第23話◇優しい受け身の練習
【今回は受け身といこう】
「おねがいしまーす。受け身は訓練場でちょっとやったけど」
【ではミル。受け身とは?】
「えーと、投げられたときとか、ぶっ飛ばされたとき、倒れないように踏ん張って足の筋を痛めたりしないように。慌てて地面に手をついて脱臼とか骨折とかしないように。自分から転がって肩とか背中から地面に着くこと、かな?」
【それで合っている。投げられたときそのままでは頭から地面に落ちては危険。なので自分から地面に向かう。積極的に自分から投げられに行くのが受け身となる。簡単に言うと上手な転び方よ】
「身体へのダメージを減らして、転んだあとも素早く立って身構える、までが受け身って訓練場では教えてもらったよ」
【探索者を育てる訓練場ではそうであろ。相手によっては受け身をとりつつ寝技に持ち込む、というのもあるが。先ずは簡単なその場での受け身から。立った状態から両手を開く。両手を下方に大きく円を描くようにして、右足の爪先を触りに行くように動かす。同時に右足を左足の前に流し、左の足から力を抜いて膝を曲げる。そのまま身体の右側面を地面につける】
「なんだか踊りみたい」
【身体を手順通りに動かす、という点では簡単な踊りと似るのかの? 左の膝を曲げて真下に落ちるとき、右腰と右肩が同時に地面に着くように。立っていた足があったところに、寝転んだときの腰が来るように。横に倒れず真下にふわりと落下する】
「ほいっと。これなら簡単」
【顎は引いて背を丸く使う。頭を地面に打たぬようにせよ】
「それは他の受け身でも、だよね。頭の後ろを地面にぶつけないようにって。あとは地面を怖がるなって言われたかな? なんで地面が怖いの?」
【貴族などは子供の頃から服を汚さぬようにと、遊びでも転ばぬようにしたりするからの。そうやって暮らしてきた者にとっては地面が遠い。転び慣れておらぬのよ。そういう者は転び方が解らず、倒れたときに怪我をしやすい】
「そっかー。私は昔から鬼ごっことかかくれんぼとか押し相撲やって、転びなれてるから簡単なのかな? 向こうの壁まで前回りで転がって競走、とかやってたし。地面は友達」
【感覚として、ミルは先程の貴族よりも地面を近いものとして感じる。ふむ、大地の友と書くとなにやら格が上がるの。慣れてきたら音を静かに、音を立てぬようにしてみよ。倒れる音が大きくなるということは、それだけの衝撃が身体に来るということ。無音で素早い受け身に挑戦してみるのよ】
「無音でって、え?」
【足で行う無音の歩き方、忍び足。これを身体全体で行うのよ。地面に着く右の半身が足の裏と同じと思え】
「でっかい足の裏。ウエストが土踏まず? 音を立てずに優しく柔らかーく。そっか、バッターンって大きな音がするほど痛いんだ」
【右ができたら次は左。利き脚の側を流すのがやりやすいので、どちらもできるように苦手な方をより修練するのよ】
「左足を流す方が難しいや。左の腰が先に地面に着いて、左の肩が遅れちゃう」
【それは身体が左に倒れているからよ。足の力を抜き真下に落ちる。左の足と左の手をもう少し右に流すのよ】
「こうしてやってみると、なんていうのか優しい受け身だね」
【受け身とは身体を痛めないようにするためのもので、優しくない受け身を無理して続けると身体を壊すであろ】
「もっと転がったりするのかと思ったよ」
【そういうのも今後やっていく。この真下に落ちる受け身は回避にも使える。咄嗟に避けようとするとき、足の力を抜いて重力に身を任せて下に落ちる。これは地面を蹴って移動して避けるよりも速い】
マティアと並んで、ぴたーん、ぺたーん、と受け身の練習。これは痛くなくていいね。だけど音を立てずにってのは、難しい。
【次は前回り受け身】
「これはやったことある。よっと」
前にコロリン、肩、背中、腰と順番に地面につけるようにする。背中を丸くして。背中と腰がいっぺんにバターンって着くと痛いから。転がったらすぐに起きて構え。あ、昔の練習のクセが。
【だいたいできているか。右手で左足を打ち払うようにすると良い。ここから二種類、前に距離を出す前回り受け身と、その場でする背落ちを修練すると良い】
「距離を出すって?」
【これも回避に繋がる。前方にジャンプする跳び込み前転だ。前方だけでなく立った状態から右にも左にも跳べるようにすると良い】
「こういうのは得意、側転もできるよ」
【ほう、では一回でどれだけ距離が出せるかマティアと競走でもするか?】
「ミルちゃん、何か賭けましょう。ミルちゃんと一緒にお風呂券とか」
「う? うーん、どうしよ。うん、一回限定ならいいよ」
「やる気が湧いて来ました! 負けられません!」
「エロいのは無しのお風呂券だからね」
こうやって競走とかすると遊んでるみたいで楽しいな。こっちもどこまで行けるか挑戦して、でもこれでケガしないように気をつけて。とうっ。
「なんだろ? 猫になった気分で、にゃーんって跳んだら綺麗にできる気がする」
【ミルのイメージの中の猫の身体動作の真似をしとるのかの?】
マティアとふたりで、ちょっとだけムキになって、にゃーんって跳ぶ。
【結果はミルの勝利】
「やった! でも負けたと思ってたんだけど?」
「そうですよセキ様! 負けられないと頑張って痛い思いをしたのに!」
【マティアの方が飛距離は出てるが、あれは吸血鬼の頑丈さに任せて跳んでいるだけなので、ダメージを減らす受け身としてはバッテンよの】
