね。

 肩が撫で肩になりました。手を上げるときは肩を沈める、というのと、あとは素振りかな。撫で肩になって、首が長く見えるかな。


 腕がね、筋肉ついた。それが、腕を曲げて力こぶが出る方じゃ無くて、その反対側。脇の下から肘の腕の裏側にムキャッて、こっちに力こぶができる。

 足も同じ。太ももの前の筋肉は少し落ちたくらい。裏側にモリッって筋肉がついた。太ももの後ろからお尻までが凄いみたい。


「ミルちゃんのお尻がキュッと上がって、可愛いお尻からカッコいい小尻になってるわ」

「カッコいい? ヒップアップできてる?」

「うん! もう食べちゃいたい。かぷってしていい?」

「ちょっとマティア。お尻から血を吸うの? それじゃ吸血鬼じゃ無くて、吸尻鬼だよね?」

「それじゃ、私はミルちゃん専用の吸尻鬼ね」

【ふむ、新種のアンデッドが誕生したの】

「我が死猟兵団にそんな下品なアンデッドは要りません」


 あとはウエスト。ちょいとくびれができました。イエーイ。肋骨マッサージもそうだけど、居合とか抜刀術って、鞘のある左腰、左の肋骨を引く動きになるんだよね。他にも体術で胸から動くとか、肋骨から動き出すようなのとかね。

 筋肉は正常だと伸びたり縮んだりする。固まったままだと動かなくて、その回りに脂肪がつきやすくなる。肋骨回りを柔らかくほぐして、そこを動かすように動作する。そういう動きが当たり前になると、その回りに脂肪がつきにくい。脂肪を食べて筋肉が動くってことで、よく動く筋肉の近くの脂肪から薄くなってくから。

 肋骨の下から腰骨にかけてを動かすことで、ウエストが引き締まるのです。あとは、歩くときに肋骨の下の骨で地面を踏むような感覚ね。

 

 そして、バストアップは……ちょっぴりです。でももう、湯呑みのフタじゃないやい。

 しかし、胸には希望がある。そう、ここは百層大冥宮。かつて最強の刀術師セキの身体のある頃の姿は、ズドンと凶悪な魔王っパイ。九十九層、『輝白の舞宮』階層守護者のフェスは気品のある高慢な女王っパイ。

 ここでは強い女ほど胸がご立派なのだ。それはつまり、私が強くなればなるほどその強さに見会ったお胸になる、ということなのだ。目指せ最強。


「そうだよね! セキ!」

【……我でもいかんともし難いものがあるのよ】


 聞こえないっ!


 背もちょっと伸びたけど、手と足が伸びたような気がする。これは長く使えるようになった気がするからかもしれない。で、足だよね。ふくらはぎがたくましくなって、足首がちょい細くなった。蹴り技も少しやってたからハイキックで高いとこ蹴れるようになった。これも足の使い方。コツは前は胸の下、後ろは肩甲骨の下からを足だと思って使うこと。そこから足を動かす筋肉があるからね。


 それで立ち方、歩き方はフェスにも見てもらってたから。


「どう? フェス? 私、美脚になった?」

「骨のつき方はいいわね。ふくらはぎと太ももの裏の筋肉が凄いけれど、線の通りはいいじゃない」

「綺麗な歩き方が美脚を作るんだよね。でも、フェスってそんなにできるのに毎日練習してるんだ」

「私は練習とは思ってないわ。楽しくてしているだけよ」

「立ち方と歩き方の練習が楽しいの?」

「そうよ。いまだに追求するところがあって、踊りを更に優雅に美麗にするために。ただ、立つだけでも楽しいわ。つまらないと続かないわよ。セキの刀術もそうでしょ?」

「それもそうだね。辛いということはあっても、つまらないということは無いし」

「それに、私には声が聞こえるから」

「声って?」

「大地の声よ。『あぁ! この世で最も美しきフェスティマ女王様! どうか私を踏んで下さい!』と、この地面が言うから私は踏んであげてるの。ほら、地面が喜んでいるわ」

「へ、へー」


 フェスのこういうとこ、凄すぎてついていけないこともある。


 長くいるとホームシックになって、地上のこと思い出して切なくなることもある。そんなときはマティアが優しく抱きしめてくれたりする。あとでちょっと恥ずかしい。

 ま、そういうときは思いっきり身体を動かしてスカッとする修練だ。


「来たよー、おじーちゃーん」

「また来たか」


 百層大冥宮、ずっと夕方の最下層。カオスドラゴンのモーロックのいるところ。


「ワシも暇では無い。ドラゴンCCCの新技開発とか、後輩に稽古をつけに行ったりとか、いろいろあるというのに」

「そんなこと言って、いっつもここにひとりじゃない? 私が来ないと寂しいくせに」

「ふん、ミルが来ると騒がしい」

「またまたー。それじゃお願いね」

【モーロックはあまり闘技場を壊さぬように。後で闘技場を直す者が手間であろ。今回はマティアもいる】

「お、お願いしまーす」

「うむ」

「マティア、固いよ。もっと楽にしないと動けないよ」


 デカブツ相手の回避の練習。おじーちゃんには光槍とか雷とかブレスは無しで。咆哮と手と足だけで。私とマティアは逃げるだけ。


「アーティ、セキをお願いね」

「任せろ。しかし、この修練は何度見ても信じられんな……」

「そぉ? 慣れだよ慣れ」


 軽くピョンピョンと飛んでウォームアップ、準備良し。


「いつでもいいよ、おじーちゃん」

「いつからおじいちゃん呼ばわりになったのか……」

「だってこの修練はモーロックを怖がるとダメだから、親しく仲良しな感じで行かないとね。おじーちゃんも嬉しいでしょ? 私とマティア、ほら、孫みたいな女の子が遊びに来てるんだから」

