第24話◇ドラゴンから逃げる練習、ってちょっとー!
【前回の受け身と合わせて、少し実戦を意識したものをしてみよう】
「お、ついに模擬戦?」
【まだ早い】
やって来ました、最下層。カオスドラゴンのモーロックがいる、というか基本モーロックしかいない、百層大冥宮の最下層。階層守護者のモーロックの趣味で一日中、一年中、空は夕方なんだって。
「また遊びに来いとは言ったが、ずいぶんと早い」
「こんちわー、いや、こんばんわ? モーロックは相変わらずデカイねー」
宝物庫への通路のある扉を背に、闘技場で堂々と立つ真っ黒鱗のドラゴン。セキが私の足であの頭の上に駆け上がったんだよね。信じられない、壁を駆け上がって塔に登るようなもんだよ。
闘技場の方は前回のボッコボコに地面が抉られたあとは無くなって、綺麗になってる。吸血鬼メイドのお姉さま方、お疲れさまです。
今回はマティアの他に、
モーロックがこっちを見下ろして。
「セキ様の命ならば仕方無いですが、ワシがこんな小娘の修練の相手などとは。ミルよ、少しはできるようになったのか?」
「そんな簡単に強くなれたら私は今まで苦労してないよ」
【以前、ミルがモーロックの怒気に怯えて、腰を抜かして漏らしてしまった訳だが】
「ミルよ、漏らしたパンツは洗ってきたか?」
「誰のせいで漏らしたと思ってんの! モーロックのせいでそのあとずっと、お漏らしっ子扱いされたんだからね!」
「ミルちゃんのパンツは綺麗です。今は女の子らしい可愛いのを穿いてます」
「マティアのフォローの仕方はおかしい! それとマティアの用意するパンツはなんでお尻に動物の顔がついてるの? 可愛いけどさ」
【話を進めて良いか? ミルは格上の相手の怒気に当てられすくんで動けなくなった。これでは逃げることも出来ずに致命的よ】
だって、あんな怖い思いしたの初めてだったし。迷宮で初めて戦闘したときも怖かったけど、その何倍というか、人が相手をする限界突破だよ。
【とはいえ、ミルも六人パーティの一員として16層まで来た探索者。ゴブリン、コボルド、スケルトン、ジャイアントラットなどと戦闘経験はある。更にはアイホーンに怯えながらも逃げきったので、実はそれほど心配していない】
「セキは解ってくれてるぅ。そうだよ、これでも探索者だからね。下層の人達と比べたらゼンゼンってだけでね」
【なので、モーロック相手にも怯えず冷静に対処するための修練とする】
「セキ様、ワシは何をすれば?」
【ミルに向かって威圧を乗せた咆哮を放て。その後に掌底打ちを寸止めで】
「は?」
ちょっと待ってセキさん? ドラゴンの咆哮食らってから、あの、壁が落ちてくるような手のひらを寸止めって? なにそれ?
【モーロックが万が一、寸止めに失敗した場合、又は咆哮でミルがショック死した場合、アデプタスよ、蘇生を頼む】
「カカカ、お任せでありますセキ様。死霊術とは命の深奥に触れる術理。蘇生も回復も自分の得意とするところであります。ミルさん、ご安心あれ。例えミンチとなっても自分が蘇生させてみせるであります」
「ひ?」
紫ローブの骸骨さんが楽しそう。え、死ぬかも前提? はい、特訓らしくなってきました、カンベンしてください!
【ミルはモーロックの咆哮をくらっても、身をすくませることなくモーロックの掌底を回避する。やることは単純であろ】
「ふへほ?」
紫色の全身鎧、アーティさんがほう、とか言ってる。
「ふざけた小娘と思っていたが、意外に過酷な修練をしているのだな」
感心されちゃった。いいえ、こんなの初めてだから、いつもは楽しい修練の会だから。いきなりハードルが高い? し、ししょー。
「では、始めるぞ、ミル」
「え? もうやるの? 心の準備が、ね?」
セキをマティアに預けて、何も持たずに皆から離れて闘技場の中央へ。改めてモーロックを見る。セキが言うにはドラゴンの中でも最も強い
モーロックは猫のように、後ろ足を曲げて座って、伸ばした両手を地面に着けている。それでも見上げる大きさ。
こんなのの正面にたったひとりで立つなんて、バッカじゃなーい? あははー、え? どーすんのコレ?
