第8話◇このドラゴン、負けず嫌いだ
赤黒い炎の壁ふたつに挟まれて、私は今、ドラゴンのブレスの中にいる。
コレを酒場で話しても、きっと誰も信じてくれないんだろーなー。だって私も信じられないもん。
ドラゴンさんの炎の吐息を、セキが斬った。炎の奔流が右と左に別れて流れて、私はブレスの三角州に立っているよーな感じ。
ブレスって、斬れるんだ。ほへー。
「この魅刀赤姫に斬れぬもの無し。まぁ、使い手次第ではあるが」
でも炎の壁に挟まれて、暑いね。蒸し焼きになっちゃう。
「では、参ろうか」
セキはもうひとつ刀を振る。今度は横に。縦、横、と斬られたブレスが4つの流れに別れて乱れる。その中をセキは前に進む。
「ブレスを放つ前の溜めと、ブレスを放った後には隙ができる。また、ブレスの欠点として吹いたドラゴンは己のブレスで視界が遮られる」
あ、それでブレスの中を、炎の天井の下を走ってるんだね。髪が焼けそう。
「モーロックがこちらを見失った隙に、ドラゴン登りだ。ドラゴンの背中の鱗は堅く、そのために皮膚感覚は鈍い。強く踏みつけると気づかれるので、そこに注意して素早く登る」
ドラゴンさんの背中に回ったセキは、尻尾に飛びのってススススス、とドラゴンの背中を駆け上がる。なんか忍び足みたい。
「音を立てないように進むのと似てはいるか」
「むぅっ! セキ様! 何処へ行かれた?」
あ、本当に見失ってる。ドラゴンさんから見たらそう見えるんだ。ブレスを吹き終わったドラゴンさんはキョロキョロしてる。そのときにはセキはもう、翼の根本まで駆け登ってて、その勢いのまま首の後ろを走る。
「そこか!」
ドラゴンさんは肌についた蚊を叩くみたいに、自分の首を手のひらでバチンと叩く。そっか、今のセキってドラゴンから見たら、蚊か蚤みたいなものになるのか。
「ほぉ? 少しばかり慣れたとはいえ、この状況下で、相手の視点で物を見ることに思いを馳せるか。ミルには軍師の才もあるか?」
何を言ってるのセキは? グンシって何?
セキはドラゴンさんの頭の上に立つ。刀の切っ先をドラゴンさんの頭にツプッと刺す。
「ここからであれば脳に届くか。さぁ、どうする? モーロック?」
「今のセキ様の身体では、ワシの脳を貫く前に落とせると見ました。角の近くなので、このまま雷撃で焼いてくれましょう」
黄金の角が、パチパチと火花を上げてる。でもそれって自分の頭に雷落とすってこと? このドラゴンさんだと平気でやりそうだけど。
「だが、これで終わりだ。モーロック」
「なんの、まだまだこれから」
「いや、お主では無く、このミルの肉体が限界なのよ」
「人間の貧弱な小娘の身体でしたな。それを忘れる程の身のこなしでしたが」
「なのでこれで手合わせは終わりよ。勝敗はモーロックが決めよ」
「ぬぬ、むむむむむ」
ドラゴンさんは腕を組んで考えてる。なんか不満そう。
私はドラゴンさんの頭の頂上から見える景色に見いってた。遠くに街と黒いお城が見える。
「あれはかつての魔王城とその王都だ」
そうなんだ。綺麗だけど、寂しく見えるね。
「今は住む者も居らぬ廃墟だからだろう」
夕日のオレンジ色に染まる、魔王の都。120年前に魔王が討たれて、そして誰もいなくなった街。黒いお城は堂々と立ってるのに、なんだか寂しそうに見えるよ。
「セキ様。今回は引き分けということにしましょう」
ドラゴンさんが重々しく言う。えー? 私はセキの勝ちだと思うよ。だってドラゴンさんはあちこち斬られて血塗れだし。
「その傷は浅いが」
何、言ってんのセキ。ドラゴンさんの攻撃は1発もセキに当たって無いし。
「1発当たれば死んでしまうがの」
今だって頭の上に立って、刀の先を脳天に突きつけてるんだよ。
「さて、スタミナ切れしたこの身とモーロックの雷撃。どちらが早いかの?」
えー、これはセキの勝ちだって。セキの判定勝ち。誰が見てもそう言うって、間違いナシ。
「と、ミルは言っておるのだが?」
「ワシには小娘の声は聞こえないので、何と言っとるか解りませんな。此度は勝敗はつかず、決着は次の機会に」
このドラゴンさん、負けず嫌いだ。
セキは刀を持ち上げて、右手の人差し指と中指に挟んでクルッと回す。左手の肘に挟んで刀身を拭って刀を鞘にしまう。今の刀をクルッて回すのカッコいい。
「モーロック、ここから下ろしてくれ」
下から出てきたドラゴンさんの手のひらの上にセキはヒョイと飛び乗る。
「ミルよ、身体を返すぞ」
い? ここで急に? ぅあ、
「あたたたた」
立っていられなくてドラゴンさんの手の上にペタンと座る。あ、動く。自分の手が自分の思いどうりに。だけど身体中がプルプルピキピキするよ?
【今のミルの身体にあの動きは無理があったか】
「ちょっと、セキ。人の身体で無茶しないでよー」
【その無茶でどうにかなりそうだから良いではないか】
私ひとりじゃドラゴンさんの相手も、話すこともできなかったからね。でも、ホントにどうにかなるのかコレ。
「小娘」
と、呼ばれて振り返る。ドラゴンさんが顔を近づけて私を見てる。
ドラゴンさんは両手で水をすくうみたいにしてて、その手の上に私は座ってる。その私に顔を近づけてジロジロ見てる。も、もう、怖くないんだからね。えーと、オウカクマクを下げるんだっけ?