「いつまで喋っとる、やるぞ」


 モーロックが息を吸う。威圧を乗せた咆哮に対抗するために、私とマティアも息を吸う。


「オオオオオ!!」

「「ああああああああ!!」」


 続いて来るのは大きなドラゴンの手の張り手。とうっとジャンプして側転。回避。次に次に来る大きな手、壁が迫るように飛んでくる。飛び込み前転ですぐに立つ。おっと次は左にジャンプ。


「ドラゴンCCC滅殺張り手!」

「圧殺張り手じゃなかったのー!」

「ワシの技は常に進化するのだ!」

「ボケたの誤魔化してんじゃなーい!」

「ワシはボケとらん!」

「ボケた人はそーゆーの! ほらマティアも声出して!」

「え、あ、」

「ちゃんと教えた通りに! 元気よく」

「エロじじー!」

「何を教えとるんじゃあっ!」

「だっておじーちゃん、パンツが好きでしょ?」

「捏造するなっ!」

「お、お漏らしっ娘大好きっ!」

「そこの吸血鬼いっ!」

「モーロック様ごめんなさいっ!」

「後で謝ることを口走るなあっ!」

「謝らなくていいよっ! だってほんとのことだから!」

「いつまでも昔のことをっ!」

「さっきもオシッコCCCとか言ってたじゃん!」

「ドラゴンCCC! カオティッククロースコンバットだ!」

「きゃー、おじーちゃんがお尻触ろうとするー! マティア、復唱!」

「きゃー、おじーちゃんがお尻触ろうとするー!」

「小娘どもがあっ! カオスドラゴン舐めるなっ!」

「カスドラゴン? 女の子脅かしてお漏らしさせて、謝らないドラゴンはカスだと思います!」

「雄ドラゴン? 男臭いのアピールしても、デリカシーが無いとモテ無いんじゃないですか?」

「お前らぁあああ!!」

「「きゃー、おじーちゃんが、怒ったー!!」」


 喋りながら私とマティアは逃げる。大きな手が、ブンブオンと降り続く中を逃げ惑う。この修練は口を止めずによく見てかわすこと。気迫と威圧で負けてるんだから、口だけでも勝たないとね。そして、モーロックから目を離さない。飛んでくる手に目がいきがちだけど、その手のついている胴体全部を視界に入れるようにする。モーロックの張り手の前動作から、狙ってるところと腕の軌道を先読みすると、回避しやすいから。


「も、もう、限界ですぅ」


 マティアがアーティの近くまでヨロヨロ走って、パタリコと倒れる。私もそのあと少し頑張ったけど、


「もうダメー、はひぃ」


 膝をついてペシャンと寝転ぶ。モーロックも動きを止めて、猫みたいに座る。


「ふー、けほっ、まだまだスタミナが足りんぞ、ふ、ふたりとも」

「はー、はー、おじーちゃんも、はー、息切れしてんじゃ、ふー、無いの?」

「えほっ、これは、怒鳴りすぎて、むせただけよ。ワシは、喋りながら動いたりするのは、慣れとらん」

「おじーちゃーんの、ふー、負けず嫌いー」

「よくもまぁ、あれだけワシを罵れるものよ」

「だってビビったら動けなくなるもん。それに、ただ避けてるだけだと追い込まれるし。こっちからモーロックを怒らせて誘導してるって気分でいかないと」

「ただの命知らずとしか思えん」

「そんなこと言っても、モーロックがちゃんとこっちを見てるの信用してるからできるんだけどね。寸止め失敗したこと無いし。こっちが避けてるの見てから張り手を地面に当ててるし。私が小さくてやりにくいのに、それができるのは、流石、最強のドラゴンだって思う。修練の相手してくれて、ありがとうおじーちゃん」


「ふん、ミルが褒めておねだりしても、宝物庫の宝はやらんぞ」

「あれ、照れてる? お宝はいらないよ。一番いいのをもう持ってるし。ただ、最強のドラゴンだったら口ゲンカでも勝てるようにしたらいいんじゃない? おじーちゃんは悪口のレパートリーが少ないんじゃ無い?」

「そんなものを練習して身に付ける気は無い」

「まー、強すぎるのも相手がいなくて寂しいし? ひとつくらい弱いとこがあった方が可愛げがあるかな。うふふ、最強のドラゴンは実は言葉攻めに弱かったのでしたー」

「ミル、おかしな話を作って、広めるような真似はするなよ」

「そこは心配しないで、おじーちゃんを罵ってあげるのは、今のとこ私とマティアだけだから」

「年頃の娘が下品なことばかり口走るで無いわ」

「あれ? おじーちゃんって女の子に幻想抱いてるの? 誰もがフェスみたいな完璧美人じゃ無いよ。生身の女の子はこんなもんでーす。幻滅してショックを受ける前に、考えを直した方がいいよ」

「……まったく、口では敵わんな」

「今のとこ、これしかモーロックおじーちゃんに勝てるものが無いからね」


 二年やってればかなり動けるようになったものだけど、このおじーちゃんに勝つにはどうすればいいのやら。


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