魅刀赤姫の主編

第36話◇百層大冥宮を上へと進む


 百層大冥宮。かつての魔王の居城。

 今では地上に住めない者が八十層から下に住み、その上は防衛の為にある。聖魔大戦で敗北した闇の軍勢、その生き残り。

 魔王が討たれて、ここ以外には住むとこが無い。やがては地上からやって来る光の軍勢、私達、光の加護を受ける人間に滅ぼされると思ってたみたい。


 それが勇者以外には下層まで来れる人も無くて、いつのまにやら120年。

 そして地上では光の加護が弱まっていると。神様達が何やってるかは解らない。過去に人を光の加護で強くして、人はそれに頼って、慣れてきた今になってその加護が弱まってきた。


「光の女神は何をやっているんだろうね?」

【さてな。己のお気に入りには力を与えて勇者とし、その者を使って信仰を集めていた女神よ。祈る者には、讃える者には加護を与えて、その結果、努力と鍛練を怠る者が増えた】

「頑張るよりも、祈った方がいいって? なんでそんなことを?」

【あの女神は優しくすることと、甘やかすことの区別がついておらん。地上の者を憐れみ、力を使いこなす術を教えずに力を与えて、それを導くという遊戯が好みらしいの】

「私は何も知らずに祈っていたのか。自分達が神の駒だなんて知らなかったよ」

【駒にする気も無く、悪気も無かろうよ。神は神で、人に良かれとやっておるのだろ】


「それがなんでこうなるのやら」

【神には人の気持ちは解らぬし、人は神の視点で物を見ることはできまい】

「このまま光の加護が無くなったらどうなるのかな?」

【120年前より昔の状態に戻るだけであろ。その頃も人は生きておる。慣れたものが無くなるから不便であろうが、問題あるまいて】


 知れば知るほど変わっていく。当たり前だと思っていたものが、当たり前では無くなっていく。

 それで驚いてもあまり動じない私がいる。少しは強くなれたと自信ができた? 側にセキがいると安心できるから?

 たぶんそれは、私が私のことを解ってきたから。


【準備はできたか?】

「お弁当よし、水筒よし。魔光灯よしの念のためのピッキングツールよし。服もブーツもグローブも新しいの用意してもらったけど、靴は履き慣れた方でいこうかな? グローブも無い方がいっかなー? とりあえず予備ってことでリュックに入れていこうか。よし、行こう」


 大型魔動昇降機で上へと上がる。階層を貫いて、七十層まで昇る昇降機。

 ランキング挑戦のときはこれで他の階層に移動してた。フェスの許可が無いと使えず、アデプタスにしか動かせない。


「こんな大きい昇降機がスムーズに動くって、アデプタスは凄いね。こんなのも作ってるなんて」

「必要にかられてであります。七十層以下は階層間で転移の妨害をしてるでありますから。これで七十層まで行けるであります。モーロックが使えるように巨大に作ったであります。大は小を兼ねるであります」


 昇降機にはアデプタス、フェス、マティア、アーティがいる。私とセキもね。フェスが閉じた扇子を手のひらにトントンと当てている。


「防衛の為に八十層はドラゴンばかりの層になってるわ。モーロックはこの昇降機で八十層に行ってはドラゴン達に稽古をつけてるの」

「どうもそれは、引退したハズのOBが後輩に稽古をつけてやる、という体育会系のものらしく、ドラゴン達は影でブチブチ文句言ってるであります。階層守護者のライトニングドラゴンが『モーロック先輩、いつもやり過ぎで、マジパネェっす』と言ってたであります」

「おじーちゃん、何やってんの?」

【暇なのと、手応えのある相手が欲しいのであろ】


 ウォンウォンウォンとドラゴンが乗れるくらい大きい昇降機が登っていく。マティアが私の手をきゅ、と握る。


「ほんとに気をつけてね、無茶しないでね」

「うん、すぐにまた戻る予定だし、大丈夫」


 アデプタスが近づいて来る。魔法の研究が好きな親切な不死の王リッチ。最初は私を利用しようとしてたみたいだけどね。


「確認しておくであります。ミルさんはこの迷宮の上層に来る探索者と話をして、情報を聞き出す。そしてこの地下迷宮からは出ない。よろしいでありますか?」

「うん。例え一層まで登っても、地上には出ない。おうちの中にいて玄関からは出ないってことでしょ」


 フェスが落ち着かないのか、タン、タン、と扇子を手のひらに当てて。


「ミルがセキ、魔王様の愛刀、魅刀赤姫をこの百層大冥宮から持ち出してはいない。ギリギリだけど、これで他の階層守護者も納得するでしょう。得られた情報しだいでは、またミルに上に行って貰うことになりそうね」


「ミルさんが本格的にセキ様と地上に行くとなれば、一層ずつ上り階層守護者、つまりボスと戦って、倒して貰うことになるであります」

「それって、フェスともアデプタスとも相手をするってことでしょう?」

「自分はかなり本気でお相手するであります。アーティの心許せる友達となれば、外に出すのは惜しいでありますから」

「フェスは?」

「今更、真剣勝負は難しいわね」


 フェスが私の後ろから抱きついてくる。 


「何か方法を考えておくわ」

「お願いね」

「セキ、ミルをよろしくね」

【あぁ、とは言えよほどのことが無ければ、ミルが遅れをとる者はまずおらんであろ】

「ミルさん、百層大冥宮武闘ランキング十四位でありますからな」

「いつの間にかそこまで上がってたね」


 いろんなの相手にしたなぁ。このランキングが上に行って、ランカーとか呼ばれて、それで私がセキの新しい主って認めてくれる人も増えた。


「でも、そのランキングはモーロックもケルたんも参加してないんでしょ?」

「全員参加ではありませんし、その二人が入ると参加者が減るであります」


 そりゃそうか。最強のドラゴンに最悪の悪魔だもんね。

 