「そだね。バターンって大きな音がして、飛び込み前転というより、前に跳んで背中から落ちて、痛いの我慢してるっていう。マティア、大丈夫? 涙目だよ、痛かった?」
「うぅ、頑張ったのに、頑張ったのに、ミルちゃんとお風呂……」
「そっちで!? 泣くほど!?」
【次は距離を出さない前回り受け身、さっきの逆になる】
「と、言うことは距離の短い方が勝ちですか?」
【マティアよ、まだ諦めてないのか? 距離を出さないというより、できるようになると後方に進める】
「え? どういうこと? 後ろにジャンプするの?」
【足の間に上半身を入れるようにして、後方に重心を移動させながら、前回り受け身をする。体勢が変化しても重心のあるところを把握すると、できるようになる】
「前回り受け身して立つと、どうしても前に行っちゃうんだけど」
【頭は重く上半身が前に倒れると重心も前に移動する。身体は前に倒しつつも重心は後ろに移動させる】
「ふのおあっ! 自分の足が邪魔をするうっ! え? これどうやってやるの? というか、身体は前に転がりながら、全身は後ろに移動するの? 前なの? 後ろなの? またかー!」
【くくく、先ずはしゃがめ】
「これでいい?」
膝を曲げてしゃがむ。地面に着いているのは爪先だけ。
【左の膝は地面に着けて、右手を頭の上に。ゆっくり行くぞ。その状態から膝を伸ばしてお尻だけ上げる】
「お辞儀というか、前屈みたいだね」
【頭を下げながら右手で左足をの脛を払うように、左の足を上げ、頭を両足の間に入れる】
このまま、前回り受け身、バタン。
「でも、このまま立つと、前に進むよ?」
【そうよの。ではもう一度。腰を上げたところで止まれ】
しゃがんだとこからお尻だけひょいと上げる体勢に。
【マティア。ミルの腰を後ろに引いてやれ】
「はい。うふ、ミルちゃんのお尻」
「やめなさいっての。この体勢のままだと抵抗できないから。ちょっとマジメに修練させて?」
「ごめんなさい。じゃ、引きますよ?」
マティアに後ろに腰をひかれて、ペタんと尻餅を着く。あ、
「解った! 後ろにお尻を上げるんだ! 上じゃ無くて! 動き出しからもう後ろに移動してるんだ。その場で立つんじゃ無くて、地面に着いてる足の位置はそのままで、後ろに立つんだ」
【その通り。頭でその場その場と考えていても、前回り受け身は足を前に投げ出す。ならばその分は後方に逃がさねばならん。尻餅を着くように、下半身は後ろに倒れながら行うことで、結果としてその場に立つ、前に移動していない、ということになるのよ】
「その移動を増やせば、後ろに下がりながら前回り受け身ができるってことだね」
【これで逆さまになった状態、寝転んだ状態、どのような体勢でもどこに重心があるかを、己で知覚するように】
「なんか解ってきた。解ってきたけど、できなーい。ムズーい。うりゃっ」
てい、やあ、とコロリ、コロリと前回り。もうちょっと、あともうちょっと、と思うとやめられない。止まらない。
【程々でやめよ。ミルは熱中すると止まらなくなるの】
「あとちょっとでなんか見えそうってなったら、止めづらいよ」
【その集中力は良いが、煮詰まらぬように。合間に逆立ちでもして、逆さまの状態の重心位置でも測ると良い】
久しぶりに逆立ちと側転などしつつ、受け身の移動距離を伸ばしたり、縮めたり、逆に後方に移動するに挑戦したりといろんなパターンでやってみた。数えてなかったから解んなかったけど、相当な回数やってたみたい。なるべく音を出さないように、痛くないようにってやってたから、昔に訓練場でやってたのより身体も辛くないし。
「受け身の修練なんて、辛そうでやだなー、と思ってたけど、こんなに楽しいなんて」
【只の反復となればつまらん。何を追究するかを明確にすると興味が湧くものよ】
「まだできないこといっぱいだから、追究するものもいっぱいだー。ん? マティア、どうしたの? キョトンとして」
「あ、あの、お風呂券を賭けた競走は?」
まだ諦めてなかったんかい。
「そろそろ終わりにしてはいかがですか? 夕食の準備を始めてもよろしいですか?」
青い髪のメイドさんが来た。晩ごはんの時間だ。♪今日のご飯はなーんだーろなー?
「ご飯だ、ご飯。マティア、行こ」
「……お風呂券……ミルちゃんと、お風呂……」
マティアがなんだかうじうじしてるので、ご飯食べてフェスとお茶したあとは、一緒にお風呂に入りました。嬉しそうに私の身体を洗ってるけど、なんでマティアはお風呂でこんなにはしゃぐんだろね?
「これからも一緒にお風呂しましょーね」
「今日だけ、今日だけだからね。そこは自分で洗うからいい。いいから、いいってば! いいってのに!」
「遠慮しないで、ミルちゃん」
「これは遠慮とは言わないの! エロいのはダメ!」
「アーティをあんなにメチャにしておいて、それでエロいのダメって、ミルちゃんが解らなーい」
「私も解らない。だって骨だよ? ところでアーティさん、仕事の引き継ぎってまだ終わらないのかな? アーティさんとは一緒にお風呂に入ってみたい。勉強になりそうだし」
「骨がそんなにいいの? ミルちゃん、肉もいいわよ、ほら、触ってみる?」
「くそぅ、ここにもぷよんと富める者がいる。格差が縮まらない」
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