第25話◇動くけど動かさない、動かさないように動く


 第2武術館で星座する。


【正座であろ】


 正座する。はい、今日の修練は手を上げること。正座した膝を手のひらで触るようにペタンと置く。両手とも。

 私の正面には向き合って正座したマティアがいる。近くでアーティが見てる。筋肉を動かす修練となるとアーティは見学。ほら、アーティってば骨しか無いから。


「むーん」


 上がらない。手が上がらないなー。

 私の正面に座るマティアが私の手首を上から押さえているんだもん。動かないようにがっしりと。


【素振りで手を上げるのと同じことよ】

「それはそーなのかもしれないけど」


 手を上げようとするとマティアにがっしと止められる。ふんぬっ。


「はい、それは解りますー」

「マティアに解らないように手を上げるっていうのが解らない」


 これには条件があって、マティアは私の手を押さえっぱなしじゃ無い。マティアは私の手首を触ってるけど力は入れて無い。

 私が手を上げようとするのが解ったら、私が手を上げようとするのに気がついたら、マティアは私の手を力を入れて押さえる。だからマティアに解らないように手を上げるのだと。むー。


「何度やっても解んないー。手が膝から離れることもできない」


 今日はフェスに頼んでマティアに弱体ウィークネスをかけてもらってるから、今のマティアの筋力は私と同じくらいになってる。でも力任せにやっても、向こうは上から体重かけられるから上がりっこ無い。


「前回と違い、今回の修練は、その、地味ですね」

「アーティ、前回がたまたまだからね。いつもはこんなだよ」


 毎回モーロックじーさん相手にしてたら身が持たないよ。この修練は動いてるように見えないから、見てるとつまんないのかな?

 素振りのように腕を上げる。


「ハイ」


 がっしと止められる。ずっとこの繰り返し、うぬぬぬぬ。


「ししょー、ヒントを下さい」

【相手はこちらが腕を上げようとしたとき、腕のりきみを手のひらで感じたときに手を押さえる。なので、相手の触れているところには力を入れず、他の部分を使って腕を上げるのよ】

「それって、胸と肩と背中で手を上げるってことだよね?」

【他にはわき腹、脇の下よの】

「上げようとするとマティアが、がっしするよ?」

「だってそこで解りますもん」


【肩を身体の中へと沈めることで手が上がる。肩甲骨で腕を前へと押し出すように】

「おおー! 動け! 我が肩甲骨よー!」

「ハイ」


 また、がっしされたー。わーん。


「うーん、解んない。マティア、交代して」


 止める方になってみると解るんだよね。マティアが何度かやってみるけど、全部、止めることできる。私の手のひらが触るマティアの腕が、腕の筋肉が動くのが解るから。


「♪ふん、ふん、ふん、ふーん、ていっ」

「マティアー、鼻唄とよそ見して気を逸らそうとしても解るよー」

【煮詰まってきたなら、素振りをせよ。腕の上げ方に気を配っての】

「はーい」


 気を配って、感覚を鋭敏にして感じる。気配を感じる、って言われてもなー。ゆっくり素振りで、刀を振り上げるときの腕の動きに注意して。


「肘を伸ばして手先を使わずにやってるから、手先を動かさずに腕を上げ下げしている。だから、その部分を相手に掴まれてもそこは動かないから相手には解らない。その理屈は解ったんだけどさー」

【解ってからその通りに動かすのが難しいのよ】


 肘から先に力を入れないことを、前より気をつけながらゆっくり刀を振る。こうか? こうなのか?


「マティア、もう一回おねがーい」

【これは速くやってもゆっくりやってもあまり変わらぬ。相手の触れているところのみ力を抜いていくのよ。それが触れられ掴まれていることで、反応して力みやすくもなる】

「そだね、マティアの力を感じると対抗しようとして力が入っちゃう」

【掴まれたとき振りほどこうとすれば、相手からは掴んでいる腕から、振りほどこうとする力の方向が解る。それが解ると掴んだ方から見れば押さえ込みやすい。なのでその情報を触れている皮膚から相手に教えぬようにする】

「掴まれてるとこを動かすと、それが相手に解っちゃうってことだよね」

【ミルは手の動きはできて来てはいる。なので、マティアの腕とぶつかり合うのではなく、マティアの腕を受け入れてやれ。腕を上げるのでは無く、そっとマティアの頬を撫でにいく】

「ミルちゃんが私を受け入れて撫で撫でしてくれる……」

「うーん、どこまでマティアを受け入れたもんだろ?」


 もう一度、正座して、マティアに手を押さえてもらって、と。


【歩くときと同じく考え込み過ぎると、上手くいかぬものよな。そこにあるものを取りに行くのに、深く考えることは無い故に】

「ますますどーしていいか、解らなくなるよ」

【お? マティアの頬にクッキーの欠片が】

「どこ?」


 私の手がヒョイと上がって、マティアが座ったまま後ろにコテンと倒れる。


「……あれ?」

【できたではないか】

「なんだー?!」


 え? なに? どゆこと?


「え? 今のなに?」


 マティアも倒れたまま首を捻ってる。え? できちゃった?


