第27話◇マティアが石化! 最悪の悪魔!


 石になったマティアは何も言わない。触って倒して割れてしまうと、もとに戻せないかもしれない。私を守ろうとして静かになった。喋らないメイド服を着た石像のマティア。明るくてちょっとやらしいけど、いつも側にいて私を元気にしてくれる吸血鬼のメイドさん。


 そしてマティアを石にしたむかつくピエロは座ったまま、人をバカにするようなニヤニヤ笑いで、握手しようと手を伸ばしてワキワキさせてる。

 こいつ、このまま蹴ってやろうかとも思うけれど、落ち着け、私。ふー。


「本当にマティアをもとに戻してくれるの?」

「さっきも言ったけれど、このメイドちゃんの石化は解くよ。これは、する」


 わざわざ約束の部分だけやたらと強調して。


【ミル、少しは落ち着いたか?】

「うん、頭にはきてるけど、セキはこいつのこと知ってるんでしょ? どういう奴なの?」

【人をイラつかせて楽しむような道化だ。悪ふざけが過ぎるが、意外と底意は悪くない】


「セキ様、僕は誉められるよりも貶される方が好きなので、いい人のように紹介するのはやめてくださる? お尻が痒くなっちゃうの」


【この道化が仮面を外して約束と口にしたことは、違えたことはまず無い。それ以外は信用ならんが】

「そうそう、そんな感じで冷たくあしらって罵って欲しいです」

【道化が約束を守れなかったのはただ一度のみ。こやつが石化を解くと約束したならば、マティアは必ずもとに戻る】


 ピエロを見るとセキの言葉に項垂れている。なんだ? さっきまで調子良さそうにヘラヘラしてたのに。いきなりしょんぼりしてる?


「セキ様には、その、申し訳無い」

【道化のせいでは無い。気にするな】


 ……なんだか、シーンとしちゃった。いきなりしんみりしちゃった。そりゃ、私にはセキの過去のこととか解んないし、セキとフェスがたまにこんな空気になることあるけど。このピエロもセキの過去と何かあったみたいだけど。こうなると私はどうしていいかワカンナイ。

 うーん、このピエロ、私にというよりはセキに会いたかったんじゃ無いかな? フェスに来るなって言われてて、それでも強引に来たってことで。マティアを石にするのはやり過ぎと思うけど。

 しばらく見てるとピエロが顔を上げる。仮面を外せば何処にでもいそうな軽そうな男の顔。


「そんな訳で僕はセキ様には頭が上がらない。そのセキ様の新しい主であるお嬢様に、一目ご尊顔を拝し奉りたかった訳でござい。セキ様とその主様には僕にしては珍しく敬意を感じているから、こうして仮面を外しているんだよ」

「そのためにマティアを石にするの?」

「僕は九十九層から入場拒否の出禁の身だから」

「そりゃそうでしょうね。なんか解る」

「あっはぁ、冷たい目で見られてたまんない」


 うん、まともに相手しちゃダメな人かも。でも、長い白旗持ちの道化って。


「ひとつ教えて。もしかして、あんた、『フラッグ』?」

「あらあらあら、出てきちゃったよ僕の黒歴史。恥ずかしいわ、もうやだ。昔のヤンチャって今でも地上に残ってるの? それじゃ僕、お外に出られない。どうしましょ?」


 うーわ、本物か。こいつが最悪の悪魔『フラッグ』か。うん、頭に来てかかっていかなくて良かった。こいつ、120年前の聖魔大戦で勇者を苦しめたってお話しに残ってる、魔王の軍の悪魔じゃん。


