第14話◇おいしいゴハンはおいしいです


 初日は素振りだけで終わった。というか素振りもまだまだできて無い。刀の握り方に振り方を教えて貰ったけど、足を使うところまで行けなかった。ホントは足も動かしながら刀を振るんだって。そりゃそうか。


「探索者訓練場で、丸太にショートソードの打ち込みとかやってたんだけど、セキの修練って何か違うね」

【手っ取り早く戦える者を育てるには、細かいことは無視して実戦に近いことをさせた方が早い。だがミルには基礎からじっくりと覚えてもらう】


 それで手の動かし方からなんだ。身体を思いっきり動かした疲れは無いけど、なんだかズーンと疲れた。今まで感じたことの無い疲れ方。


 フェスに呼ばれて来たのは暖炉のある落ち着いた部屋。いや、この部屋も半裸の乙女の彫刻とか、水辺で戯れる少女達の絵画とか、豪華なものがいろいろある。私もここの階層に、お城のような貴族の屋敷のようなところに慣れてきちゃったな。慣れてきたというか、毒されてきたというか。


 椅子にはフェスが座ってる。促されてその正面に座る。メイドさん達が立ってて私が座ってるってのは、なんか居心地悪いなー。いつまでお客様扱いしてくれるんだろ? 私、なんにもしてないタダ飯食らいだから、落ち着かないよ。

 金の髪を揺らしてフェスはニッコリ。


「ミル、修練初日はどうだったの?」

「どうと言われても、まだなんとも言えないかなー。セキの刀術がメッチャ難しそうっていうのが解ったくらい。私にできるのかなって不安になってきちゃった」

「まぁ、素直なこと。それで、諦めちゃう?」

「諦めないよ。不安は不安だけど、やるだけやってみる。セキが、ダメだこりゃって言わないうちは、私にまだ見込みがあるってことでしょ? だから、まだまだこれからだい」


 あれ? フェスが私を見て、目を開いて驚いてる。なんで?


「ミルは自分の素質よりもセキのことを信じてるのね」

「セキは私よりいろんなこと知ってるから当然じゃない? 今日はセキが、さっすが魔王のししょーだっていうのが、改めて解った」


 私にも解るように説明してくれて、なるほどそーなんだって驚いた。指南役って教えるのが上手なんだね。

 フェスが扇子を開いて顔の下半分を隠す。なんかクスクス笑ってる。


「フフフ、随分と妙な娘になつかれたものね、セキ」

【なかなかおもしろいだろう?】


 あれ?


「おもしろいこと言ったつもりは無いんだけど?」

「そうね、ミルが楽しませてくれる間は食客としてもてなしましょうか」

「道化師か吟遊詩人みたい。だけど私は何も芸とかできないよ?」

「ではそちらも頑張りなさいな。この身を楽しませるお喋りで。それと、これからはミルのご飯も作れるから。今のところまだメニューは少ないけど、少しずつ開発していく予定よ」


 わっほーい。パンケーキもチーズケーキも美味しかったけど、お菓子はご飯じゃ無いからね。

 ちゃんとお腹にたまる食べ物は元気の源。しっかり食べて明日も頑張る。どんなご飯が出てくるんだろ? でも、開発って、何?


 フェスが手を振るとメイドさんが持って来たのは、ステーキにサラダ。おぉ、お肉がおっきい! 豪華だ!


