第16話◇歩くのって難しいぞ?


 床にペタンと座ったまま聞いてみる。


「えっと、じゃあ私が今まで歩くって思ってた歩き方は? みんなが街を歩いてるあれは? あれも歩くだよね?」

「地上の人の歩法は知らないけれど、多分それは転ばないように足を出してるだけ。歩くとは呼びたく無いわね」


 うひゃあ。今まで私が二本の足で歩いてたのが、全否定だよ。


【とは言え、いきなり全身を細かく使えというのもミルには無理であろ。フェス、槍を用意してくれ】

「今、持ってこさせるわ」

【マティア、ミルの胸に手を置け。ミルの歩みを止めよ】

「ハイ」


 マティアが私の胸に手を置く。うーん、あの歩みって、できる気がしないなー。


【ミルよ目をつぶれ】

「ハイ、ししょー」

【まずは想像せよ。天地を貫く大きな光の柱を。大地にそびえる長い柱を】


 大きな柱、光の柱、大地から空に伸びる柱。


【その柱の頂は高く高く伸び、雲を越え空を越え、天の星に届く】


 背伸びするみたいにグングン伸びる、上に上に光の柱が伸びていく。


【その柱の底は地に潜り、地下へ地下へと伸びていく。地の底に届く】


 地面の中に沈んでいって、深く深く柱が沈む。


【その長大な光の柱が、己を貫いていると、想像せよ】


 私の身体が大きな柱に重なる。星の彼方から私の頭の天辺を通って身体を貫いて股を抜けて地の底へと。


【目を開けよ。首を動かさぬようにして、目だけで右を見よ】


 目だけ動かして右を見る。フェスが槍を両手で持ってる。地面に垂直に立てるようにして。


【ミル、今、ミルの身体と重なる光の柱はあの槍と同じものだ。ミルがこれからすることは、己を貫く光の柱が、折れず、倒れず、曲がらず、歪まず、大地に垂直に立ったまま、前に進む。これだけだ】

「うん、真っ直ぐ立ったまま、そのまま、前に」

【ではそのまま目だけでフェスの槍を見ていろ】


 フェスの持つ赤い槍。地面に垂直に。あれが私を貫く光の柱と同じもの。


「行くわよミル。いち、にの、ハイ」


 フェスが槍を真っ直ぐに垂直に立てたまま持って前に進む。私を貫く光の柱も、同じように前に進む。柱に重なる私の身体もつられてツツーと前に進む。


「きゃあ?」


 うにゃ? マティアの変な声?

 前に視線を戻すとマティアが尻餅ついて倒れてた。あれ? マティアは私の胸に手を置いて、前に進ませないように止めてたハズ。そのマティアが尻餅ついて、私は最初に立ってたところから二歩前に進んだとこにいる。ということは?


「え? できちゃった? 嘘ぉ?」

「一回でできちゃったわね。なかなかの集中力だこと」


【どうだ? ミル。前に歩けたぞ】

「え? なんかゼンゼンできた気がしない。マティアの手を胸で押した感じが無いよ。手応えが無いっていうか、マティアを押して転ばせるような力の入れ方もしてないし。マティア、本当にちゃんと止めてた?」

「止めてましたよ。でも、止めきれなかったの」

「ホントにー?」

【手応えを感じるのは力に対し力で対抗するとき。相手に止められぬように動けば動くほどに手応えは無くなる。逆に言えば手応えがあるうちはできて無い。この修練法は上手く行くと抵抗を感じない。相手が止めていないところを歩いて進むのだから】

「んー、何だコレ? できたー!っていう達成感がまるで感じられない」

【その手応えの無いところを目指しておるので当然よの】


 何がどうなって上手く行ったのかゼンゼンワカンナイや。


【いきなり細かく割って身体を使えといっても難しいであろ。まずはイメージすることが大事】

「イメージ、さっきの光の柱みたいな?」

【真っ直ぐ立つにはそういうのが良かろ。水のように動く、風のように動くというのもある。己のイメージする通りに身体を操作し、思い通りにならぬところを修練するのよ】


 うーむ。自分の手の平を見てその手で胸とか足とか触ってみる。イメージ、ね。身体を貫く光の柱を想像して、それが地面に真っ直ぐ立ったまま、倒れないでスススと動くような、動いたような。そういうのを考えてた。そしたら、身体の動き方が変わった。ということみたい。


「マティア! もう一回、もう一回!」

「ハイ、ミルちゃん」


 そのあと何度もやってみたけど、上手くできなかった。まぐれの一回、たまたまできた一回だったのかな?


