第29話◇柔らかく受け止める、ばぶー!
「おはよー、マティア」
「おはよー、ミルちゃん」
「身体の調子はどう」
「悪くないよ。もう、動けまーす」
マティアが元気になりました。
でも、吸能とかいうので今のマティアは吸血鬼として、九十九層のエルダーヴァンパイアとしての力はかなり落ちてしまったって。筋力、体力、今では私よりちょっと上というぐらい。
「それを狙ってやったんだろね、ケルたんは」
【マティアも災難よの】
力が無くなったことのショックで、マティアは泣いてしまった。ここって強いのが偉いって感じのとこだから、そこで弱くされてそれがずっとそのまま、というのは死活問題かも。
私がマティアに恨まれるかもって心配してたけど。
「悪いのはあの
「マティア……」
「私、もっとちゃんと刀術修練する。それで、強くなって、できたら自分で白旗を折ってくるわ。だからミルちゃん、一緒に頑張ろう」
「うん、マティア、ぎゅー」
「ミルちゃんも、ぎゅー」
ふたりで抱き合って、そのままなんでかふたりで泣いてしまった。ワンワン泣いてしまった。
【ここまで吸血鬼と仲良くなった人間はなかなかおらぬものよ】
「そうなの? 吸血鬼から見たらご飯かおやつだから?」
【他にはペット、良くても下僕というところであろ】
「私も最初は女王のお客と聞いてたけれど、最初はミルちゃんのこと、預かったペットのお世話するみたいな気分でしたよ。それがなんだか妹みたいに思えてきて」
「じゃあマティアお姉ちゃんだ」
「ミルちゃん……」
ぎゅー、
【これまでミルには身体のことを重点的に教えていたが、これと合わせて
「ししょー、
【刀の扱い方を学ぶものだ。居合はひとりで行うが、形は基本的には一対一で二人で行う。これにはアーティにもやってもらおう】
「私もですか? それでこの服が用意されたと」
今回、私とマティアとアーティが着てるのは、前襟合わせの白い半袖服。腰のところで長いベルトをグルグル巻いて押さえてて、ボタンは無い。下は膝下までのズボン。
アーティもいつもの全身鎧から着替えている。スケルトンの女の子が半袖にズボン穿いてる。
【
「うん、いいよ」
【我がミルの身体でマティアとアーティに手順を教える。ミルもよく見て憶えるように。今のミルであれば、我の感覚も少しは解ろう】
セキが私の中にすうっと入ってくる。私も同じ身体の中にいるけれど、なんだか自分の身体に乗っかっているような。これってゴーストが取り憑いてるみたいなものなのかな? 私が私の身体に取り憑いているような、変な感じ。
私の口が私の声で、セキの言葉を話す。
「では、マティア。構えよ」
「ハイ」
打ち合いがあるからお互いに木刀で。セキ、魅刀赤姫と打ち合える剣なんて無いってことで木の刀に。それでセキの動き方を見て形を憶える。
それで、セキが始めて私の身体を使って動いたとき、身体の中がグニャニュルンってなって気持ち悪かったものがなにか、解っちゃった。
例えば刀を前に振りだすとき、左の腰に左の脇腹がヒュンと後ろに引いたりする。それも手で触れる表面じゃ無くて、背骨に近い身体の中の方が先に動く感じ。そんなとこから動くんだ。
「相手から見て、見ることが難しい骨に近いところから動く。これで動きの前動作を消して気配を隠す。相手に動き出しを気取られぬように動くのよ」
そうやって身体の中をグニャらせて、それに手と足がついてくるって感じ。だから手を振り回してる気はしない。足もフワフワしてた。これは地面を蹴らないように歩いてたからだって。
「地面を蹴るよりも、体を進行方向に落として進む方が、相手にはこちらの動きが読みにくくなる。動き出しも速い」
なんて言えばいいのか、歩き出しに自分で自分に膝カックンするみたいなんだよね。で、身体を移動させるお手伝いに、足がチョンチョンチョンと、地面を触るみたいに。地面を踏んでる気がしない。
そう、その自分に膝カックン。見ていたアーティが首を傾げて、
「この動きで本当に斬れるのですか?」
「試してみるかよ?」
で、セキが私の身体で木の刀を構える。真っ直ぐに少し高めに、右足前にして右手ひとつで。アーティが両手でその木刀を掴んで動かないようにする。
「いくぞ」
「のおおおお!?」
木刀を掴んだまま仰向けに地面にべしゃりと潰れるアーティ。わお。
「なんでこんなに重いんだ?」
「アーティ、見かけに惑わされるなよ、くくく」
セキがやったの同じ身体にいるから、少しだけ解ったんだけど。何してるのかっていうと、木刀を持ってる手は脇を締めてほとんど動かして無い。
前の右足、そこに自分で膝カックン。そして脇腹、右の肋骨にも自分で膝カックンするみたいに。肋骨が縦にクシャッって畳まれるような気分。木刀を持ってる側の右半身を抜いて落とすように。その時点で足で身体を支えて無いから、そのままだとしゃがむだけ、なんだけど。そこで落ちる体重だけが瞬間移動したみたいに、木刀の上に乗ったんだよね。なんだこれ?