「え、いいの? これ食べていいの?」


 見回してみると、このご飯、私の前にしか置いてない。それでメイドさんが並んで私を見てて、フェスも私を見てる。


「えっと。私ひとり分だけ? フェスは?」

「私はこれ」


 フェスが手に持ってるグラスにメイドさんがボトルから赤い液体を注ぐ。そうだった。ここにいる人間は私だけで、みんな吸血鬼だった。


「ミル? 食べないの?」

「食べる、食べますよ。だけど私ひとりだけ食べるっていうのも」

「ここでその食事を食べるのって、ミルしかいないのだけど」

「そうだよねー。でもご飯ってみんなでワイワイ言いながら食べるもので、それに慣れてるもんだから。私ひとりだけが食べてて、それをみんなに見られるっていうのが、なんだかちょっと、落ち着かない」

「あら、ミルが食事しながら私とお話しようかと、こうしてみたのだけど」

「フェスも食べてみない?」

「私はいらないわ」

【フェス。ミルは珍獣扱いでジロジロ見られると、落ち着いて食事ができないらしい】

「そう。じゃあ、次からはミルの部屋に運ぶとしましょうか。その代わり朝のお茶と、夜の食事の後のデザートは付き合いなさいな」

「それなら、うん」


 そっかー、食生活がぜんぜん違うんだよね。見た目綺麗なおねえさん。でも吸血鬼。吸血鬼の食事事情とか解んない。あんまり深くは知りたく無いかなー。


「今回のところはここで、冷める前に食べなさいな」

「いただきまーす! マナーとかよく解んないのは許してね」


 湯気の出るステーキにフォークを刺して、ナイフで切って、まずは一口。じゅわっと肉汁。


「あち、あち、はふ、はふ」


 私、猫舌だったー。はふ、はふ、と口の中で空気を送って冷ましてもぐもぐ。美味しい! サラダの方は、茹でてあるのかしんなりした葉っぱ。緑の綺麗な色。白い細いのはなんだろ? こちらもパクリと。うわ、少し甘くて爽やかで美味しい。


「スッゴイ美味しいよ!」

「あら、良かったわ。ねえ?」


 フェスが言うと青い髪のメイドさんがコクリと頷く。この人が作ってくれたのかな?


「お菓子以外の調理とは初めてで、味付けもどうしようかと悩み、いくつか試作を重ねました。今回は臭みを取ることを第一とし、薄味ですが、いかがですか? ミル様?」

「バッチリです! 素材の味が生きてます!」

「それでは参考になりません。サラダのドレッシングはもう少し効かせた方がよろしいでしょうか?」

「ドレッシングって? 調味料のこと? 値が高いのを効かせたものなんて食べたこと無いから解んない。これ美味しいよ!」

「肉の焼き加減はいかがですか? レアの方がよろしいですか?」

「安い定食って、ちょい古お肉でもお腹壊さないように、よく火を通したものが多いから。中が赤い大きなお肉は初めて! これ美味しいよ!」

「……ぜんぜん参考になりません」

【次からは腹を壊さないものであれば、試作でも良いのではないか?】

「いえ、中途半端なものをお客様にお出しするわけにはいきません」

「迷惑かけちゃってる? 私、食べられるものってなんでも美味しく食べちゃうみたいで、味見とか苦手で」

「ミル様が食べられ無いものはありますか?」

「猫舌だから熱すぎるのはダメ。あとは凄い辛いのとか、凄い酸っぱいのとか、凄い苦いのもダメ」

「そ、そうですか……、」


 ため息つかれちゃったよ。


「ところでこのお肉ってなんの肉なの?」

「八十層のヒドラの首の肉です」

「ヒドラってゆーのは、首がいっぱいある……」


 確か多頭竜とか言われてる、ドラゴンの一種じゃ無かったっけ? 訓練場で見せて貰った危険魔獣一覧絵巻にあったよーな。羽が無くて首が五本生えてたよーな。って、ちょっと待って。