【一度できたものを、その手応えをもう一度と追いかけようとすると、それがなかなかできなくなる、というのもこの修練ではありがちだ】

「えー? それってどういうこと?」

【抵抗がない、手応えが無い、というのはそういうものよ。あれをもう1度、では無く、最初から真っ直ぐ立つところからやってみよ】

「ハイ、ししょー」


【膝を軽く曲げて立つ。足の力を抜く】

「うん」

【そのまま身体の力を抜く。立つ為に必要なだけの力を残し、全身の力を抜く】

「ふおぉー?」


 セキの話を聞きながら、立つと歩くをやってみる。何が何だか解んなくなって頭がうにゃーってなったら、フェスに歩いてもらってそれを押さえる。また転がる。


「マティアもしてみたら?」


 フェスが言うので私がマティアの胸を押さえる。


「行くよー、ミルちゃん」

「よしこいっ!」

「えいっ!」


 マティアにグイッと押されて後ろにジャンプ、でもこれだと私のバランスは崩されない。余裕で着地して立てる。転ばない、転がらない。押される力の方向が分かるから。


「マティアのはフェスとゼンゼン違う。これは力押しだ」

【もとの筋力が高いものには、これは向かん。吸血鬼の筋力は人より高い。全身の力をひとつにするという必要を感じない者には、解りづらいのよ】

「あ、それが吸血鬼とセキの刀術は合わないとか言ってた理由?」

【その通り】

「それじゃ、フェスは?」

「この身が求めたのは力では無く、優雅さ、美麗さだもの」

【そのために己に弱体ウィークネスをかけて修練するのも、なかなかおらんがの】


 フェスは扇子をヒラヒラさせて、機嫌よくマティアの頭を撫でる。


「条件をミルと同じにしましょう。其の身を傲る者よ、膝を突け“弱体ウィークネス”」

「はう! 女王!?」

「これでミルと同じくらいになったかしら? マティア、半日もすればもとに戻るから心配いらないわ」

「ハイ……。えぇ? これがミルちゃんの筋力? 握力も、えぇ? こんなに力が無いの?」


 自分の手を見てから私に同情の視線を向けるマティア。私がどれだけ弱いと思ってんの? 吸血鬼と一緒にしたらダメだって。私はこの九十九階層でいっちばんよわっちいんだからね。

 で、マティアの胸に手を当てて。


「あ、これなら片手で止められる」

「ふぬ、くぬ、うーん、ぬぬー」


 マティアが頑張って前に出ようとしてる。でもムリー。そっか、さっきの私はこうなのか。


「マティアがやってるの見るとよく解る。頭と足が先に出て、胸が置いてかれてるのが」

「はあぁ、人間に片手で止められるなんて、なんて非力なの? ふんぬーっ」

「押してもダメだよマティア。やってみたから解るもーん」

「ミルちゃんに私が弄ばれてる?」

「マティアにはさんざんやられたからねー。筋肉痛で動けないことをいいことにさー」

「なんだか悔しい! えっと、柱? 大きな柱が?」

「足が先に出てるよ、マティアー?」

「きー!」

【おや、意外といい修練相手になっておるの】


 マティアと交代交代で歩くのと押さえるのを繰り返す。身体が全部一緒に動くっていうのが難しい。いつも何処かが置いていかれる。いつも何処かが先走る。そんなところを見つけては、私はマティアに言って、次はマティアが私に教える。


「足が先に出ちゃうなぁ」

【手先に足先は自分勝手に動きやすいところよ】


 思いどうりに使えてると思ってたのが、実はそうじゃ無かった。これをちゃんと思うとうりに、私のイメージどおりに動かせるようにしなきゃならない。


【筋肉をつけるのは、その身体の操り方を憶えてからよ】


 このあとは素振りの復習。マティアと並んで刀を振る。私はセキを使ってて、マティアは木の剣。


弱体ウィークネスが効いてるうちに我を使ってみるか? マティア】

「いいんですか? 是非、お願いします」


 それでマティアはセキを振ってみたんだけど。


「ひゃ? セキ様が重い?」

【もとの筋力に頼って振り回したツケだの】

「ミルちゃん、セキ様をけっこう軽そうに使ってたけど」

「そう? でも今のマティアって、私と同じくらいの筋力なんじゃないの?」

【その筋力で14年生きてきた経験で、持ち上げるものの重心を知らぬうちに気にしておるのよ。今のマティアにはそれが無い】

「ひゃあぁ、腕がプルプルするぅ」


 マティアの悲鳴を聞きながら、何も持たずに腕を上げたり下げたりしてみる。むー、フェスは骨も肉も何百と把握して使ってる。今まで私は腕は腕だと思ってたけど、今まで使ってなかったとこからちゃんと腕だと使わないといけないんだね。

 試しに肩から先を動かさないように、背中と胸だけで腕を持ち上げてみよう。


「うんむ、ぐ、うぎぎぎ」


 あ、ちょっと上がった。ちょびっとだけど。


「そろそろ夕ご飯にしない? 1日中、よくやるわね」

「えぇ? もうそんな時間?」

「先にお風呂にする?」

「どーしよ? うーん、ご飯が先で」


 1日、歩くと素振りを交互にしてて、でも休憩しながらセキとフェスの話を聞いてて。

 間に1回、メイドさんがホットドッグ持ってきてくれたんだよね。


「なんだろ、1日やってたって割りには身体は疲れてないから、そんなに時間が経ってるとは思わなかった」

【集中していたからの】

「でもそんなに精神しゅーちゅーって感じでも無いのに?」

【興味を持って没頭するのが集中よ。逆につまらないことをしているときは、時間の流れを長く感じるであろ? それにミルが思うより疲れているはずよ】

「うーん。身体はそんなに疲れて無いけど、頭と神経が疲れた気がする」

 

 この日は特に何事もなかったんだけど、その翌日。


「マティアー、いつまで寝てるの?」


 棺桶から出て来ないマティアに声をかける。


「助けて、ミルちゃん……」

「マティア? どしたの?」

「棺桶から出られない……」


 弱体ウィークネスをかけられた状態で頑張ったマティアが、なんと筋肉痛に。腕が上がらなくて棺桶のフタを持ち上げられないと。

 吸血鬼が腕が筋肉痛で上がらない。


「あははー、マティアー。人が筋肉痛で動けないときに、さんざんツンツンふにふにしてくれたよねー。お返しだっ!」

「ひゃああああ! やめてミルちゃん、ごめんなさいぃ!」

「マティアがっ! 泣いてもっ! 私はツンツンするのをやめないっ! 私がやめてって言っても、やめてくんなかったでしょっ!」

「あひいいい! 許してミルちゃん、もうしない、もうしないからあ」

「そーれ、ツンツン、ふにふに」

「だめええええ! そんなにされたらぁっ!」

「されたらどーなるの? うーりうりー」

「……目覚めちゃいそう、あん」

「やぶへび逆効果ー!」

【朝から賑やかだの】

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