「し、ししょー、ヒントを下さい!」
【先ずは咆哮に耐える。そのあと飛んでくるモーロックの手のひらを、右か左に飛び込み前転してかわす】
そのための距離を出す飛び込み前回り受け身なんですね! わかります! わかったけどさー! はぅ、せめて、せめて漏らさないようにガンバロ。
「やるぞ」
モーロックが息を吸う。じゃあ、腰を落として踏ん張る。咆哮だよね? ブレスじゃ無いよね?
モーロックの顔がこっちに向いて。
「オオオオオ!!」
ひい! 地面までビリビリ震える声が! 剣みたいな牙が! 真っ赤な口の中が! こんなの無理! 声だけで身体が握り潰されるみたい! 息を飲んで吐き出せない! 首が縮むよう!
大きな手が空から降ってくる。壁が落ちてくるみたいに手が。大きな手が。あ、手のひらは鱗が無くて色が明るい灰色だ。ひゃー! グワッて来てるー!
目の前、手を伸ばしたら触れそうなところで、モーロックの手のひらはピタッと止まった。だけど手に押された風に煽られて、後ろにパタンと倒れちゃう。
あ、あ、あ、怖かった……、怖かったー!
「ミルちゃん、大丈夫?」
マティアが心配そうに見てる。だ、大丈夫に見える? 私はガクガクと震える手で、自分の着てるエプロンの無いメイド服スカートの中に手を入れる。触って確認。
「ひ、ひへへ、こ、今度は漏らさなかったじょ……」
「セキ様。
【アデプタスよ、必要は無い。ここから自力で回復するのも修練の内。ミル、呼吸だ。肩から力を抜いて息を吸え】
「す、すー、」
首と肩がガッチガチだ。肩を回すようにして息を吸う。
【鳩尾の中を下に落とすようにして、息を吐く。肺の中の空気を全て出すつもりで】
「ふー、」
【落ち着くまでゆっくり、繰り返す】
息を吸って、すー、息を吐いて、はー、と何度かやってるうちに落ちついてきた。はぁ。
【さて、驚くことを息を飲むと言うたりするが、怯えると息を吸って止まる】
「うん、ひって息を吸って吐き出せなくなる。肩があがって首が縮んで足がガクガクしちゃう」
【一方、悲鳴というのもある。これは大声で危険を訴え助けを呼ぶものでもあるが、もうひとつの役割として、息を吐く、というものだ】
「声を出してるから、息は吐いてるのか」
【モーロックの咆哮、これに単純に対処するには、声を出すこと。簡単であろ?】
「簡単っていうか、それだけ?」
【今回は始めから咆哮が来るということが解っている。ミルだけ脅かされるのも不公平であろ? ミルの咆哮でモーロックを脅かしてやれ】
「私の咆哮って。叫び声しか出ないような」
【叫び声でも出せば良い。声を上げ気勢を上げろ。息を吸って身に留まりそうになる、その空気を外に放て。気を放て。そして相手を見ろ】
「う、うん。解った」
声を出す、先ずはこれだけ。それなら私にも。
【モーロックは威圧はそのままで、声の音量を落とせ。聞いてる者の鼓膜が痛む。ミルの様子を見ながら徐々に上げていけ】
「よろしいのですか? 耐えられますか?」
【くくく、試してみると良い】
「ししょー、またいきなり難度をあげないでよぅ」
声を出す、声を出す。私の咆哮で、モーロックをおどろかせる。それはできないとしても、うん、大声で、息を吐く。
立ち上がって、お尻をパンパンと払ってモーロックに向き直る。
「よしっ、来いっ」
【ミル、よく見ていれば相手が声を出すタイミングは解る。モーロックと一緒に吠えるつもりで。声を相手に叩きつけるように】
「ハイ、ししょー」
「ゆくぞ」
モーロックが顔を上げる、息を吸う。あの顔がこっちに向いたときに咆哮が来る。私も息を吸う。モーロックと一緒に息を吸う。
モーロックの顔が、下に。咆哮が来る。私も一緒に吠える!