木刀とセキの片手の腕力を押さえてるつもりのアーティにとっては、いきなり刀の上に私の身体が乗ったようなもの。しかも、それはアーティには見えない。そりゃ潰れるか。
そういうものを挟みつつ、形の手順を憶えていく。刀の
セキに身体を返して貰って、私も手順をなぞってやっていく。うん、刀を振って斬り合いしてるって感じになってきた。
ただ、アーティにとっては疑問が多いみたい。首を傾げたりしてる。
【どうした、アーティ】
「いえ、その」
【疑問があれば言ってみよ】
「ハイ、その、実戦ではこのように手順通りに動くものでは無いので、この修練の実用性というのが、少々、その」
【形は実戦では無いので、そこは混同せぬように。手順に沿って動くだけでは、踊りのようではあるが、手順をなぞるのでは無く、手順と成るもの、それが形よ】
「アーティって、実戦叩き上げって人なの? ししょー、もう少し解り安くヒントを下さい」
【例えば三本目、手順としては受が腕を斬りにいく。取は足を入れ替え正眼で腕を斬りに来た刀を制する】
マティアと二人でセキの言ったところをやってみる。こうだよね?
【アーティの言う実戦であれば、腕を斬りにいくとは限らない。頭、胴、足、首、いくらでも狙うところはある。そういうことであろ?】
「仰る通りです。実戦となれば手順の通りにはなりません」
【では何故、受は腕を斬りに来るか? 取はそのように受を誘導せねばならん。隙を見せぬようにし、相手から見て腕だけが隙があり、斬りに行きたくなるように、誘うのよ】
「はぁ?」
【体勢に歩み、機の合わせ、それで相手に腕を斬らせる。更にはここで腕を斬りに行かねば我が身が危うい、とまで相手に感じさせたならばなお良し。手順が頭に入り、形の示すように動けるようになったら、試してみよ。そのときは我がミルの身体で見本を見せても良い。だが、まずは六本の組太刀を憶えるのよ】
「なにか惑わされてる気がしますが、セキ様の仰る通りに」
【くくく、アーティにはこれまでの経験と自負があるゆえ、胡散臭く見えるのかの? 先ずは手順を憶える。次に手順を作る。その後、手順と成るのよ】
「セキ、そういう言い方するとこっちがわけワカンナクなっちゃうよ」
【マティア、相手の刀を受けるときはもっと柔らかく】
「ハイ、セキ様。柔らかく、ですか?」
【攻撃を受け止めるときに、柔な剣では曲がるか折れるかするぞ。ミルも、全身で受け止めるように柔らかく】
「ガッキーン!ってなったらダメってこと?」
【受けるは相手の体を崩すが目的よ。ふむ、少しやってみせるか】
またもやセキに私の身体を使ってもらう。セキがマティアの身体に入って私に教える、とかできないみたい。私だけ、これって私がセキの主だからだよね。
【ここまで簡単に己が身を空け渡す者などおらんものだが】
最初っからスンナリいってたよね。あのときは腰が抜けてて、抵抗も何も無かったけど。
「ではマティア、打ち込んでみよ」
「いきます、ハッ!」
セキは右手で柄を、左手の親指と人指し指の間で切っ先に近い峰を支える。両手で持った木刀の腹で刀を受ける体勢。マティアの木刀が当たる瞬間に膝を柔らかくして受け止めて。受け止め、て? 体勢は受け止めているけれど、手にはマティアの刀の手応えが無い。見るとマティアの身体が前に泳いでいる。
「あら?」
セキが左にスッと半歩ずれると、マティアは前にペシャッと転ぶ。
「相手がそこで受け止めると思うから、その手応えが感じられないと上体が前に泳ぐ。相手の求める当たりの手応えを消して、与えてはやらない。相手が手応えを求めて追いかけると、今のマティアのようになる」
「だって、そこにあるはずのものが、無かったもの。いつもなら、そこにあるはずのものなのにー!?」
それだけでペシャッってなるの?
【相手の刀を受け止めるときは、そうさの。二階から落ちてくる赤子を、怪我をさせないように、優しく抱き止めるように】
「それって、相手が振り回してる武器を落ちてくる赤ちゃんだって、イメージしろってこと?」
【その通り。乱暴にしては怪我をして泣いてしまうぞ】
「解りました。修練しましょう。ミルちゃん」
「やろう、マティア」
「いきます! バブー!」
「おぎゃー! よーしよしよし!」
「……その掛け声は、どうかと」
【アーティもやってみよ】
「わ、私もですか? え? えっと、あの、その、えぇと……、えぇい! ばぶー」
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