第48話◇アーティじゃん、おっひさー
ルワザールの街、旧ひだまり孤児院。私がいない間にメッチの支援で、少し離れたとこに、ここより立派な施設ができてた。そっちは新ひだまり孤児院。新しいのができても、古い方も取り壊さずに残してたそうな。まだ使えるし、倉庫代わりになるし。
私は今はここに住んでる。勝手に住み着いてると思われてる。
「ミル、じゃがいものシチューよ」
「ユマニテ先生、ありがとー」
ユマニテ先生がシチューを鍋で持ってきてくれる。私、ずっと修練でお料理下手だし。ユマニテ先生に着いてきて、野菜の入った手提げ袋を持ってる男の子と女の子の頭をワシワシする。にこーと笑顔になる子供達。うん、私、怖くないよね。おねえちゃんは怖くないよー。
「皆、入ってー。お茶淹れるから」
「えー? ミルのお茶は渋いー」
「あれは、茶っ葉がだばーっていっちゃってね」
【ミルは料理は大雑把よの】
「いっつもメイドさんにやって貰ってたもん」
「ミルおねーちゃん、また、刀とお喋りしてる?」
「あら? ミル、お客様が来てたの? お邪魔になったかしら?」
「あ、いいの、いいの。王家の方のなんじゃかんじゃ。追い返そうとしてたとこ」
貴族でございっと豪華な服の青年が、ハハハと乾いた笑い。
「あの、追い返す前にせめてもう少しお話を」
「そういうのは聖女メッチェラーノを通してね。それ以外で話を聞く気は無いから」
「一度で良いので、城に来て頂きたいのですよ。王もこれまでのこと、ルワザール奪還の褒美を直に授けたいと仰せで」
「要らないし。お宝欲しかったら百層に潜ってくるし」
「今後のことについても、我々が手を尽くしますので」
「それで? あなたはどこの派閥? 私を手駒に飼い慣らそうとするのは止めた方がいいんじゃない? 聖女と神殿とはその辺の話はついてるの?」
「は、はは……」
【目論み通りとはいえ、ミルは随分と大物になったの】
「いろいろ面倒だよね。あ、私が王都に行ってる間はあなたが魔物の相手をしてくれるのかな? それじゃ、次のは任せてみようか?」
「はは、ご冗談を」
貴族の青年は顔から汗がタラリタラーリしてる。誰のお使いか解らないけど、私の相手しないといけないって、貧乏くじ?
「私は私で好き勝手にやってるから、気にしないでって伝えといて。私を雇うとか臣下にとか抱え込むなんてのは、百層大冥宮がどうにかできるようになってからにしてね」
「は、はは、手厳しいですね、はは」
脂汗流して乾いた笑いの貴族の青年。ユマニテ先生が私の頭をペチッてする。
「わざわざ遠いところを来てくれたのだから、お茶くらい出してあげなさい。私から聖女メッチェラーノにお話しておくから」
私が、はーい、と返事をする前に。
「いえいえいえいえ! そのようなお手間はおかけしませんので御気遣い無く! では私はこれで!」
と、腰を上げる。じゃ、ユマニテ先生と子供達とお話しようか。と、そのとき、外からカンカンカンカーン、と鐘の音が響く。
その音に貴族の青年は青い顔が更に怯えた顔に。ユマニテ先生は手を頬に当てて、あらあら、と。子供達は目をキラッとさせてワクワクする。
私は腰のセキをポンと叩いて。
「行こっか、セキ」
【うむ】
「ミルライズラ様! おいでですか!」
扉の外から叫ぶような声。
「現れました! ミルライズラ様!」
「はーい、今、出まーす」
扉の外にいるのはウラスク。もとベルデイの軍の兵士の偉い人。今ではルワザールの街で、百層の出入り口と大穴を監視する部隊にいる。
「ウラスクはなんで私を様付けなの?」
「外面ってものがあんの。お前の機嫌損ねたら、街のもんに何をされるか解らんし」
「今回も大穴?」
「そうだ。移動しながら話す」
「はいはーい」
ウラスクの他に馬に乗った兵が三人。四騎の馬が走る速度に合わせて、自前の足で走って馬に乗ったウラスクに並ぶ。
私が馬に乗ろうとすると馬が怯えるんだもん。馬が怖がって可哀想で私は馬に乗れない。
ルワザールの街は大穴の近くと百層の出入り口近くには、人が住まなくなった。街の再建に合わせてちょこっと移動した。
百層に繋がる大穴から魔物が出て来ないか、監視する部隊ができた。それでも探索者はお宝目当てに百層に潜るし、神殿も防衛の為に神官戦士団をルワザールに常駐させるようになった。
地下から魔物が出て来ると鐘が鳴る。だけど最近は誰も避難しない。屋根に上って大穴の方を見物するのが増えた。みんな呑気だなぁ。
大穴の近くはモーロックがいろいろ壊したから、今は開けている。そこにひとり全身鎧の騎士が立つ。身体から何やら黒いモヤが溢れるように見えて、人では無いと解る。
その紫色の全身鎧に身を包んだ騎士は、骸骨の顔で、
「来たか! 盗人!」
と、叫ぶ。あらー?
