第28話◇ケルたんの思惑、あのピエロはー


「マティア! 身体は? どう?」

「ミルちゃん! 無事? あ、フラッグ!」


 マティアが立とうとして、膝が崩れる。それを支えてメイド服のスカートを掴んで上げてマティアの足を見る。もう石じゃ無い。もとに戻ってる。


【マティア、一度、石になってから解呪されたばかりだ。無理をするでない】

「セキ様、そんな、私が石に、」


 赤と緑のシマシマ服のピエロは離れて見てる。笑顔の仮面で顔を隠して、だらしなくしゃがんで。


「ケルたん! ちゃんともとに戻したの?」

「見ての通り石からもとに戻ってるでしょ。身体が痺れてるだけで暫時休めばなんとかなるなる。ほらね、約束だけは守るんだよ僕ってば」

「ケルたんってムカつくけど、なんだか本気で怒ったらこっちが負けって気がするのはどうして?」

「あらまぁ。ミルちんには本気で怒られて罵られてみたいな。もっと蔑んだ瞳で遠慮なく、はい、どうぞ」

「ケルたんは、何がしたいの?」


「道化のすることなんて茶化しと悪戯と悪ふざけじゃない? 皆に刺激をお配りするのがこの道化の務めでござい」

【悪ふざけは過ぎるが、嫌われながら言いにくいことを口にするのが己の役目という、変わり者の悪魔よ】

「なんでセキ様は僕をちゃんと罵ってくれないかな? ミルちんに誤解されちゃう」

【我は道化の悪ふざけは好まぬが、戯れ言は嫌いでは無いのよ】

「やだやだ。セキ様だけだよここで僕の嫌がること言うのは。身体が刀だからスカートめくりもできやしない」


 ピョイとジャンプしてピエロが立つ。


「ミルちんが意外とものになりそうなんで、それが解ったから僕、帰るね」

「結局、ワザワザ嫌みを言いに来ただけ?」

「120年と待ったものがついに来たかと見に来ただけでござい。ただ、それがちょっと予想してたものと違ったってことで、さてさて、我等はいつまでこの牢獄にいるのやら」

「牢獄? なにそれ?」

「さあ? なんだろうね? 牢獄じゃ無くてゴミ箱かもね? ミルちんがその辺解ったら僕にも教えてね。僕もそれが解らないと安心して魔界に帰れやしない。それでは今日はこの辺で。そろそろお迎えが来そうだし」


 両手をプラプラ振っておかしなことを言うピエロ。牢獄? ゴミ箱? ここが? この百層大冥宮が?

 第2武術館の扉がバーンと開いて、吸血鬼メイドのお姉さん達がザザザとやって来てピエロを取り囲む。


「用事が終わりましたので、帰りまーす。だからそんなに殺気立つのはやめてよ。大人しく帰るからさ。石化以外に何の芸も披露できなくてゴメンよミルちん。そのうち僕のサーカス見に来てね。そうそう、お土産は後のお楽しみで」

「お土産? ヤな予感しかない」

「だから後のお楽しみ。カチンと来たら僕を罵りに来てねー。ムカついたら僕を殺しに来てねー」


 臨戦体勢のメイドさんに囲まれたまま、ピエロはこちらに振り返る。そっと仮面をずらして、笑顔のまま、その目が私を見て。


「そのときはちゃんとお相手する。これは僕とミルちんの約束だよ」


 言った時だけ、目が鋭い。


「僕をイジメに来てね」

「ケルたん。約束は相手が納得してふたりでするもんだよ。ケルたんのは自分で決めたことを自分で守ってるだけだよね? なんか企んでるのは解ったけど、フェスに怒られるんじゃない?」


 ピエロは笑顔の仮面をかぶり直して。


「ミルちんてばズンズン来るね。ホントに苦手だわ、こーいう子」

【また来い、道化】

「セキ様のいけず」


 メイドさんにがっしり囲まれたまま、第2武術館を出ていく赤と緑のシマシマピエロ。腹は立つけど、妙な感じ。かまって欲しい悪戯っ子みたい。ただ、限度を知らないのかな。あれが悪魔か、初めて見た。


