第31話◇居合と抜刀術、見えた!
【居合の居とは座るの意で、座って行う。立ってするのは立合。かつてはこの居合だけでもいくつかの流派があったものだが、抜刀の練習として居合の
セキに見せてもらったのは抜刀術。刀が鞘に入ってるのに臨戦体勢ってなんなの? 刀を抜いたのが見えたら、目の前の腕くらいの太さの丸太が真っ二つに斬れてるし。
【刀が鞘に納まっているところから、既に勝負は決まっている。などと言われるが、何時いかなる時でも即、戦えるようにするには抜刀術は有効。居合の
「鞘から出たらもう斬れてるって、速いね。不意打ち対策なの?」
【抜刀術はそのためだ。しかし、居合の
で、居合の
左の足だけで正座する。右足は前に出して膝を立てて、足先は右の踵を床につけて足の裏を前に見せるように。
「座ってるだけでふらつくよ?」
【足を使わぬようにして動くための座構えよ。他にも足に制限をかける座り方がある。左の足の裏を右の足の踵で踏み、その状態から立ち上がりながら抜き付ける練習法もある。これは迂闊に真似をすると足を壊すので、まだ先だ】
「それでどうやったら立てるのかが解んない。自分の足の裏を踏み潰してるんでしょ?」
剣帯に納めたセキの鞘に左手をかける。右手は膝に。鞘に納めたままのセキ、その鍔を鳩尾の前に、左手の親指で鍔を押して、鞘口を切る。鞘の口から少しだけ、刃が覗く。
【左手は鞘を持ち、鍔に親指をかけたまま、両手を前の地面に伸ばす。柄尻を床に着けて、右手を柄にかける。体の捌きの鞘引きで刀を抜く。柄尻が地に着いているから、そこから前に刀を抜けないのが解るであろ】
「これシビア過ぎない? だってここから刀を動かしちゃダメってことでしょ? 柄尻を地面に当てて、刀を動かさずに刀を抜けって」
刀の柄の先を地面につけて、刀を動かさないようにして、鞘から抜くの?
【だからこそ修練となる。ここから左の腰の引きで鞘を引くのだが、前後振りのように腰を割る。左の膝を開く。左の足の爪先が真後ろを向くまで】
「ほおおおお、なんだコリャ。鞘を引いて、まだ、抜けないよ? あと少しが足りない」
M字に脚を開いて右足側、前方に上体を倒した姿勢でプルプルしてる。腰の左側も後ろに開いてそこまで鞘は引けたけど、ちょっと足りないから切っ先が出てこない。
【左の肩を開いて落とし、左の脇腹も開いて落とす。左手は斬り手に返したまま鞘を持ち、左の肩甲骨も落とせ】
「おおっ! 抜けたー。でも倒れそう」
【上体を起こすことで右手が上がる。手で刀を上げないこと。右手は丸く円を描くように下ろし、左手は鞘を持ったまま、真っ直ぐに前に。上体をは正面に。両手を伸ばして軽く開いた状態に。刀の刃は右を向く】
「これ、何で左手を出すの?」
【右手だけ伸ばして落とすと右に倒れるであろ。鞘を持ったまま左手を出す、この動きで上体を正面に向けて、腰を閉じる。下半身は素振りと同じ形に。このときに胸を使って腕を開く】
「両手で何か押すみたいな形になるね」
【鞘を腰に納め、両手で正面にひとつ振る】
「これは、素振りと同じ?」
【そうだ。ここから納刀。両手で右腰に刀を引き付ける。刃は右を向き水平に。左手で鞘を持ち鞘を前に出しながら左足を進め、両足を揃える。左の腕に刀を乗せるように】
「足は素振りの両足を揃えるところとおんなじだ」
【そう。そこから左足を下げ膝を地に着ける。左手は鞘を持ったまま、人指し指、中指を伸ばす。両手を合わせるように腹の前で伸ばした指の上に刀の鍔元の腹を置く。指を切らぬようにの。左の踵の上に尻を付けながら、右足を横に、右に流す。親指と中指で刀を背から挟むようにして、指の上を滑らせていけば、鞘口に切っ先が入る】