「だけど、僕の話しも聞いてくれる? あの頃、僕は魔王様にこっちに呼ばれて闇の軍勢にいたんだけど、こっちのこととかよく解ってなかったの。戦働きで魔王様に喜んで貰おうって僕、張り切っちゃってさ。僕の愛用の武器、白旗を掲げて光の軍勢と戦ったのよ。まさかこっちでは白旗を掲げるってのが降伏のサインだってゼンゼン知らなくてさ。ほら、僕って田舎もんだから。あ、それでね、これは僕の田舎の方言なんだけどね、『コウフクスルー』って、今日も一日ガンバローって意味なの。僕の田舎じゃそう言うんだよ。それで僕は光の軍勢の中に突撃して、白旗振り回してコウフクスルー、コウフクスルー、って叫びながら光の軍勢を千切っては投げ、千切っては投げてと頑張っちゃった。活躍しようと張り切っちゃってまぁ。今、思い出すと恥ずかしいね。いや、怖いね、風習の違いとか言葉の壁って」


「うん、そういうのが光の軍勢を苦しめた悪魔って、地上の勇者物語に出てくるよ。あの手この手で酷いことをする最悪の悪魔ってなってる」

「ちょっともうやめてよ。若気のいたりを百年以上も語り伝えないで。ちょっとやり過ぎたかもなってちょっぴりは反省したつもりではあるから」


 なんだか解った。このピエロはそういう悪魔なんだ。うん、私もその場に座る。


「じゃ、さっさとお話し終わらせよう。そしてマティアを戻して」

「おや、怒ってたんじゃないの?」

「他のメイドのお姉さんが来る前に、お話ししたいんじゃ無いの? 見つかって追い出される前に」

「あらま、流石はセキ様の認めた主様。ご尊名お伺いしてよろしい?」


「ミル。ミルライズラ。ミルって呼んで」

「僕はケールカルキルクルコルロルス。九十七層、『最も深いサーカス会場』で団長を務めております悪魔でござい。省略しないでフルネームで呼んで」

「け? ケールカルキルクルコルス?」

「惜しい! ケールカルキルクルコルロルス」

【ミル、この道化にまともに付き合うでない。切りが無い】

「あっはぁ、バッサリ。ではミルちん、今後ともよろしく」

「ちょっと、ミルちんはやめてよ」

「可愛いでしょ? ミルちん」

「それだと私が男の股間を見る子みたいじゃない」

「お……?」


 あれ? 止まった? どしたの? 見るチンはやだよ。私だって女の子なんだからね。ここの下層の男ってデリカシーってものが無いの?


「と、しまった。この僕が言葉を止められるなんて。見かけに寄らずエッチな子? だけど、見たいんなら仕方無いな。僕、自信無いんだけど」

「いきなり立ち上がって、何を? なんでズボンに手をかけてんの? ちょっと、え?」

「だって見たいんでしょ? ほら!」

「ひゃあー!」


 慌てて両手で目を隠す! やだ見せるな! 何を考えてんの、このピエロ! 孤児院でちっちゃい子のオムツ代えたときとか見たことあるけど、大人のはー! まだ見たことないから、興味は、ちょっとだけ指の隙間からチラリ。

 あ、赤い? 赤いのが出て大きく膨らんで! え? あんなに大きくなるの? どんどん大きくなって! まだ膨らむの!? ピエロが手でプチっとちぎって!? ええー!? ちぎれるの!? 男の人のってちぎれちゃうの!?


「はい、どうぞ」

「て、風船じゃ無い! ただの赤い風船! そんなとこから出した風船なんていらない!」


「あっはぁ、素敵な反応、可愛いねミルちん」

「そんなことしてるからフェスに来るなって言われてんじゃないの?」

「ときには僕みたいなのも必要な時があるのさ。嫌われ者ってのがね。じゃ、本題。ミルちんは本気で地上に帰りたい?」

「それはもちろん」

「ここに来てひと月くらい? どれくらい強くなった? ひとりで地上に行けるのは何年後の予定?」

「何、を、」

「セキ様の刀術を身につけたらスゴイかもね。でも、できると思う? ただの人間の女の子に? できるとしてそれはいつ? 何年後? 何十年後?」

「……ホントにやな奴。それ聞いてどうするの?」


「こういうの嫌われ者の僕くらいしか、訊ねるのがいないんじゃない? そしてセキ様。セキ様はどうしてミルちんに刀術を教えに?」

【道化、その答を我から聞きたいか?】

「もはや地上に刀術は無く、魔王様無き今、刀術を識るのはセキ様だけ。失われることを嘆いて、女の子に伝授する? 迷い込んだ女の子を地下に閉じ込めて、もはや地上では役に立たないと、消えた刀術を教えてどうするの?」