【内蔵を下に落とすような感じだ】
こうかな? よし、もう怖くない。怖くないぞ。怖くないったら怖くない。
「人間の小娘。名を名乗れ」
「ミル。ミルライズラ。呼ぶときはニッコリ可愛くミルって呼んで。ドラゴンさんの名前は?」
「ワシの名はモーロック。カオスドラゴンのモーロック=アンデルツァバド。ミルライズラには、一時、魅刀赤姫様を預けておく。だが、魔王様の愛刀をぞんざいに扱うならば死を覚悟せよ」
「随分と脅すじゃない。セキが私と一緒に行きたいって言うんだから、セキのことは私に任せなさいっての」
「本来であれば、小娘のような力無き者には触れることすらできぬ至宝なのだぞ。セキ様の気紛れに感謝するが良い」
「そんなこと言ってセキを閉じ込めてたんだね。モーロックってお姫様を拐って閉じ込める悪いドラゴンみたいだね」
「何ぃ? ワシを誘拐魔呼ばわりするか?」
「だってそうじゃない。セキも、宝物庫の風景は見飽きたって言ってるんだから、ちょっと散歩させるくらい許してあげなさいよ」
「小娘、魔王の宝物とその守護の意味が解っておるのか」
「セキはお宝だけどただのお宝じゃ無くてセキなんだからね。様つけて呼んで敬うなら、そのセキの意思も敬って大事にしなさいよー」
「ワシに説教する気か? この小便臭い小娘が」
「あ、漏らしてからパンツもズボンもそのままだった。そんなに臭う?」
「ちょっと意味が違う。……おい。漏らしたのか、小娘? その尻でワシの手の上に座ってるのか?」
私はモーロックさんの手の上でトンビ座りしてる。擦りつけたりはしてないんだけど。
自分の手の上におしっこ漏らしがいる。うん、怒られそう。えーと、小動物が粗相を許されるには、可愛い仕草だ。仔猫みたいな。私はなるべく可愛く見えるようにニッコリ笑って、首を傾げて。
「ゴメンね。てへっ」
「……、」
無言になっちゃった。
【くくく、どうだ、モーロック? おもしろいだろう?】
「身近にはあまり見ないタイプですな……」
呆れられた。いや、ちょっと待てよ。私が漏らしたのってこのモーロックが脅かしたせいじゃないか。だからこれはこのモーロックの自業自得だ。うん。私は悪くないっ。
ズシン、ズシン、と音がする。モーロックが歩くと足音が大きい。私は手の上で運んでもらってる。広い百層大冥宮の最下層を眺めながら。
「天井も見えないし、夕方の空にしか見えない。とても地下とは思えないね」
「80層から下は階層の守護者の趣味でデザインされるから、上層の迷宮とはかなり違うだろう」
モーロックとセキが私の疑問に応えてくれる。
「じゃ、これはモーロックの趣味?」
「空はワシの趣味だが、街と城は魔王様が造られた」
【年中、いつまでも夕方のままというのもどうかと思うが】
「雲の形は変わりますぞ」
「宝物庫ってお城の中じゃ無いんだ」
「城の中ではあるが、今はあの闘技場以外の通路は全て封鎖してある」
「なんで?」
「あの場でワシを倒した者のみが、中に入れる。解りやすいだろう?」
「そっか。それにモーロックの巨体がお城で暴れたら、お城が壊れちゃうか」
「ミルは、バカなのか、バカで無いのか、解りづらいな」
「なにおう」
ところどころに木の生えた砂地のようなところ。誰もいない廃墟の街。なんだか寂しいところ。空に伸びる大きな塔、そこに向かって進んでる。
「モーロックの他には誰もいないの?」
「この最下層はワシひとりいれば十分よ」
【今も配下はつけないのか?】
「ワシには必要ありません」
【いや、必要あるであろ。掃除のために九十九層から人員を借りておるではないか】
「細々としたことはあの女に任せております」
「いいかげんだね、モーロックは」
「ワシの身体であの宝物庫と城の掃除ができるとでも? 適材適所というものだ。着いたぞ」
見上げてもその先が見えない塔。雲の中に入ってる。
「この塔の中に上に行く階段があるの?」
「非常用の螺旋階段もあるが、歩いていくのか? 魔動昇降機は使わんのか?」
「魔動昇降機?」
「知らんのか? ミルは本当に探索者なのか?」
【ミルは上層の探索者で16層より下のことは知らんのだろう】
「そうですか。探索者供も昔は70層まで来る者もいましたが、今ではたまに50層に来る程度。下層のことを知る者も少なくなりましたか」
「転移の魔方陣は使わないの?」
「70層以下の下層には転移を妨害する仕掛けがある。同じ階層内では使えるが他の階層に転移はできないように。ワシのように身体の大きく空を飛ぶ者もいるから天井は高いので、階層の移動には昇降機を使うのだ」
「モーロックはどうしてるの? この塔に入れないよね?」
「行くときは自前の翼で飛んでいく」
「モーロックが飛ぶところ見てみたい」
「ミルが近くにいると風圧で飛んでいくぞ」
「私を飛ばしてどーすんのよ」
「それで、いつまでワシの手の上に乗っているのだ」
「降りてほしかったらもっと地面に近づけてよ。飛び下りるとか無理だから」
地面に降りる。灰色の継ぎ目も無い塔の前で。
「ミルよ」
「何?」
モーロックを見上げると口の端が上がっている。笑ってる?
「また、遊びに来い」
「あ、うん」
筋肉痛でプルプル震える足で塔の中へと入る。あたたたた。
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