「私は
誰かと思ったらアーティじゃん。おっひさー。
「魔王様の愛刀を盗み出したその罪、万死に値する! 小癪なこそ泥よ! 我が刀の錆となれ!」
ちょっと聞き慣れ始めた口上を叫ぶアーティ。私も彼女の前まで進み、セキを抜く。
【今回は同門対決、姉弟子対妹弟子か】
そうみたい。こちらも名乗らないと。
「我は刀術師、ミルライズラ! 魅刀赤姫の主なり!」
私の名乗りに街の方から喚声が上がる。すっかり見世物になっちゃった。
アーティが腰から黒い刀を抜く。その刀を私に向けて構える。周りを黒いコウモリがパタパタと飛ぶ。
「いざ、尋常に!」
「勝負!」
なんでこうなってるかと言いますと。
光の女神の加護が弱まり、魔族に不死者も昔よりは地上で活動できるようになった。それで中には地上をちょっと見てこようかな? なんてのもいたりする。
これは探索者が迷宮に潜るのに似てて、地上に出る魔族は言わば、地上という迷宮に潜る魔族の探索者みたいなもの。これはお互い様ってものかな?
だけど、地上に出る魔族にとって、最早地上に魅力は無い。まだ光の加護が残ってるから攻めてもそこに住めない。アデプタスが、皆が快適に暮らせるようにと頑張った百層は、地上よりいい暮らしができてる。
今の魔族にとっては地上の人を襲ってでも奪いたい物なんて、無いんだよね。
それでも魔族はこうして地上に来る。だいたい七日に一度の割合で。なんでかって言うとね。アデプタスが勝手に放送してたっていう番組、私が百層武闘ランキングに挑戦してた試合を録画して編集してたもの。『刀術師ミルの挑戦』が、まだ続いてたんだよ。
黒いコウモリはアデプタスの使い魔で、その目に映したものがアデプタスのとこに届くらしい。
私はアーティとキンカキンと斬り結びながら、
「なんでまだ私の試合を放送なんてしてるのよ」
「一度人気が出るとやめるにやめられないであります、カカカ、と、アデプタス様は仰せだ」
「あの骸骨さんは何を考えてんのよ?」
「だが『刀術師ミルの挑戦』は人気がありコンプリートボックスも売れ行き好調。これでミルもフェスティマ女王に恩を返せるだろう」
「なんでフェスが出て来るの?」
「その売上からフェスティマ女王にこれまでの生活費を返せるのだ。ミルにとっては恩返しができて良いではないか」
「そういうことなら仕方無いのか? フェスにはいろいろとお世話になったし。ん? ちょっと待って。私がランキング戦に挑むの企画したのってフェスじゃ無かった?」
「『刀術師ミルの挑戦』の制作にはフェスティマ女王だけでは無く、九十九層の吸血鬼もスタッフとして関わっているぞ」
「知らんかったー! いつの間にー!」
「フェスティマ女王はミルの成長記録を映像に残すのが目的だったようだが」
「フェスの心は母ごころー!」
「コンプリートボックスの特典にはミルの秘蔵映像もついて」
「あの骸骨また隠れて覗いてたのかー! 一回蹴らせろぉ!」
話しながらもアーティの刀は止まらない。もちろん私もね。互いに技量を競い会う。相手の事をより深く知ろうとする。あぁ、やっぱりこういう戦いは楽しいな。
アーティの刀術はアーティがこれまで身につけた物と合わせてアレンジした刀術。言わばアーティ流。黒い刀を受け流し、私の斬り返しは払われて上がる。力はアーティの方が上。
「だが、ミルよ、このままで良いのか?」
「何が?」
「『刀術師ミルの挑戦』は終わり、新シリーズ『刀術師ミルへの挑戦』が、始まったものの、かつてのファンには評判はイマイチ。コボスポでの評論家のオーク曰く、『成長し凛々しくなったミルたんの格好良いところが見れるのは、これまで追いかけていたファンにとってはホロリとくる。しかし、番組として見ると、初期の頃のミルたんの予測できない言動や行動の破天荒さが人気を得たところ。新シリーズのミルたんは格好良く強いが、型に嵌まったようで大人しい。かつてのおばか可愛いミルたんをもう一度見たい、というファンにとっては物足りない』だ、そうだ」
「それは何も知らなかったからだよ! 百層中に放送されてるって知ってて、変なことできるかー! みんなは何を求めてるのー!」
「ふっふっふ。これでは次のシリーズはどうなるか。そうだ、アデプタス様が売上を上げる為に握手会を企画していてな」
「解ったよ! サービスシーンがあればいいんだよね? アーティ、今からその鎧、全部切り捨てて骨身にしてあげる。そして久しぶりに骨チェックだ!」
「な、何ぃ!? 私を巻き込むな! 私は只の挑戦者だぞ!?」
「私だけ変なとこ百層中見られて、私の知らないオークにまでおばかとか言われて、不公平じゃない!」
「私は関係無いぞ? ちょっとミルの日常編の隠し撮りは手伝ったが」
「うわーん! こうなりゃアーティも道連れだー! 脱げ! 私と一緒に笑われろー!」
「ぬおお! やめろー! やらせはせん! やらせはせんぞー!」
端から見てたらこの会話は遠くて聞こえないだろうし。私が毎回、大穴から出てくる魔族を追い返してる、ように見える。
今日もアーティと激しく楽しく打ち合えて満足です。
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