【マティアよ、やられてみてどのように感じた?】

「どうって、変な感じです。何が起きたのか……」

【解るところだけでよい。掴んでいるミルの腕をどう感じた?】

「それが、私の手の中でミルちゃんの腕が、私の知らない何か別の生き物に変化したみたいで、わ、気持ち悪いって思ったときには、後ろにコテン、と」

「え? 私の手が気持ち悪い?」


 両手を見てみても私のいつもの腕。なんにも変わってないよ?


【これは錯覚を利用したものよ。ミルの腕が変化した訳では無い】

「だよね、なんにも変わってないよ。毛が生えたり鱗になったりしてないよ。別の生き物って、おおげさな」

【マティアの手にはミルの腕の動きが感じられない。なのに腕が上がる。マティアの目にはミルの腕が動くのが見える。しかし、マティアの手のひらには、ミルの手が動いてる感じはしない。目で見える情報と手から感じる情報が、頭の中で矛盾する。これが気持ち悪さの正体。マティアの場合、嫌がるミルによく触っていたので、それがマティアの知るミルの身体とくい違うと、尚更よの】


「目で見るのと、手で感じるものが違う? 重そうに見えて持ち上げてみたら、軽くてビックリ、みたいな?」

【その場合、勢いをつけて持ち上げたならば、スッ転んでしまうの。そのくい違いを狙って起こしておるのよ】

「それで、手が上がるの?」


【己の手の感触に疑問を感じると、手から力が抜ける。これは何も見えぬ暗闇を手探りで歩くのと似ておる。手を前に出し、指先の感触を頼りに進むとき、指が触れるものを鋭敏に感じとろうとすると手に力を入れる者はいない。暗闇で勢いよく手を突き出せば、つき指してしまうしの】

「そうなの?」


【手のひらに小銭でも乗せて、その重さを手で測ってみよ。このとき指先まで手に力を入れて固める者はおるまいて。マティアはミルの腕を掴み、その腕がいつものミルの腕と違うと感じたとき、手のひらから感じるのがいったい何かを測ろうとして、手から力が抜けたのよ】

「ほへー、動き方が違うとそんなことになるんだ」


 マティアが私の手をペタペタ触る。


「うん、これは私の知ってるミルちゃんの手」

「そんなに変だった?」

「うん。手だけ一瞬で違う生き物に変身したのかと思っちゃった」

【交代してやってみよ。マティアが上手くできればミルにも解る】


 そんなこんなで交代しながら、マティアと交互にやってたんだけど。私がマティアの腕を押さえているときに。


「うわぁ! 気持ち悪っ!」

「ミルちゃんヒドイっ!」


 思わず手を離しちゃったよ。だってマティアの腕が、その腕の中に何か別の生き物が蠢いたみたいで、


「ホントに気持ち悪かったんだもん」

「ミルちゃん、私の気持ちが解った?」

「コレ、狙ってできたら掴まれることが無くなるね」

【いや、技としてつかうにはこれにはひとつ弱点がある】


「そうなの? 掴み合いになったらこれで逃げたりできそうだけど」

【相手が手の感覚に鋭敏であれば使えるが、相手が鈍いと効果は無い。相手の錯覚を利用しておるのだから】

「相手がゾンビだとダメなんだ」

【あとは獣か。掴み合いの経験のある人型には使えるか。痛みを感じぬ狂戦士には効かぬ。人であっても自分の手が触れているのが何か、気がつかない者、気にしない者には効果が無い】


「自分の触ってるのが何か気にしない人なんているの?」

【生きるために己の感覚を無視する者はいるぞ。これは度が過ぎれば、己が何を感じているかも解らなくなるであろうよ。そういう者は自分の手が触れているもののことを、気にしないから錯覚も起きない】

「えー? それは、なんか怖い」


 私の手をじっと見る。この手が触れる。この手が感じる感触。自分の手が何に触れてるか解んないっていうのは、どうなんだろう?

 手を伸ばして隣のマティアの頭に手を乗せる。頭をポンポンする。


「ミルちゃん?」


 撫でり撫でり。


「あぁん、ミルちゃん……、どしたの?」

「んー、自分の手がちゃんといろいろ感じられるって、いいなーって。だってこの感触を気にしない、どうでもいいって、頭を撫でることも抱きしめることもどうでもいいってことでしょ? それは、なんかヤダ」


 あったかいことも、優しいことも、感じられなくなるのは、なんかイヤ。マティアの黒髪の頭を撫でり撫でりしてたら、マティアが抱きついてきた。


「ミルちゃん可愛い、ぎゅー」

「じゃ、マティアも、ぎゅー。セキも、ぎゅー」

【我の身は人と感覚は違うのだが】

「アーティも、」

「よ、寄るな! 来るな! 近づくなぁ!」

「え? 親愛の気持ちなのにー」

「皮膚の感覚など、遠い昔に忘れたわ。だが、まぁ、ちょっと懐かしいか……」


 アーティ、アンデッドだもんね。私にはアーティの感覚は解らないけど。骨の身体ってどんな感じなんだろ?


【この修練は腕の動きができているか、できていないかの確認よの。即、技として使うものでは無い。お互いの身体の動きを見ながら、交代して続けてみよ】

「ハイ、ししょー」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る