第17話◇前はがんばって、後ろはさぼって
【素振りに足をつけてゆく】
「ハイ、ししょー」
朝ごはんの後はフェスとお茶を飲んで、それから修練。
「でも、なんで靴下履くの? 前は裸足だったのに」
【少し滑らせるようにした方が都合が良いのよ。修練の内容に合わせて服も変える。体術用のものをフェスのメイドに作らせている】
今日は足首までの短い靴下を履いている。足首のところに差し込むようなちっちゃな金具がついてて、それで留めるようになってる。
服はエプロンを外したメイド服。これで修練するのもどーかなー、と思ってたけど慣れてきちゃった。そっか、今、修練で使う服をつくってるのか。
私の着てた服にブーツは、
「汚ないので捨てましたー」
と、マティアに捨てられちった。手袋とポーチは無事だけど。貰った下着はこれまで履いたこと無いようなちっちゃなパンツで、まだ慣れなくて落ち着かないなー。 スカートよりもズボンの方がいいから、早いとこズボンできないかな。スカートはスースーするし、修練中に転ぶとパンツが見えるってどうなんだろ。コレ、誰得? ……まさか、それが目的でズボンが無いって言ってるんじゃないよな?
【どうした? 始めるぞ。刀を両手で構えて膝を曲げて腰を落とす。膝が直角になるところまで曲げる。そのまま左足を後ろに下げる】
「お、武器を構えてるって感じになってきた」
【左足は腰から膝までが地面に垂直になるところまで後ろに下げる。下げた足の踵は上げる。この形から始める】
素振りの上半身の動きは手順はできてきたってことで、次は下半身の動きを憶えて、上下合体、完成、の予定。
【手を伸ばし刀の刃を左に垂らし、上に手を上げながら左足を引き寄せる。手を上まで上げたところで両足が揃う。このとき身体を上下に動かさないようにする。頭の高さはそのままだ】
「あ、解ったぞ。前は左右に厳しくて今度は上下に厳しいんだ」
【その通り。刀を振り下ろしながら今度は右足を後ろに下げる。刀が水平になったところで右足の腰から膝までが、地面に垂直になる】
「かなり腰を下げて低いままなんだね」
【これについては、後で説明しようか。少しやってみてからの方が理解しやすかろ。次は刀を右に垂らす。振り上げながら右足を引き寄せる。さっきと左右逆になる】
「手が上まで上がったところで、足が揃うんだね」
【そう、そして振り下ろしながら左足を後ろに引く。最初の形に戻る】
「ん、戻った。この繰り返し?」
【足の使いに慣れる為に何本かやってみよ。条件は頭の位置は動かさないこと】
「上下に動かさないんだよね。足を揃えるときに上に身体が上がりそうになるけど」
【上下だけで無く、前にも後ろにも動かさぬこと】
「おお? なんか難しそう。これもゆっくり十数えながらするの?」
【今回はある程度の速さを出す。何に要点を置き修練するかで、素振りの速度は意図的に変える。今は足の使いに慣れる為なので、そこそこ早くして数をこなすとしよう。そうさの、今のところはゆっくりの素振りと速い素振り。この二種類があると憶えておくと良い】
「解った。早いのと遅いのだね。やってる動作はおんなじでも」
足を動かしつつ素振りを繰り返す。前に踏み込みながら刀を振るとかじゃ無いんだ。逆に刀を振り下ろすときに片足を後ろに下げてる。足を動かすのにつられて、身体が前後に動きそうになるから、頭も前後に動いちゃう。
「六十七、六十八、六十九、七十、のおぉ、ずっと膝を曲げてるから太股がプルップルしてきたー」
【では、立って足を伸ばして休め】
「ふいー、」
斜め前ではマティアも木剣で同じように素振りしてる。その場で足踏みしながら剣を回してるように見える。
【足が疲れて無駄な力が抜けてきたところで、条件を厳しくしよう】
「やっぱりあるんだね、それ」
【当然よの。くくく、さてどこまで難度をあげようかの?】
「ししょー、難しくなると私の頭がパンクしちゃうよ?」
【術理を解せねばならんしの。では、今、やっていた動きを今度は踵を上げて行う】
「踵を上げてって、ずっと爪先立ち? うひぃ」
【熟練すれば膝の裏に水の入った杯を置き、水を溢さぬようにできる。これはミルにはまだ早い。まずは踵を地面に着けぬように。足を動かす際、胴体の位置、頭の位置を前後に動かさぬように。頭の高さを変えぬように】
「うわわ、動かさないとこがいっぱい」
踵を上げて刀を構える。足がプルプルするぅ。そのまま左足を前に出して足を揃えると、後ろに転んで尻餅をつく。
「あれ?」
【身体を動かさずに足を前に出そうとすると、そうなる。足は腹で引っ張り上げるようにするといい】
最初の構えの状態で少し前めに身体を置くようにして、足はお腹で引っ張りあげる。引っ張りあげる?