「マティア、身体の方は?」

「……足に力が入らない」

「石化って、解呪しても後遺症とかあるの?」

「石になったの初めてでワカンナイ」


 メイドさん達に頼んでマティアを運んでもらう。このあとは皆バタバタしてた。フェスを呼びに行ったり、マティアを見てもらうためにアデプタスを呼びに行ったり。メイドさんが魔法でマティアの回復したり。

 私はできることが無くてマティアの手を握っていた。


【ミル、今日はもう休め】

「うん、でもマティアの近くにいる」

「ミルちゃん、ありがと」


 その後、フェスとアデプタスが来て、マティアの身体を調べた。

 フェスが扇子で顔を隠してる。片眼しか見えない。手が少し震えている。


「あンの毒々縞々……、最近は大人しくしてると思ってたら……」


 おぅ、女王様が怖いです。うわー、あの優しいフェスが怒ってる? 確かにあの赤と緑のシマシマは毒のある感じではあるけど、ケルたん何をやったの? フェスがこんな怒るとこ見たこと無い。フェス、ちょっと落ち着いて、ね?

 マティアはベッドで寝てる。なんだか何時もより顔が白い。


「ねぇ、アデプタス、マティアの具合は?」

「落ち着いているであります。ただ、呪いの完全除去は、難しいであります。可能な限り処置はしたでありますが……」

「呪いの完全除去って、まだマティアの身体に石化の呪いが?」

【道化の置き土産よ、道化の白旗は呪いを固めて作ったようなもの。ろくでもない得物よの】


 アデプタスが骸骨の顔で俯いて。


「自分もケールカルキルクルコルロルスの白旗を全て解析できた訳ではありませんが、解っているだけで、毒、麻痺、石化、弱体、催眠、睡眠、誘惑、呪病、吸生、落命、吸能、と、これだけあるであります」

「なにその状態異常のパレードは? 最悪の悪魔なんてお話に残るだけはあるよ、ケルたんは。それでマティアは?」

「これは吸能であります。筋力、体力、精神力が奪われた状態で、弱体であれば時間とともに回復するであります。これが吸能は効果が永続。症状を和らげることはできましたが、解呪は難しく」

【道化の呪いはひねくれておるからの。道化の白旗を折るまでマティアはこのままかよ】


 フェスが扇子を閉じる。


「そう、じゃ、ちょっとあの毒虫捻ってくるわ」

【フェス、止めよ。道化の手に乗るでない】

「私があの毒虫に遅れをとるとでも?」

【フェスにモーロックであれば道化には勝てる。しかし、道化が逃げに徹すれば捉えるのは難しい。それに一度、白旗を折ったところで、あやつは目的の為にはまた白旗を作るであろ】


 ピエロの目的? それって、


「ねぇセキ。ピエロの目的って何? あの去り際に言ってた約束っていうのだったら、私にケルたんをイジメに来いってこと?」

【そうなる】


「あ、それって、マティアを人質にして、私がセキの主に相応しくなるように早く強くなれってこと? ケルたんてセキのこと好きみたいだし。さっさと強くなってピエロを倒しに来いって? それはそれで無茶だよ」

【そのためにマティアに吸能をかけたのであろ。今のマティアは常に弱体がかけられているようなもの。あの道化はミルに都合の良い練習相手を用意したつもりであろ】

「それが、『僕もひとつお手伝いさせていただきます』っていうのの正体? うわ、加減を知らない、かまってちゃんかい、ケルたんは」


 そのためにマティアが呪いをかけられた。これって、私のせい? 私がここに来てしまったから?


