第2話◇魔王殿宝物庫? ここが?


【――で? ミルライズラ。どうやってこの宝物庫に入ってきた?】

「どうやってって、同じことはたぶん2度とできないと思うけど」


 私は目の前の赤い鞘の剣に話しかける。剣と話すって、なんか変な感じ。顔も無くて目も無いから表情とか解んないし。


【この宝物庫には守護者を倒すか、守護者の許しが無ければ入れぬのだが。忍び込むなど不可能。ミルライズラにモーロックが倒せるとは思えぬし】

「忍び込むつもりは無かったんだけどね。ええと、セキさんだっけ?」

【セキで良い。ここに来る人間も珍しければ、我の呟きが聞こえるとは、なおのこと。ミルライズラに興味が出てきた】


「私もミルで。仲間はそう呼んでる」

【仲間がいるのか? ミルひとりしかおらんようだが?】

「そうなの。今は私ひとり。でー、仲間のところに戻りたいんだけど、ここってどうやったら出られるの?」

【そう言うということは、ここに入ってきた手段で外には出られないということか】

「できれば街に帰りたいんだけど」

【まずは話を聞かせよ。それ次第ではミルが地上に帰るのを手伝っても良い】

「そっか、じゃあ――」


 私はセキという剣の前で床に座る。えーと、どこから話そうかな?


「私達のいたパーティで初めて16層に行ったんだよね。私は職能シーフで、戦闘ではあんまり役に立たないけど罠とか鍵開け、あとは荷物持ちで」

【ミルはシーフか。何故シーフに?】

「私が成れるのってシーフかファイターだけで、力には自信無いからシーフの方がマシそうだったし。それで、16層でアイホーンに出くわしちゃって、皆で逃げたの」


【アイホーンから逃げるとは、貧弱なパーティだ】

「無茶言わないで。あんなでっかい角つき狼なんて無理だって。それにアイホーンが出るのは20層以下って聞いてたし」

【だが、アイホーンだろう? あれは歳経て大きくなるほどに強くなり2本角バイホーン3本角トライホーンとなる。トライホーンで大人、バイホーンで若者。1本角アイホーンなど子供のようなものだ】

「……その子供から私達は泣きながら逃げ惑ったの! でかいわ、強いわ、怖いわで、あんなの無理のムリムリ。で、逃げた先からはスケルトンウォリアーは出るし、ゴブリンシャーマンは出るし、煙玉で撹乱して逃げようとしたら、パーティは散り散りになっちゃうし」

【散々で残念な感じの敗走劇だ】


「ホントにねー。私、よく生きてたな。で、私はメッチ、同じパーティのクレリックね、彼女と逃げてたんだけど、後ろからしつこくアイホーンが追ってくるし、メッチは息切れして走るのが無理そうになってきて」

【絶体絶命というところか。どうやって切り抜けた?】

「私ひとりならまだ走れるから、メッチに小部屋に隠れてもらって、指笛吹いてアイホーンを引き付けて、囮になって走って逃げたの。メッチには追ってくるのがいなくなったら上層に逃げてもらうことにして」


【仲間の為に囮になったか。無謀なことをする】

「ふたりで逃げ続けるのも限界だったし、メッチがいればクレリックだから回復術があるから。私がメッチから敵を引き離して、追っかけて来るのをまいて、それで合流できれば生き残る目はあるかなー、と」

【逃げながらそれだけ考える頭はある、か。それとも命知らずか】

「他に思い付かなかっただけで、ずっと怖かったよ」


 メッチも他の皆も無事に逃げられたかなー? 1番やっかいなアイホーンは私を追いかけてたから、なんとかなってるといいけど。泣きながらヤケクソで、黒犬ワンちゃんのばーか、あーほ、まーぬーけー、って大声で喚きながら走ったから私を追っかけてきたんだろうけど。