「ヒドラを倒して来たの?」

「いえ、倒してません。首を1本もいできました。ヒドラは再生力が高いので放っておけば、また新しい首が生えてきますから」


 わーお、メイドさんがヒドラの首を肩に乗っけて歩いてくるとこ想像しちゃったよ。ご飯作る為にひと狩りいこうぜ? 首だけもいでキャッチ&リリース? でも、


「知らなかった……、ヒドラがこんなに美味しいなんて。でも、これを食べるためには八十層でヒドラに勝てないとダメなんだよね」

【肉の為に真剣に八十層攻略を考えたのは、ミルが初めてであろうな】

「こっちのサラダは?」

「アルラウネプリンセスの葉と根です」


 アルラウネは植物の魔物だよね。そのプリンセス? フェスが青い髪のメイドさんに。


「ロズから貰ってきたの?」

「はい、植物の豊富なところは九十五層『深緑の楽園』しかありませんので、ロズ様にご相談したところ、分けていただきました」

「ふうん? ロズは何を考えてるのかしらね?」

【あやつは特に深くは考えておらんだろ。その葉と根は毒抜きは?】

「人の身体の害になりそうな毒素、麻痺成分、幻覚物質は取り除いて御座います」

「毒抜きって、このサラダ毒があるの? 毒があったの? もりもり食べちゃったよ」

「ミル様、毒抜きは万全です。ご安心を。お代わりはいかがですか?」

「あるの? どーしよ? いただきまーす」

 

 毒って聞いてちょっと驚いたけど、でも美味しいし。毒抜きは万全ですってことだから大丈夫だよね。お代わりのサラダとお肉を代わる代わるに、もしゃむしゃ食べちゃう。

 フェスが手を伸ばしてサラダの葉っぱを1枚取って、口に入れて味見する。


「九十五層って植物系の魔物が多いのよ。毒とか麻痺とか状態異常させてくるの。吸血鬼は少々の毒は効かないから味以外はそんなに気にしないけどね。果物に香辛料は九十五層から分けて貰ってるのよ」

「そうなんだ。九十九層って畑とか無いからどうしてるのかなー、とは思ってたんだけど」

「だからミル、お腹が空いたからって台所でつまみ食いしてはダメよ。毒抜き前のものを口にしたら死ぬかもしれないから」

「おおう、流石は百層大冥宮。つまみ食いも命懸けかー」

【そんなことに命を懸けるで無いわ】


「ふいー、食べた、食べたー。お腹いっぱい」


 軽く仰け反ってお腹を撫でる。食べ過ぎたかなー。


「あら? じゃあ、食後のデザートはどうするの?」

「甘いものは別腹です!」


 黒いケーキが出てきた。チョコレートケーキだって。お、ほんのり苦味が、これが大人の味?


【別腹を作ったりはできるのよな】

「作るって? 別腹って甘いものは違うとこに入るってことじゃ無いの?」

【人の胃はひとつで入るところもひとつ。腹が膨れてもどうしても食べたいものを目にしたとき、内臓を動かして次に食べ物が入る余裕を強引に作るのが別腹だ】

「そうなの? お腹の中がそんなに動いてる感じはしないけど」


 右手でフォークを持ったまま、左手でお腹撫でり撫でり。


【次はお腹に手を当てながら食後のデザートを見てみればいい。それとフェス、ミルに甘いものばかり与えるでない。太ってしまうではないか】

「セキが母親のようなことを口にするなんてね。もう少し肉がついてもいいんじゃない?」


 おデザ食べながらフェスとお喋りする。なんでも私が食べるものの為に、料理よりも毒抜きの方が時間がかかるって。


「手間かけさせちゃって、なんか申し訳無いなー」

「百層大冥宮は人が住むようにはできてないものね」

「ねぇ、フェス。私ができることでフェスにお礼できることって無い?」

【ミル、やめよ】

「うふふ、そんなこと言っちゃって、後で後悔するわよ? じゃ、早速、今宵の夜伽で」

「ひぃ、フェスはそっちの方だったの忘れてたー! エロ系除外! それ無しでー!」

「じゃあ、いらない。ふふ」


 フェスが私を見る。口は微笑んでいるけど、なんか困ったような目をしてるような。


「フェス?」

「……まさか、人とこういう関わりになるなんて、ね」

「どしたの?」

「ミルはいい子ね。もう、食べちゃいたい」

「食べちゃダメ! それにそれはどっちの意味なの!?」

「あら、両方よ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る