第46話◇我が一閃に斬れぬもの無し


 建物が倒れそうな大揺れ。窓のガラスが次々と割れる。真下から大きく突き上げるような震動。窓の外を見れば、地面が割れ土砂が真上に吹っ飛んで、できた大穴から巨大な黒いモノが翼を翻して飛び出して来た。


 ……て、モーロックおじーちゃん? なにやってんの? 街が、家が倒れてるよ? え?

 部屋の中はおじさん達が、地震で悲鳴を上げて、窓の外を、黒いドラゴンを見て喚いてる。


「なんだ? 何事だ?」

「街に大穴が! あれは、ドラゴン?」

「地下からドラゴンが?」

「神よ! 光の女神よ!」

「バカな! 何故、魔物が地上に!」


 周りが騒げば騒ぐほどに、なんだか冷静になっていく。みんな驚いてるけど、私には五年と見慣れた修練相手のおじーちゃんだからね。


「ちょっと、セキ、これどういうこと?」

【保険を用意しておいたのよ。それに百層のことをミルひとりに任せるのも、悪かろう。おお、こっちだモーロック。こちらに来い】

「こっちに来いって」


 窓の外、通りのところに二階の窓からも見上げる巨体。黒い鱗を煌めかせておじーちゃんがズドオオオオン! と着地する。

 部屋の中のおじさん達が、うひゃああああ、と情けない悲鳴をあげる。

 角度によって色を変えるおじーちゃんの瞳が、一瞬こちらを見る。えっと、何をするつもり?


【よく来たモーロック。さて、いつのまにやらミルに敗北してた気分はどうよ? ……、くくく、だから呼んだのよ。光の女神の加護はどうだ? ……、それならたいしたことはあるまい。では、百層の未来を守るために、モーロックよ、芝居を打て。……、何? 演技は苦手? ……己の技にカッコいい名前をつけて酔っておる者が何を言っておる? ……、我の頼みが聞けんとでも? いいから、やれ】


 モーロックは思念話を使ってるのか、モーロックが何を言ってるか聞こえない。だけどセキ、やれって。


「セキ、おじーちゃんに何をやらせる気?」

【見ておれば解るのよ】


 窓の外にはアチコチを見回して、何かを探しているようなおじーちゃん。

 部屋の中では、総大将に剣を向けたおにいさんが私に聞いてくる。


「あ、あのドラゴンは、なんだ?」

「なんだって言われても、ドラゴンでしょ?」

「地上のドラゴンは、勇者が120年前に滅ぼしたはずじゃないのか?」

「地上ではね。でもほら、地下から出てきたから」


 おじーちゃんは首を回してアチコチ見てたけど、首をそらして咆哮を上げる。


「何処へ隠れた! 盗人がぁ! 出てこい!」


「ド、ドラゴンが、喋った……」

「長生きしてるドラゴンは言葉を話せるよ」


「この魔王様が一の家臣! カオスドラゴンのモーロックが! 貴様を八つ裂きにしてくれるわ!!」


「ま、魔王の、家臣?」

「120年前に魔王様を背中に乗せて飛んでたんだって」

「……カオスドラゴン、とは?」

「全ての属性をその身に宿す、混沌のカオスドラゴン。なんでもドラゴンの中で最強らしいよ?」

「なんだよそりゃあ?」


 窓の外のおじーちゃんは大声で。


「我らが至宝! 魔王様の愛刀『魅刀赤姫』を汚したその罪! 万死に価するわ! 出てこいコソ泥!!」


「ま、魔王の愛刀?」

「これのことかな?」


 おにいさんに見えるようにセキを持ち上げる。キラリと銀の光を反射するセキ。ほら、美しいでしょ。


「お、お前は、いったい?」

「おにいさんは、他の人連れてさっさと撤退してね」


 うん、何をしたいか解った。というかおじーちゃん、光の女神の加護で身体が辛いんじゃ無いの? あんまり無理させないようにしないと。

 割れた窓に近づいて、と。あ、こっち見たおじーちゃんと目があった。慌てて部屋の窓の反対側に。へたりと座ってる総大将も襟首引きずって部屋の奥に。


「みんな窓から離れてー」

「そこか盗人! 黒爪貫手!」


 おじーちゃんの、大きな黒い手が爪を伸ばして抜き手で二階の窓を貫く。ズガゴンと屋敷が揺れる。目の前には壁を貫くドラゴンの爪。カラカラと屋根の欠片が降ってくる。ひゃあ、とか、ひええ、とか悲鳴を上げる部屋の人達。おじーちゃん無茶しないで。今のちょっと危なかったよ。