【そうやってたったひとりで逃げて、それがどうしてここまで来た?】

「そのアイホーンに出会う前に、宝箱を見つけてたの。ただ、かかっている罠が厄介で開けずに放置してたんだ」

【シーフが見つけて放置するほど危険な罠となると、魔法絡みの罠か。石化の呪いか盲目の呪いといったところか】

転移罠テレポーター。最悪最低の罠だよ」


 迷宮で死んだとしても、パーティーが全滅せずに生き残った仲間が死体を地上に運べたら、神殿で蘇生できる見込みがある。費用も高くて、たまに失敗することもあるけど生き返ることは可能。

 だけど転移罠テレポーターはそれができない。何処に転移するか解らないから。


【その宝箱は解呪はできなかったのか?】

「ビショップが探知して転移罠テレポーターって解ったんだけど、『俺が解呪しようとしたら発動しそうで、怖くてヤダ』って」

【ならば、賢明か。宝箱の宝物の為に死ぬのも割りにあわんか】

転移罠テレポーターがついてるとなると、かなりのお宝なんじゃないかって、惜しかったけどね」


【しかし、そんな浅い階層に出るのか? 転移罠テレポーターの罠が?】

「珍しいけど、全く無いってことでも無いよ」

【そこにいたというアイホーン。そいつ宝箱の番人かもしれん】

「え? 宝箱のある部屋には何もいなかったけど?」

【腹が減って食事に出てたか、トイレにでも行ってたんじゃないか? ミルはその部屋から出たところで、その部屋に戻ろうとしてたアイホーンと鉢合わせしたんじゃないか?】

「……言われてみれば、そうかもしんない」


 あの階層には出てこないと聞いてたアイホーンがいた訳だし。あいつあの宝箱とセットだったのか?


「それで、アイホーンに追いかけ回されて、もうダメだっていうときにその宝箱のことを思い出したんだ。で、運を天に任せて宝箱を蹴っ飛ばした」

【随分と無茶をする】

「だって他に手が思い付かなかったし。転移先が海の中で溺れるとか、石の中で指1本動かせないまま、渇いて死ぬとか、苦しいのは無しでお願いしますって祈りながら」

【ひと思いに楽になれるとしたら、火山の中の溶岩の中、とかになるのか?】

「でも、できたら死にたくないので、そこんところひとつヨロシク女神様ー、と祈ってて、目が覚めたらここにいた」


【――く、くくくく】

「なに? おもしろかった? こっちは死ぬ思いだったんだけど」

【くはは、とんでもない運の持ち主だ、ミルは】

「私もそう思う。転移罠テレポーターに引っ掛かった探索者の話なんて、ろくでもない話しか聞いたこと無いし」


 生き残った人の話を聞いても、空中に投げ出されて森に落ちて骨折して、帰ってくるのに3ヶ月かかったりとか。


【この宝物庫には転移でも入り込めないように魔法で守られている。狙ってここに転移することは魔法でも不可能。それが転移先がランダムで指定されない転移罠テレポーターであれば、百層大冥宮の最深部。地の底深き『魔王殿宝物庫』に出ることも、可能性としてゼロでは無いか】


 へー、ここって魔王殿宝物庫って言うんだ。


 ……?


「セキ、今、なんて言った?」

【可能性としてゼロでは無いか、くふふふふ】

「なんで笑ってんの。じゃ無くてその前」

【地の底深き『魔王殿宝物庫』、くくく】

「ここってかつての魔王の縁のあるとこなんだ。魔王のお宝ってことなら、どうりで凄そうなものばかりあるわけだよ。で、その前のとこ」

【百層大冥宮の最深部】


 ……百層大冥宮の、最深部?