【刀術が失われるならば、それはそれで構わぬ、と思っておったがの】

「ミルちんに素質があっても、刀術そのものがもはや世界から必要とはされて無いんだよ。それはここにいる僕たちと同じようなものでしょ? それをなんで今更。未練? その未練の為にミルちんを犠牲にするの?」

【我は――】

「うっさい! ケルたんは!」

「ケ、ケ、ケルたん?」


 もう我慢できない、このシマシマピエロ!


「私は犠牲でもなんでも無い! 私が強くなりたいってセキに言ったんだ! それでセキが私に刀術を教えてくれるんだ! ケルたんには何も関係無い!」

「関係は無いけど、忠告をね」

「そんな忠告いらない! セキの未練? その未練で私に刀術教えてくれるんなら、私にはありがとうだよ! 地上では消えた? それがなに? 消えてなんか無い! 私が見てる! 私が憶えてる! 私の身体でドラゴンを相手にしたセキを、私がいちばん近くで見たんだもの!」


「ミルちんひとりが憶えていてもね」

「地上に戻れたら、みんなに教えるんだ。ドラゴンを相手にひとりで戦った刀術師の話を。ユマニテ先生に、孤児院のみんなに、メッチにパーティの皆に、酒場で呑んだ暮れてる探索者のおっちゃんに、皆にセキのことを話すんだ。これで覚えてるのは私だけじゃ無くなるし。だいたい僕たちと同じって何? ケルたんとセキの刀術が同じ? だったら忘れられないよ。いまだに『言うこと聞かない悪い子は、悪魔『フラッグ』に連れて行かれるぞ』って言われてんだから」

「え? 僕、地上でそんな扱い?」


「私が簡単に地上に戻れないことは、私が解ってる。他の階層では人間ってだけで恨んでるのもいるって、そりゃそうだよね。かつての闇の軍勢、魔王軍だもんね」

「ここはかつての敗残兵の溜まり場だからね。ミルちんがセキ様の主でなければ、とっくに死んでるところだよ。ここのみんながフェスティマみたいって思わない方がいい」


「何? 結局ケルたんは何を言いに来たの?」

「まぁ、言いたいことは言ったけどね。なんというかセキ様、この子が主でいいの?」

【道化、お前の苦手なタイプであろ】

「確かにね。何か解ったような気になってるおばかな子って苦手なんだよね。しかもその何かってのが理屈を越えて正解だったりすると僕の手に負えない。だけど、ミルちんが本気で刀術をセキ様から学ぶっていうのなら、僕からもひとつお手伝いさせていただきます」

【道化、忠告、痛み入る】

「やだもう、セキ様ったら。僕のことはもっと虫けらみたいに罵ってよ」


 ケルたんが顔に仮面を被る。口を開けて笑う仮面で顔を隠す。手を振るとその手に長い柄の白い旗が現れる。テコテコ歩いて、旗を石になったマティアに被せる。


「約束だけは守るんだ僕ってば、それ以外は破ってばっかりだけど。種も仕掛けも御座いません。だってこれは呪いでござい。スリー、ツー、ワン、ゼロ!」


 ピエロが白旗を振り上げると、マティアがペタンと尻餅を突く。


「マティア!」


 慌てて駆け寄って肩を抱く。肌は石からもとの白い肌に戻ってる。


「ミルちゃん、ゴメ、あら?」

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