「早く逃げないと、あのドラゴンにプチッとされるよー」


 おじさん達に一声かけて、ドラゴンの手に乗りその上を走って屋敷の外へ。おじーちゃんの腕の上を走る。鞘を左手で持って折れないように引いてジャンプ、地面に着地、転がって立つ。目の前にはズンと立つモーロック。


「見つけたぞ! 我らが至宝を盗み出した盗人め! その命で罪を購え!」

【演技は苦手と言うた割りにはノリノリではないか】

「そうだね。おじーちゃん、楽しそうだね」

「死ね! ドラゴンCCC、黒斧震脚!」

「ただの踏みつけじゃない?」


 言いながらセキを鞘に納めて走って逃げる。振り上げたドラゴンの脚が屋敷の庭を踏みつけてメチャメチャに。


【逃げながら街を壊して、兵士の逃げる理由を作ってやれ】

「ついでに百層は怖いぞってアピールするの?」

「ドラゴンCCC テールウィップ!」


 ドラゴンの尻尾がブオンと飛んで来るので、ジャンプして尻尾に手をついて側転。振り回した尻尾が向こうの武器屋さんと花屋さんをぶっ潰す。わお。

 走って逃げる。おじーちゃんが追いかける。やってることはおじーちゃんとの修練と同じ。でも最下層の闘技場と違って、建物があるから逃げにくい。そして回避する度に破裂するように壊れていく家屋。


「滅殺張り手!」

「宿屋さんの屋根がー!」

「黒刃掃足!」

「両替所が! 探索者ギルドが!」

「エルボースタンプ!」

「神殿が! 今のは最初から狙ってたよね?」

「テールバスター!」

「パン屋さんが! 古着屋さんが!」


 街の中がボッコボコだよ。これはやり過ぎなんじゃない?


【家が壊れるのと、人が壊れるのと、どちらがマシであろ?】

「家ですね。悩むまでもなく。おっとー!」

「家屋両断脚!」

「あれ? 技名がおかしい?」


 走って跳んで、周りを見て、口を開けてポカーンとしてる兵士がいたら声をかける。


「早く逃げないと死んじゃうよー!」

「うわああああああ!?」

「来るな! こっち来るな!」

「俺達を巻き込むなー!」


 あっちこっちがボロボロになっていく。五年前の記憶とは少し変わったけど、見覚えのある街が壊れてく。なるべく、ひだまり孤児院から離れよう。


「えぇい! チョコマカと逃げおって! ぬああああ!」


 おじーちゃんが左の拳を左の腰に。右手を開いて上に向ける。何その構え? その構えと関係無く頭の黄金の角がバチバチと青白い光を、それは不味い! 通りに落ちてる槍を拾って構える。黄金の角から光が上に伸びて、それを見てタイミングを合わせて槍を真上に投げる。


「食らえ! 黄金の滝雷!!」


 槍を投げて姿勢を低く。辺りに雷が落ちて踊り狂う。雷が何処に落ちるか完全には解らないから、上に槍を投げて雷を逸らして安全地帯を作ってと。


「おじーちゃん、ハッスルしすぎ」


 ドガビシャバリンとあっちこっちに雷が落ちる。


「だけど、昔に見たのよりも激しく無い? 手加減してるの? それとも光の加護のせい?」

【両方だの。それに範囲を広くして辺りを壊す気であろ】


 そしておじーちゃんのハッスルは止まらない。


「ふんっ! 視線の光槍!!」


 ドラゴンの目からはバシュンと光の槍が、当たったところがジュワーと溶けてる。それを目からバシュン、バシュバシュン、と。


「おじーちゃん、はしゃぎ過ぎなんじゃないの?」

【興が乗ってきたかの? 好き放題壊せて楽しんどるのかの?】


 うん、モーロックのおじーちゃんの出てきた大穴の周りが壊滅状態だ。あ、あの瓦礫は昔に使ってた低料金宿屋、『うまごや』のあったとこだ。あの頃はお世話になりました。

 兵士の方は逃げたのか、ここからは離れたのか、周りからは姿が見えなくなった。それじゃそろそろ終わりかな? キョロキョロ見回していたら、総大将に剣を向けたおにいさんがいた。