【ちなみに、ここはかつての魔王の居城たるダンジョンの地下百層。魔王殿の最奥。さて、ミルよ】

「なに?」

【16層で泣いて逃げ出すシーフが、たったひとりでどうやって地上に帰るつもりか?】

「え?」


 百層大冥宮。かつて魔王が君臨し地上に侵攻したときの居城にして砦、魔族の住まう王都にして迷宮。


 120年前に勇者が魔王を倒して、闇に属する者は全て地の底に封じられた。

 地上は人間と光に属する種族の物となった。地上に魔族、魔獣が現れることはほとんど無くなった。稀に現れることはあっても地上の光の加護の中で弱体し、かつての魔王がいた頃ほどの脅威は無くなった。

 しかし、力を失った者達は滅びた訳ではない。光の加護の届かぬ地の中に今も生きている。

 そのひとつがこの百層大冥宮。地下深くに下りれば下りる程に光の加護は遠くなり、凶悪な獰猛な、魔族、魔獣が彷徨く。

 深き闇より湧き出すように魔物が産まれる、それがダンジョン。

 

 百層大冥宮の魔の者達を滅ばさんと腕に憶えのある強者が集い、迷宮の攻略を行う。迷宮から出る財宝、魔石を目当てに探索者が集まり、独自の街を作り上げる。

 魔王が勇者に倒されてから、120年。未だに勇者以外に百層大冥宮を攻略した者はいない。

 ダンジョンの上に立てられた街は人の欲を糧に大きくなり、様々な国の人が、光の加護を受ける種族が集う、ごちゃごちゃとした賑やかな街となる。


 私が育った孤児院のユマニテ先生が教えてくれた、迷宮の街ルワザールの成り立ち。探索者が一攫千金狙って迷宮に潜り、そこから持ってくるもので賑わう街。

 今のとこ、一流の探索者が集まった3つのギルドが50層攻略してるというところで、120年前の勇者はどんだけ凄かったのか。ホントに人間だったのか。


 で、私はこの街の探索者。ひよっこシーフ、14歳。この歳で16層まで行ったというのはそこそこだと思うけど。シーフで戦闘もイマイチで魔術も使えないけど、身の軽さと逃げ足はそれなりにあるつもり。

 でも、6人でパーティ組んで16層だからね。ソロ攻略なんて無理のムリムリ。ひとりで探索なんて、それどんな罰ゲーム? て、いうか刑罰? 鍵開けのできる荷物運びに何ができるってーの。

 それが、ソロで地下百層から地上に帰る?


 え? どうやって? これ、どーすんの?


【外に出れば、宝物庫の番人が勝手に入り込んだ盗人を見つけて怒るか。くくくくく】

「番人って、どんな人? 優しい人だといいなー」

【そうだな。トライホーンなら一口で食べるような奴だ】

「えー? まさかー」

【宝物庫の番人にして百層『深淵の城』の階層守護者。カオスドラゴンのモーロック。あやつの許し無くこの宝物庫に入った者はおらん】


 くらりと目眩がする。ドラゴン? うっそー?


「ぬぬぬ、盗人じゃ無いよー。だって何も盗ってないもん」


 盗ろうとしたけど取れなかったし。だからまだ盗んでませんもん。


【守護する宝物庫に人が勝手に入ったということで、あやつのプライドはズタズタか。魔王への忠誠心篤く、魔王より預かりし宝物庫を汚されたと知れば、怒り狂うこと間違い無しよ】


 聞いて、目眩がひどくなって、パタリコ、と、地面に倒れる。床が冷たいなー。怒り狂うドラゴン? なんでドラゴン? あぎゃー?


「ま、まぁ、ドラゴンって言ってもいろいろいるよね。話は通じるのかな? 言い訳聞いてもらえるかな?」


 ワイバーンやヒドラもドラゴンの仲間だって言うし。ドラゴンの中にはなんか属性ってのを身に宿して長く生きて、人間より賢いのもかつては地上にいたっていうし。言葉が解って話ができるといいかなー。優しいドラゴンさんだといいなー。


【あやつはドラゴンの中でも珍しいか。全ての属性をその身に宿し、故に混沌カオスドラゴンという。我はモーロックより強く恐ろしいドラゴンを知らん。ミルよ、百層大冥宮の下層をなんだと思っている? そは魔王の近衛とも呼ぶべき実力者達の住むところよ】


 私、死ななかったけど、ここから生きて帰れないみたい。

 ちーん。

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