「これをお渡ししておくであります。この黒布包みの中には通信の為の魔法符があります。包みから出せば自分の魔法は光の加護に消されるので、長い時間使うことはできないので、注意するであります」


 アデプタスからは黒い布にしっかりと包まれた魔法の道具。使い捨てみたいで三枚ある。

 フェスからは、


「七十層より上の魔動昇降機を使うマスターキーよ。無くさないで必ず返しに来なさい」

「うん、解った」

「地図は渡せないから、ここで見て憶えていって」

「それはちょっと無理かも」

【昇降機のある位置と方角だけ憶えておけばよかろ。これでショートカットできよう】


 七十層に到着。アーティの骨の手ときゅ、と握手する。


「できれば途中まででも着いて行きたいのだが……」

「無理しなくていいよ。この高さは大丈夫なの?」

「まだ、大丈夫だ。しかし、上に昇るほど光の加護は強まるから」

「光の加護が昔より弱まっているので、改めて計測しているであります。かつては魔族は五十層を越えると動悸、目眩、息切れを起こし、三十層を越えると動けなくなったであります。個体により差はありますが」

「それじゃ地上で暮らせないよね」


 昇降機の扉がゴウンと開く。


「じゃ、言ってくる。すぐに戻ってくるって」


 ひとりずつ皆にぎゅーして、皆に見送られて巨大昇降機を出る。五年振りの迷宮探索だ。


「て、警戒してたのにたいしたこと無いね。迷宮魔獣もそんなに強く無いし。上に上る度に弱くなってくし」


 十匹の群でやってきた大きなトカゲ。バジリスクだっけ? 視線で石化するっていうけど、目がキラッてするとき目の前にいなければいいだけだし。五匹斬ったら逃げてったし。


【下に下りるほどに強くなるから、当然だの】

「あ、宝箱。でも中身はゴミみたいなものって聞いちゃうと、魅力半減だね。宝石に金塊に武器防具を余った廃棄物って言っちゃうのが、おかしいんだけど」

【そんなものに構うでない。欲しければフェスかアデプタスにねだれば良かろ】

「そだね」


 不意打ちに気をつけて魔光灯の灯りで照らして迷宮の中を進む。腰にもひとつつけて、戦闘で左手の魔光灯を落としてもなんとかなるようにして。


「でも、左手で魔光灯持ったまま、右手ひとつでどうにかなっちゃうよ。七十層とか六十層とか、無理のムリムリって思ってたのに」

【それだけ鍛えたからの。とはいえ、たった五年でここまで刀術を納めるとは。十年はかかると思っておったが】

「そこはセキが素質と才能を見込んだ私だから、ふっふーん」


【刀術の才能とはの、あまり強く無いことなのよ】

「そうじゃないかと思ってた。もともとの能力の高い吸血鬼には向いてないとかだし。でないと身体の中の使って無いとこまで、全部探して、細かく使おうってならないよね」

【元々は戦って勝つよりも、戦場で最後まで生き残るための武術。弱いものが強いものに襲われても、なんとか生き延びようとするための術。だからの、ミルの言葉。何があっても生きていける強さ、これを求めたのを聞いて、我は身が震えたものよ】

「それで笑ってたのかー。正直に応えたのがそんなにセキのツボに刺さってたんだ。でもセキに刀術習ってるうちに、私が刀術欲しいって強く思うようになったの、たぶんそれだね。セキの修練が楽しいってのもあったけど」


 歩いて進み、魔動昇降機と階段で上に登る。迷宮魔獣は右手のセキで追い払う。状態異常とかも当たらなかったら意味が無い。経験値稼ぎなんてする気も無いから、なるべく相手にしないようにする。だってセキの刀身が汚れちゃうもん。

 

 三十層まで行けば探索者がいるらしい。そこに向けて進んで、お腹が空いたらお弁当食べて、休むときは座ったまま壁に背を預けて少し寝て。


「刃筋が立ってきたら、いろいろ斬れるんだね。木の刀でも紙とか枝とか、破れるでも折れるでも無くてちゃんと斬れちゃうし」

【木でも刀の形をしとるからの。そのうち手刀でも斬れるようになる】

「なんだか刀が武器って感じがしなくなってきたんだよね」

【では、ミルにとって刀とはなんぞ?】

「なんだろ? んーと、身体を鍛えるための、修練のための道具、かなー?」

【道具を使うは身体であるからの】

「でも、こうやって迷宮魔獣を相手にしてると、刀ってやっぱり武器じゃんって思う。まーた一周して戻って来ちゃったよ」

【くくく、その繰り返しであるからの】


 お喋りしながら歩いていく。四十層まで登ったところで。あれ? 何かいる。


「あっはぁ、よくよくよくぞここまで来たな選ばれた勇者よ。だが、その歩みもここまででござい。我が同胞の仇を討たせてもらう? いやさ、我が誇りにかけてここで打ち倒す? そんな感じのそういう訳で、ここから先には、魔王軍十二真将で十王で八選戦鬼で六身合体の、五人揃ってゴメンバーで四天王で三羽カラスの、このケールカルキルクルコルロルスが、あ、とおぉーさ、な、いぃー」


 そこにいたのは、赤と緑のシマシマのピエロ。笑う仮面で顔を隠した道化者。


「……こんなとこで何やってんの? ケルたんは?」

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