「んなー!」
【どうした?】
「足を揃えるときに後ろに倒れそうになるー!」
【最初は腹と胸を凹ませるようにしてみるといい】
何度かやってみて、ようやく倒れないようにはなってきた。
【慣れてきたなら初めの注意を思い出せ。肘は伸ばしたまま、手首をこねない】
「そうだった」
やってみるとこれは地味にキツい。右足に体重が乗ると頭の位置も右に動く。左足に体重が乗ると、頭の位置も左に動く。
「足を動かすときに身体が揺れちゃうよ。どうすんの?」
【足を揃えるときに、一段腰を沈めるようにする。足と一緒に身体を上げるのでは無く、足を上げるときには身体を沈める】
「こう、かな?」
【そして身体を動かすイメージを転回させる。刀を振り上げるのではなく、ミルが姿勢を低くして刀の下に潜り込むのよ】
「おお? この刀の下に?」
【刀を振り上げる、という感覚を消して、そこにある刀の下に己の身を入れてゆくように。刀術の修練とは己の身体感覚を作り変えるためのものよ。刀の下に潜り込む動作が、端から見れば刀を振り上げているように見えるだけのこと】
「またなんか難しくなってきたー!」
【振ると思わば振れず、故に振らずに振る。斬ると思わば斬れず、故に斬らずに斬る】
「振らずに? 振る? 斬らずに斬る? セキ! わざと難しく言ってるでしょ? もー!」
【くくくくく。もう少し続けてみよ。ほれ、腰を沈めよ】
「んにゃー!」
セキに注意されつつ、素振りを続ける。ずっと踵を浮かしているから足がツラい。でもなんか修練というか、特訓という感じがする。
訓練場だと走ったり打ち込みしたりと、動いて汗をかいて息切れしてた。
でも、この動かさないようにするために、身体中のあちこちに気を配って、細かく修正するように動かすというのは、額からヤな汗がジワジワ出てくる。
「ししょー! もう、足が限界です! 太股がぷるっぷるするー!」
【では休憩。マティア、靴下を履け。足の指で床を掴んで誤魔化すな】
「バレました?」
「今日は
「お昼をお持ちしました」
青い髪のメイドさんがバスケットを持ってきてくれた。
「今回はベーグルサンド。具はライトニングイールの身とドリアードの葉、トレントの実のスライスです」
「聞いたことないのばっかり。食べても大丈夫なんだよね?」
「そこはご心配無く。こちらお手拭きです」
「ありがとー。なんだか実験的なの出すのに遠慮が無くなってきたような気がするんだけど?」
「そんなことはありません。ミル様の気のせいですよ」
「そっか気のせいか。いただきまーす。うん、これも美味しい!」
「ソースにフロストバードの玉子で作ったマヨネーズを使ってみました。ドリアードの葉と合わせるには味が濃すぎるかと思われるのですが、いかがでしょう?」
「とっても美味しいです!」
「相変わらず参考になりませんね」
青い髪のメイドさんがため息つく。だって美味しいは美味しいもん。ふたつ並べてどっちが美味しいとか聞かれても選べないもん。どっちも美味しいよ?
【先程の腰を落として踵を上げる体勢の説明をしておこう。そのまま食べながら聞くとよい。ミルよ足が限界といったな?】
「うん、もう太股がね。また筋肉痛だね。はい、マティア、そこで目をきらーん、てしないで」
【それは太股の何処だ?】
「どこって、太股の前側がパンパン」
【裏側は?】
「裏側? えっと、反対側はそうでも無い、かな?」
【何故、同じ足で前側だけ疲れて裏側は元気なのだろうか?】
「それは、んー、ワカンナイ」
【同じ足で前だけ疲れるのも不公平だろう。次からは後ろの方も使ってやれ】
「それ、どうやって……、それが素振りの姿勢の理由?」
【身体の前側は視界に入ることもあり使いやすい。しかし、裏側は意識せねば使いにくい。太股の前側が先に疲れて使い物にならなくなり、それでも立たねばならないのであれば、元気なところから手伝ってもらうしかあるまい。この体勢で、太股の裏側の筋肉で立つこと、動くことを身体で憶えてもらう】
自分の足を手で触る。うん、足がちょい痛いのって太股の前だけなんだよね。反対側、太股の後ろってまだまだ元気そう。
【次からは今、ミルが触ってるところで立つことを意識してやってみよ】
「こっち側で立つとかって、感覚が解んない」
お茶を飲んで水分補給。太股の裏側をナデナデしつつ。そうか前だけ働かせて後ろはさぼってるのか。
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