「ちょっと、そこのおにいさん。早く逃げた方が」


 おにいさんはちょっとキレ気味で。


「俺ぁ、これでも上官なんだよ! 全員待避できたか最後まで見てないといかんのよ!」

「損な役回りだね」

「こんなことなら軍勤めなんざ、しなきゃ良かった。だいたいお前はなんなんだよ? あのバケモノに追い回されて、街がこんなんなって、それなのになんでお前は無傷でぴんぴんしてんだよ?」

「それは、ちゃんと鍛えたから?」

「はぁ!? 鍛えてどうにかなるか!?」


 お喋りしてたら背後からおじーちゃんの声が、


「追い詰めたぞ! 小娘!」

「あ、しまった」

「我らが至宝を盗み出したことを後悔させてやろう!」


 振り向いたところ、正面にモーロックがいる。一歩前に出ておにいさんを後ろに庇う。おにいさんはモーロックを見て声が震えてる。


「お、お前、お宝返したら、見逃して貰えたり、とか」

「ヤだよ。これは私のだもん」


 ズン! と足音、モーロックが足を軽く開いて腰を落として立つ。


「魔王様の愛刀は取り返す。そして盗人はけして許さぬ。ワシの最強の技で骨も残さず焼き尽くしてくれるわ!」


 モーロックが両手を顔の前でクロスする。そこから両手を大きく開き、上を向いて息を吸う。バッテンキズのある胸が膨らむ。


 おじーちゃん、ここであれをやれって? ちら、と後ろを見るとさっきのおにいさんが覚悟を決めたような顔してる。上手く出来ないと、私だけじゃ無くてこの人も死ぬ。

 でも、おじーちゃんは私にできそうとでも思ってるのか、やってみせろと目がキラキラしてる。ま、私も今は、なんかできそうな気がしてる。

 左の腰のセキを抜く。


【ミル、これができたなら、真の主と認めてやろう】

「それは素敵なご褒美だ。よし、やろう」

 

 辺りに銀輝を差す鏡鋼の刀、魅刀赤姫。両手で支え、左足前に構えて前を見る。高く天を衝く構えの大上段。そのまま身体の力を抜く。抜いて己の身を探る。これまでの修練で鍛えたこの身の全て。そこにある身を深く感じて。

 これからするのは唯ひとつ。セキを真っ直ぐに振り下ろす。ただそれだけ。それをするのに私の身体の全てを使う。

 引っ込み思案な筋肉も、今は力を出して。いつもは隣の骨に任せて怠ける子も、これから出番だよ。

 天から地へと落ちる真っ直ぐな線。そこを通す、セキの一閃。


「――我が、一閃に――」


 モーロックが顔を下ろす。口が開いて赤黒い炎が見える。


「これぞ、黒禍の炎舞!!」


 吹き荒れる黒炎の暴流。その炎に重ねる縦一直線。

 我が身の全て、この為に。全肉全骨全血全気、ひとつ残さず余さず全てを、ただひとつの動作に。それができてこその、全身全霊。

 全てを使えばそれ以外には、何も、無し。

 ただ天地を繋ぐ一閃を描く。それ以外には、何も、無し。

 セキを上から下に降ろす。それ以外には、何も、無し。

 故に、


「――斬れぬもの――――」


 セキの刀身が、切っ先が、どこまでも遠く遠く伸びていくような。その切っ先を遥か彼方へと、地平のさきへと届かせるように。描く、なぞる、垂の線。天地貫くひとつの閃。

 

 左の膝を地に着き、顔は伏せ、両手が地面に触れそうなところまで、セキを振り下ろした姿勢。

 二つに分かれた炎の吐息、赤と黒が渦巻く炎壁が、私の右と私の左に。二つに絶たれた炎流のはざまで。


「――これぞ、ブレス斬り」

【見事也】


 息を吸って、深く吐く。ふう、やってみればできるものなんだね。初めて見てからできるまでに五年かかったけれど。ここまでできるようになった。やっぱりセキが教えるの上手なんだろうな。ありがとう、セキ。


「あ、あぁ?」


 私の背後から、おにいさんの口から漏れる音と、尻餅を着く音が聞こえた。



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