「これを、前を見たまま、手元を見ないでやるんだよね」
【正面に敵がいると想定し、隙を見せぬようにの。だが、慣れるまでは目で見てした方が良い。切っ先が鞘に入ったら右手は横に流した右膝の前で動かさない。そこに鞘の方から迎えにいく。抜刀、納刀で左手の親指を切らぬようにの。両手で軽く下の半円を描きながら右足を前に、腰を浮かせて正面に体を構える。再び尻を左の足に乗せて、座構えに戻る】
「ぬー、同時に動かすとこばっかりで、手順が憶えにくい」
【どれだけ複雑でもひとつずつであれば、憶えやすいがの。居合に限らず
「ひとつずつ順番のつく動きは、相手にも解りやすくて見切られやすい、でしょ。組太刀と同じだね」
アーティ、マティア、と三人並んで居合の練習。左足が痛くなってきたら、立って抜刀と納刀の練習。抜き様に横切り、切り上げ、切り下ろし。いろいろあるなー。
「これって、相手の武器が鞘に入ってても油断するなってことでもあるよね」
【そうだ。だが、武器を振るうのも身体。相手の体を見ておれば解ることよ。それは暗器でも同じこと】
「ね、セキ。セキがやってたあの刀をクルッて回すのやってみたい」
【あれは技では無いのだが、やってみたいなら木刀でやってみよ】
「ハーイ。確かこう、右手で持って、人指し指と中指で挟んで」
【ナイフ等を片手で、順手から逆手に変えるやり方よ。そのまま切っ先を人指し指側から小指側に】
「勢いつけて、クルッて、あいたー! 脛に、脛に木刀がー!」
【刀の軌道から身体を避けておかねばそうなる。身体の側面で縦に、又は頭の上で横に回すとよい】
膝を抱えてゴロリゴロリ。痛いいたーい。これ、セキでやってたら足が無くなってたかも。うわー、見てたアーティが呆れてる。
「セキ様、今の刀の使いにはなんの意味が?」
【順手から逆手に持ちかえるだけよ。あとは血振り、刃についた汚れを振って落としておるのよ】
「でもカッコいいんだよ。クルッキラッて。そのまま刀の腹を左の肩にパンって。アーティも見たら真似したくなるって」
「今、見たばかりで、脛が痛そうだとしか思えないのだが」
「これは失敗。成功したらカッコいいの。ね、セキ、見せてよ」
【あれはわざわざ練習するものでも無いのだが】
「ししょー、見せてー」
【仕方無いの】
休憩して水を飲みながら、マティアの刀を見る。練習用に作ったっていう刃の無い刀。鞘は黒い。
「セキ以外の刀ってこんなの? あんまり綺麗じゃ無いなー」
「ミルちゃん。魅刀赤姫よりも綺麗な刀なんて無いわよ。それを作れって言われたらダークドワーフの鍛冶屋が閉店して引きこもりになっちゃう」
「ダークエルフは聞いたことあるけど、ダークドワーフは初めて聞いた」
「百層大冥宮の地下八十一層から下は、地上で生きられなくなった種族がいっぱいいるからね」
【古い種族の中にはミルが知らないものも多かろうよ】
百層大冥宮も防衛として作られているのは実は八十層まで。その下は地上で暮らせない人達の避難所のようになってるんだって。見に行ってはみたいけど、私が行ったら揉め事になりそう。フェスに頼んで、修練用の武器を鍛冶の得意なダークドワーフに作って貰った。
「この練習用の刀以外も作ってるんだよね」
【小太刀、十手、槍、薙刀、棒手裏剣、杖、この辺りを作らせておるところよ】
「刀以外の武器も使うんだ」
【刀を主に使うが、いざ戦闘というときに刀が無ければ戦えないというのも、情けないであろ。素手の柔術含めて全て納めて刀術よの】
「うわー、まだまだ憶えることいっぱいだ」