 ケルたんの言ってた、牢獄、ゴミ箱。百層大冥宮の最下層。そこに転移罠テレポーターで迷い込んだ人間。

 120年振りにやってきた、光の加護の側の人間、私。ここじゃ地下で深すぎて女神の加護も届かないけど。ビショップの職能の解析も無いし、ずっと神殿に行けて無いから、私のレベルもステータスも、どうなっているか解らないし。そしてケルたんはなんか期待してたみたいだけど、ここに来る何かを待ってたみたいだけど。

 私にいったい何ができるってーの。

 百層大冥宮、かつての魔王の迷宮。私にはお宝の湧く探索者稼ぎの仕事場だったのだけど。もちろん上層の浅いとこの話で、この下層のことじゃ無いけど。 


「ねぇ、フェス、聞いてもいい? まだ、怒ってる?」

「ミルには怒ってないわ。油断してた己に怒ってるもの。後で毒虫のサーカスのテントでも燃やしてくるわ。それで、何かしら?」

「フェスは百層大冥宮って、何だと思うの? 自分の家のことどう思うって聞くのも変だけどさ、その、ケルたんは牢獄って言ってたし」


 フェスは扇子を開いて口許を隠して、私の持ってるセキをチラっと見る。


【それはミルには話していない。気に病むかと思うての】

「セキ、私に隠し事?」

【……これも聞こえてしまうか? 今のは対象を絞った思念話なのだが。ミルの側では内緒話ができんの】

「フェスが私に聞かれないように、こっそりセキに思念話で話しかけて、その返事が聞こえちゃった? それなら、いいよ。セキの考えで私に聞かせたくないなら。ちょっとモヤモヤするけど、セキのこと信じる」


 フェスがちょっと驚いて私を見てる。


「セキの修練のせい? ミルの鋭さが増してる気がするのだけど?」

【刀術は身の本質を理解し、我が物とするものであるのよ】


 そうだよね、身体のことちゃんと知って、それを使おうって修練だし。でも、あれ?


「私、鋭いの? おばかとは言われてる気がするけど?」

【そのふたつは両立できるものであろ。己の身に鋭敏となれば、目にするもの、同じ骨と肉でできた他者にも鋭敏となるのよ】

「ということは、私にもちゃんと修練の成果が出てる?」


 おー、こういうとこで修練の成果が。フェスが扇子を閉じて、私を見る。


「あの毒虫が何を言ったかなんて、気にすることは無いわ。この身にはここが我が城、我が家。聖魔大戦で負けて地上には住めなくなったけれど、ここで優雅に暮らしてるわ」

「そうだよね。フェスもメイドのお姉さん達も楽しそうだしね」

「笑顔が増えたのはミルのおかげよ」


 骸骨のアデプタスが、ふうむ、と。


「しかし、ここを牢獄のように感じている者がいることも事実であります。我等は敗残の者であり、やがては光の加護の民が我等を処刑しにくると、死刑を待つ囚人のように暮らす者もいるであります」

「120年も、ずっと?」

「探索者と名乗る者もかつては七十層まで来ていたでありますが、いまだにここに来る者は無く、かと言って地上に出て暮らせるところも無く、いつまで此処に閉じ込められているのか、と嘆く者もいるであります」


 そうなっちゃうんだ。なんだか可哀想。


「開きなおって楽しく暮らすか、自滅覚悟で地上に特攻でもしたらいいのにね」


 フェスが扇子をクルクル回す。


【これは此処に住む者の問題よ、ミルが気にすることでは無いわ。今、ミルが気にするのは友と呼んだマティアのことだけにしておくのよ】


 なんだかモヤっとする。ベッドに座ってマティアの髪を撫でる。珍しく棺桶じゃ無くてベッドで眠るマティア。ゴメンね、私のせいで。


「少し休めば目を覚ますであります。後で棺桶に運ぶであります」

「あの毒虫がこの城で私の娘に手を出した落とし前は、どうつけてやろうかしら」


 ピエロのあの白旗を折れば呪いは解ける。


「ケルたんもおかしな因縁つけてくれちゃって」


 イラッとする奴だけど、思い返せばケルたんが私に言ったことはそのとおりだ。このままだといつ地上に行けるのか、行けても何年後になるのか。でも、フェスが私をここにいさせてくれるから、今も生きていられるわけで。セキと会わなければ、あの宝物庫で飢え死にするか、モーロックにプチッとされてたんだろし。

 生きているならやれることをやるだけ。

 ピエロをボコにするって、目標もできたし。

 


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