第30話◇百層大冥宮に歴史あり、うーん
バラ園が見えるお茶の部屋。
今日はここに骸骨さんのアデプタスが来てる。私に話があるってことで。フェスがいてセキがいてマティアとアーティ。珍しく他のメイドのお姉さん達がいない。
アデプタスがコホンと咳払い。
「宝箱の
「私がここに来た、あの宝箱のこと?」
「はい、細かく調べてみたところ、何者かの介入がありました」
「ほへ?」
「何処の誰が手を入れたかは解りませんが、空間への介入の仕方から別の世界からの仕業と推測されるであります」
【対策は?】
フェスがテーブルの上にいるセキに。
「アデプタスに迷宮構造に手を入れてもらって、ポップする宝箱には
「通路のトラップの転移は移動先が指定されているからなのか、そちらには手を入れてはいないようであります」
「ミル以外には八十層以下に来た者はいないわ。転移の事故も無し」
えーと、ちょっと待って?
「他の世界って、魔界?」
「もしくは精霊界、神界でありますな」
「何がどうなってるの?」
「ミルさんは聖魔大戦をご存知でありますか?」
「120年前の光と闇の戦争でしょ? 勇者がこの迷宮にひとりで乗り込んで、魔王を倒して、そこから魔王の軍がチリヂリバラバラになって、光の加護の種族が勝ったって。勇者の物語はいろいろ伝わっているよ」
「概ね合っているであります。そして地上では光の加護が強くなり、我ら闇の者は地上では生きていけなくなりました」
「でも、たまに魔物が地上に出るよ?」
「頑張れば出れるでありますが、それはミルさんが海に潜れる、というのと似ており、海に潜れても海の中では暮らしてはいけないであります」
「それで、地上は光の女神を奉じる人達に暮らしやすくなったんだね」
「そうであります。またかつての大戦で光の加護を受ける種族の新たな力が、人、エルフ、ドワーフ、と言った者達を強くしたであります」
「新たな力?」
「光の女神を奉じる者へのサポートとして、人を強化するためのもの。レベル、スキル、スキルを取得するための
「え? それって、昔からあるんじゃないの? そういうものだと思ってたけど、え? できたの120年前なの?」
「確認された最古は180年前。光の女神がお気に入りの人間に与える能力、それをわずかずつ己の信徒に与えて、使いやすくシステムとしたものであります。そのためレベルアップは神殿でしかできないでありますよ」
「嘘? ほんとに? 昔から世界はそんなものだと思ってたけど、そうじゃ無かったの?」
フェスが扇子を回して、ふー、と溜め息。
「そういうものが有ったから、魔の軍勢が苦戦したのよ。レベルにステータスにスキル、そして勇者が居なければ魔王軍の楽勝よ」
「知らなかった。私が生まれた時からあって、みんな使ってるから大昔からそうなのかと思ってた」
「その歴史は浅いものよ。そのシステムを含む光の加護が地上を覆い尽くしてる限り、私達が暮らしていけるのはここみたいな地の底だけ」
【魔王シュトはそれに抗い、地上に我らの住む楽園を築こうとしたのが、聖魔大戦よ】
「光の女神がどうやって急に力を増したのかは解らないけれど、人間含めて光の軍勢を簡単にパワーアップさせてくれちゃって」
【だが、そのせいで地上の種族は弱くなったのだろうよ。昔は七十層までこれたのが、今では五十層が限界だ】
「そのおかげで、魔王様がいなくなったあとすぐに処刑されると思ってたのが、もう120年よ」
「え? 地上の人達が昔より弱くなったって、どういうこと?」
【手っ取り早く強化するためのシステムに慣れ過ぎたのであろ。探索者はどうやって強くなる?】
「それは魔物倒して、経験値溜めて、神殿でレベルアップ。スキルは熟練度溜めて、神殿でスキルレベルアップ。他には地味に訓練」
【最後の訓練以外は自分で自分を強く鍛える、というものでは無い。神の作ったシステムに強くしてもらう、というものだ。それに慣れるとシステムの限界は越えぬし、システムで計れぬ物を見失う。己の肉体を見知らぬ者に頼んで強くしてもらうというもの。これに慣れると本来の鍛え方を忘れてしまうのよ】
「カカ、鋪装された道を歩くのに慣れて、自分で道を作る方法を忘れてしまうのであります。それでは道の無いところを進めぬのであります」
「え、ちょっと待ってちょっと待って。それじゃ、昔の人達は今より強かったの?」
「今の人達が昔より強くなっていたら、とっくに誰かがこの百層大冥宮を攻略してるんじゃない?」
【かつては様々な剣術の流派があったものだが、スキルに剣技というものができてからは、流派も消え、多くの技が失伝したものよ】
「ただ簡単便利でいまいちなものなんて、達人には邪魔なのだけどね。ひとりの達人より百のそこそこ、それが光の女神の好みなのでしょ」
【どうかの。あれは人間が好き過ぎて、優しいと甘やかすの区別がついておらぬだけであろ】
なんだか知らないことばかりでゴチャゴチャしてきたぞ? つまり、どうなんだ? 光の女神が人を強くして、聖魔大戦で勝たせた。だけどその強くする方法が、今の人を弱くしている、ってこと?
