第4話◇魔刀の仮の主に、お腹空いたなあ


「手を伸ばせって、この水晶の柱は? 開くの? 確か番人を倒さないとダメとかって」

【我は特別よ。なんだ? 我の助力がいらんのか?】

「いるます! いるますです!」


 かつての魔王の愛剣なんていうトンデモ武器があれば、地上に帰れるかもしれない。機嫌を損ねる前に手を伸ばせ。


「あ?」


 青い水晶の柱の中に、手が入る。入った。水晶の表面に波紋が広がっていく。そのまま手を伸ばして、セキ、赤い鞘の剣に触れる。さわれちゃった。このまま掴んでそっと引っ張る。

 あっさりと水晶から出てきた。水の中から出てくるみたいに。


【我が使い手と認めた者ならば、我に触れることを許す。ということだ。とはいえ、仮の主だがな】

「仮でもいいよ。よーし、これで地上が見えてきたー!」

【気が早い。では注意事項だ】

「は?」

【この魅刀赤姫、ミルライズラに我を使うことを許す。が、我の認めぬ他の者が触れることを許さぬ。地上に帰れたとして、我を売り払ってもミル以外は誰にも使えぬし、我も沈黙するので、喋る剣、意志もつ剣と解る者は誰もいないだろうよ】

「売らないよ、売りませんよー」


 ちらっと考えてたから、ドッキリしたけど。


【ミルが地上に帰れたときには、我に地上を案内せよ。どうだ?】

「それぐらいなら。うけたまわりぃ」

【ならば契りを交わそう。我を抜け】

「うん」


 左手に鞘を握って右手で柄を握る。引くとカチリと音がして、鞘から剣が抜ける。抜いた剣を立ててその刃を見る。


「……うっわぁ」


 驚いた。鏡のように磨きあげた鋼色は薄く赤い光を放つようで、見てると魂が吸い込まれていきそう。

 片刃の反りのある細いサーベルのような剣は、濡れたように輝いて、見た目より少し重い。刃先からは銀の光の雫が、涙のように溢れるみたいに煌めいて。


「……こんな綺麗な剣、初めて見た」

【む、綺麗という言葉は、あまり好かん】

「え?」

【綺麗というのは、ただ、整っているだけ、とも聞こえる。我を表現するならば、美しい、又は、麗しい、ではないか?】

「えっと、ゴメン。その違いが解んない。でも、セキは美しいね。こんな剣は見たこと無いよ」

【そうであろうよ。ふむ、素朴な賛辞も悪くはない】

「詩人ならいろいろ言えるんだろーね。私、学が無いから、凄い、と、綺麗、じゃなくて、美しいとかしか言えないよ。セキはメッチャ美しい。見蕩れちゃう剣だ」

【我は刀よ】

「カタナ?」

【なんだ? 刀を知らんのか?】

「聞いたこと無い」

【地上では喪われたか? もともと、刀術はマイナーな流派ではあったが。消えてしまったのか……。これもあの女神の影響か?】

「剣とカタナって違うの?」

【刀とは剣の1種よ。サーベルもエストックもソードも剣と言うだろう】

「あ、そういう違いね」


【では、ミルライズラよ。我が身に汝の血を垂らせ】

「え? ちょっとセキさん? 急に何を言い出してんの?」

【契りを交わすと言ったろう? 我が刀身にミルの血を吸わせ、主の血の味を憶えさせるのだ。……どうした? 半目になっておるぞ】

「いやー、その、ね。1度鞘から抜くと、血を吸わずには納まらない呪われた魔剣とか、そういう話を思い出して。セキはそういうのじゃ、無いよねー?」

【剣とは、武器とは、そのような1面を持つ物だろうに。怖くなったか?】

「怖くないよ。セキは怖くないよー。血だね」


 ホントはちょっと怖いけど、でもこれでセキが使えるようになるってのなら、やるしかない。この剣、じゃなくて、カタナがどこまで使えるのか、役に立つのか解らないけど、頼ることに決めた。魔王の愛剣だったってことなら、すごく強そうだし。魔王の近衛ってのならセキが話をつけてくれるかも、なんて期待して。