【そうだの。その前に抜刀ができるようになったら、少し競ってみよ】
「ん?」
腰に刀を差す。これはセキじゃ無くて訓練用の刃の無い黒鞘の刀。正面には同じ刀を抜いて上段に振りかぶったマティア。
【二人とももう少し離れよ。振った刀が当たらないところにまで】
「これって何を競うの?」
【どちらが先に相手を斬るかを競う。抜刀の練習、というより遊びよの】
「いちにのさん、で、どっちが速いかってこと?」
【そんな合図などいらぬよ。抜刀する側は相手が斬ろうとしたところを抜き様に斬る。上段に構えた側は、気配を読まれぬように振り下ろす。やってみよ】
「うん」
左手で鞘を少し出す。鍔に親指をかけて押して刃を鞘からちょっと出す。柄尻をマティアに向けて、右足を半歩前。右手を力を抜いて右足の前に垂らす。んで、じーっとマティアを見る。
マティアが斬ろうとしたら、抜き様に横に斬る。マティアが斬ろうとしたら――
「! そこっ!」
「きゃ」
「あ、解る。斬ろうとしたとこが解る」
「え? なんで?」
「なんでって、刀を振り下ろそうとして、肩が上がって胸が前にちょっと出た。アーティもやってみる?」
「うむ、ではマティア、交代しよう」
次はアーティが上段に振りかぶって。
「はい、そこ! アーティはマティアより解りやすい!」
「な、なに? なんだと? こちらはまだ動いて無いぞ?」
「え? 動いたよ。今、斬ろうとしたよね?」
「き、斬ろうとはしたが、何故、解る?」
横で見てたマティアが。
「今のは私も解りましたよ。刃先が後ろにピクッて動いて、顎が上がりましたよ」
「そんなバカな?」
【くくく、上段に構えた側は振り下ろす前動作を消していかねば、見切られるのよ。刀を振り下ろす前の準備運動。斬ろうとして振りかぶる。肩が先に動く。胸が前に出る。これらを相手に教えないように身体を使わねばならぬ。動くための動きは消していかねば、相手に、今から行きます、と身体で教えてしまうのよ】
「次はアーティが抜刀ね。私が振り下ろす方」
「かかってこいっ!」
「ふ、っと、相討ち? かな?」
「ぬ、ぬぬ。ミルにできて私にできぬとは」
【ミルはなかなか抜けてきたの。アーティはミルの手先を見るで無い。腕の起点。鎖骨と鎖骨の間を見るようにせよ】
「セキ様、これは鎧を着て動きを見せない方が有利では?」
【そんなことで有利になれば、戦場では長袖長ズボンだらけで肌を見せぬようになるのかの? 少し厚着をしたくらいで、相手の身体の動きが解らぬとでも? アーティ、思い返してみよ】
「確かに、鎧は着ていてもその動作が見えなくなる訳ではありませんね。それで隠すでは無くて、消すと言うのですか」
「ミルちゃん、次は私」
「行くよ、……、て、速っ! マティアが速い!?」
「解ってきた。うふふ」
「マティア、もう一回! さっきより消して、消して……、うわ! さくっと斬られたー!」
「フェイントかけてもダメですよー。私はミルちゃんの身体のことなら、誰よりも良く見てますから」
「マティア、次は私だ。集中、鎖骨の間に集中……」
「では、……あ!」
「見えた! 集中してよく見れば、私にも見えるぞ!」
【熟練すれば、相手が振り下ろすところでは無く、振り下ろそうと思ったところを斬れるようになる。上段に構える側は、心の動きが身体に現れぬように気をつけねばならぬ】
「これ、楽しいね。なんだか遊んでるみたいだけど」
【互いに隠したものを見つけるようなもので、そうだの、かくれんぼのようなものよ】
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