「オオオオオ!!」
「へんたああああああい!!」
ここから掌底が来る! ……あれ? 来ない? 手を振り上げて、止まってる。
「……ミル、へんたああい、とはどういう意味だ?」
「だって、モーロック変態だし。女の子脅かしてお漏らしさせといて、しばらく振りで会ったら、漏らしたパンツは洗ってきたか? なんて言うし。ただのエロじじーじゃない」
「誰がエロじじいか!」
モーロックが手のひらを振り下ろす。だけどさっきよりよく見える。私にも見える。左にとうっとジャンプ、頭から滑り込むように。手をついて側転! ズシャシャッと砂を蹴って着地! どうだ!
首を捻ってさっきまで立ってたところを見る。モーロックの手は私が立ってたところより手前で止まってる。ちゃんと止めてくれてる。
その手が振り抜く予定のところに、私はいない。ここはモーロックの手からは逃れているところ。位置も避けてる。タイミングも合ってる。
で、で、で、
「できたーーーー!!」
なんだー。できてみればたいしたこと無かったじゃない。ふっふーん。落ち着いて見ることができたら、私、逃げ足には自信あったもんね。イエーイ、イエーイ。嬉しくなってジャンプ、ジャンプ。
「できたー、できたー、できたー。やってやったって気がするよ。ふっふーんのふーん」
見てるマティアにアーティにイエーイ。アデプタスにもイエーイ。アデプタス、わざわざ来てくれたけど、お世話にならなかったね。あれ? なんでみんなポカーンとしてるの?
【く、くはははははははは!】
「セキー、できたよー! イエーアー!」
「おい、小娘」
「なに? モーロック?」
黒いドラゴンがなんだかプルプルしてる?
「変態のエロじじいと、好き勝手言ってくれたな……」
「え? 言われても仕方無いことしたのモーロックだし。誰に聞いてもたぶんモーロックが変態だって言うんじゃない? 女の子にお漏らしさせて喜ぶセクシャルドラゴンだから」
「誰がセクシャルド、ラ、ゴ、ン……」
あれ? 怒った? あ、また来る! よし、また合わせる! 息を吸う!
「かあああああああ!!」
「チカンよおおおおおおおお!!」
モーロックの掌底が来る。
「誰がチカンかあっ!」
今度は右に飛び込み前転。すぐに立つ。
「エロじじーがタッチしよーとするー!」
「タッチでは無い! ドラゴンCCC圧殺張り手だ!」
ちょっと、また来た! インターバル無し? もいっちょ右にジャンプ。
「モーロックのエロじじー!」
「取り消せ小娘!」
「エッチ、ボッチ、ハイタッチー!」
「ボッチでは無い! 孤高と言うのだ!」
「タッチ大好きモーロックじじー!」
「誰が耄碌じじいかぁ!」
わっほーい。黒い大きな手がブンブン降ってくるよー。あっちにとぅっ! こっちにジャンプ! なんだか楽しくなってきたー!
【くくくくく、自ら苦境を作り楽しむかよ】
まーたセキが変な笑い方してるー。走ってジャンプ! 大きくバックステップから左にとうっ!
「やーん! おじーちゃんがお尻さわろうとするー!」
「小娘の尻など触るかぁ!」
で、
「も、もう、限界、走れません……」
パタリコと倒れる私。モーロックの手がおっきいからひとつ避けるのも移動距離が必要だし、モーロックはデカイから歩幅も大きくて、すぐ追いつかれる。この広い闘技場、何回往復したんだろ?
「ふー、ふん、もう息切れか。だらしの無い小娘が」
あれ、モーロックもちょっと息が上がってない? ゴロリと転がって仰向けに。はー、はー。
アーティがこっち見てる。骸骨の顔で解りにくいけど、驚いてる?
「言葉の内容がアレではあるが……、モーロック様の動きを発気ひとつで止めるとは……」
「ふん、あれは発気では無い。ただの罵倒だ」
おじーちゃんてば負けず嫌いなんだから。
【たまには全力で身体を動かす修練もよかろ?】
「そだね。なんかスッキリした。ふいー」
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