 それに役に立たなかったとしても、お喋りの相手にはなってくれそうだし。地の底深くでひとり寂しく死んでいく、というのは、セキと一緒だと無さそうだし。


 片ヒザ立ててしゃがむ。左手の赤い鞘を地面にそっと置く。膝をついた左の太股の上にセキを、鏡のように煌めく刀を置く。右手で回して刃を上にして。

 左の手のひらを、そのセキの刃に当てて。

 痛いかなー? 痛いのやだな。

 でも、ここは度胸1発。やるときはやるのがこの私だい。


「えいや!」

【あ、この、おばか】

「え? あっつ!!」


 いたあ! 左の手のひらを刃に押して当てて、ふんぬって気合い入れて動かしたら。

 焼けた金属を押し付けられたみたいな熱さを手のひらに感じて。

 左の手のひらが、ザックリと切れて血がだばだばーと、出て、る。


「ちょ、えー? いったー! なんでこんな深く切れてるの?」

【力を入れすぎだ、このおばか。血はちょっとだけでいいのに】

「そんなに力は入れて無いんだけど。うわぉ、血が止まんない」

【我の切れ味を只の剣と同じと思うなよ】

「セキなら私のナイフよりよく切れるね。と、そういうことは先に注意してくれないかなぁ。うう、痛ーい」

【注意する前にミルがやらかしたのだが。そのまま手を動かすなよ。うーむ、こういうのも久しぶりだ。命の流れ、乱れることなく甦れ、萌ゆる如く、“再生リジェネ”】


 手のひらが暖かくなる。血が止まる。タオル、はリュックの中でリュックは無くしたんだった。仕方無いんでズボンで手についた血を擦る。もう痛くない。痛くないけど切ったとこがなんかジンジンする。


【どうだ?】

「治った! 凄いよセキ。治癒の魔術も使えるんだ!」


 魔術が使える魔剣、こりゃ凄い。ケガしたら治してくれる剣なんて。流石は魔王の愛剣、とんでもないね。


【魔術では無く魔法で、治癒ヒールでは無く再生リジェネなんだが。それと、我は刀術が専門で魔法は苦手でたいしたことはできん。そっちは期待するなよ】

「え、これできて苦手って言うの?」

【この程度ならできる者はゴロゴロいるだろうに】


 クレリックとかビショップならできるけどさ。剣ができるってのは凄くない?

 セキの刀身についた私の血も拭おうとして。


「こんなに切れ味鋭いと、下手したら自分も切っちゃいそうだね」

【扱いには気をつけろよ】

「うん。流石、魔剣。切れ味鋭い剣は刃が欠けやすいって聞くけど、セキならその心配も無いよね」


 適当な布が無いから服の袖でセキを拭う。切らないように気をつけて。うー、ズボンも服も自分の血で汚れた。探索者の服なんていろんなもので汚れるもんだけどさ。


【我が、というより刀とは斬撃の為の剣なのだが。こら、刃を鞘にしまうときはもっと丁寧にしろ。鞘口が刃先で傷むであろうが】

「ゴメン。えーと、こう?」

【そう、峰に指を添えて、刃先が入ったら刀身を動かさないようにして、鞘から迎えにいく。カッコつけて音高く鳴らして乱暴に納刀したら許さんぞ】

「ハイ、気をつけます」


【剣帯が無いと不便だの】


 セキに案内されて水晶の柱の中を歩く。ベルトのあるコーナーでセキが、


【これが良いか。魅刀赤姫の名において命ず。出ろ】


 と、言えば水晶の柱から黒いベルトが出てくる。


「あれ、セキが言えば出てくるの? だったら他のお宝も」

【欲をかけば番人に殺されるぞ?】

「我慢します」


 残念。だけど命には代えられないか。黒いベルトをセキに言われるままにズボンの上から巻く。なんか長いと思ったら腰のとこで3週回して絞める剣帯なんだって。

 その剣帯にひっかけるようにセキの赤い鞘を差し込む。


【逆だ、逆。刃が上を向くように差すのだ】

「そうなの? こう?」

【そうだ、それでいい。馬に乗るときなどは刃を下にすることもあるが、すぐに抜くには刃を上にする。憶えておけ】

「私、ショートソードとナイフしか使ってなくて、長い剣って解んないんだよね」

【仲間はロングソードとか使って無かったのか?】

「使ってたし戦ってるとこも見てたよ。だけどカタナを持ってる人は誰もいなかったから」

【と、なるとそこから仕込まねばならんか】


 剣帯をキュッと締めたらなんだか気持ちも引き締まる。黒い剣帯をポンと叩く。これ何の布と革でできてるんだろ。素材が解んない。

 ただ、剣帯を締めたせいでお腹が押されて。


 くーーーー、


 と、お腹が鳴る。うん、お腹空いてきた。


【先ずは食べる物か? では、宝物庫を出るとしよう】

「番人ってのはどうするの?」

【我に任せよ】

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