アデプタスの骸骨の口が開いて、
「ミルさん、ステータスの種類は憶えているでありますか?」
「うん、筋力、体力、精神力、魔力、敏捷、器用さ、信仰心、の七つ」
「それがあって当たり前というところでは、疑うのも難しいですが、では、信仰心とは?」
「光の女神への信仰心。これが低いとクレリック、ビショップ、ロードになれないっていう」
「神にとっては人の信仰心は大事なようで、強く崇める者のための、サービスなのでありますよ。今でこそ光の女神ティセルナの一強ですが、もともと光の女神ティセルナは人間族の守護神。今ではエルフの守護神とドワーフの守護神は女神ティセルナの従属神となっているであります。エルフとドワーフが種族として信仰心が低く、また、レベルアップに必要な経験値も人より多く必要なのは、人間族の守護神、女神ティセルナの依怙贔屓でありますよ」
「マジですか?」
「マジであります」
知らんかったー、知らんとこでひいきにされてたー。なんだか、申し訳無い気がしてきたよ。
【ここには光の女神の加護も届かん。ミルがしている修練は過去の鍛え方よ】
「刀術ならでは、じゃ無かったの?」
【刀術だけでも、いくつか流派があり、素振りに
「じゃ、昔はいろんな刀術があったんだ、ほへー」
【して、アデプタスよ、介入してきたは何者よ?】
「まず魔界は無いでしょう。あれは過去に敗北した種族の避難所であり、今のところ他所に手を出さずに隠れているようであります。可能性としては精霊界も低いかと。昔から他界にはあまり介入しておりません。ありそうなのは神界であります」
「地上にはなんのかんのと手を出している方々ですものね。でも、なんで今更?」
「聖魔大戦では神界一丸となっても、敵のいなくなった現在、強くなりすぎた女神ティセルナの支配に反抗する勢力でも出てきたかと。もしくは信仰心を高める為に我ら魔王軍の残党にちょっかいかけて、地上にピンチを演出したかった、というのも考えられるであります」
「え? なにそれ? 女神が地上を混乱させるっていうの?」
「神に祈る者が増えるのは、乱世であります。平和が続けば神にすがる者も減ることでしょう。信仰心を糧、または力とする神にとっては重要では無いかと。ですが、ここから神界のことを知ることはできず、これらは自分の仮説であります」
【その仮説の根拠は?】
「昔に比べて地上の光の加護が弱まってきております。原因は解らないであります。これが女神ティセルナの力が弱まったか、他の神の工作か、と考えてみたであります」
「あら? ではこのまま光の加護が消えたら、我らは地上に行けると?」
「簡単には消えぬでしょうが、かつてよりは長く活動できるのでは無いかと」
【ふむ、もしも光の加護が消え失せたなら地上の民の弱体化はかなりのものであろうの。それに頼りきっておるのだから】
「あの! すいませーん! その話、私が聞いてもいいの? それだと、私がどこかから送り込まれた奴みたいに聞こえるけれど?」
「ミルさんは完全に白であります。自分が調べたであります」
「え? いったい、いつ?」
「ふふふ、この前ミルの服を作るって採寸したじゃない?」
「うん。新しいの作ってくれるって。張り切ってるお姉さん達に、裸に剥かれてあちこち測られた」
「自分はあのとき、クローゼットに隠れてミルさんの裸を見ながら、魔法で解析してたであります!」
「この覗き魔ー! ほんっとにここの男って、デリカシーというものが無いの? 私ー、これでも女の子ー!」
「カカカ、それにミルさんは我らを挑発してその気にさせるほど、強くはありません。それでもセキ様の主とならず、モーロックに潰されたならば、我らは、ついにここに人間が来た、と警戒していたであります。中には早とちりして、地上に自滅突撃するものも、現れたやもしれず」
「ミルはお茶のときに今の地上ことを知ってるだけ教えてくれるのだもの。スパイとも思えない。それに、セキがミルの身体を使ったこともあるでしょう?」
「うん、それが無いとモーロックにプチッとされてたよ」
「それで、どうなの? セキ?」
【ミルが何者かに操られているのなら、そこで我が気づく。ミルは何者かの操り人形でも無い】
「そういうのも解っちゃうんだ。でも、私、疑われてた?」
「最初はね。でもすぐに疑うのがバカらしくなってきちゃった。それに、神界も地上も好きにしてればいいのよ。私達は戦って負けた。もう地上がどうなっても、別にどうでもいいのよ」
うーん、百層大冥宮に歴史あり。
でも、地上で光の加護が無くなったら、いったいどうなっちゃうんだろう?
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