第43話◇うん、決めた、決戦前夜


 来た道を戻る。ルワザールの街へ。百層大冥宮へ。

 ボラッシュではメッチとお茶をしたあとは、急いで街の中へ。金貨を両替。1枚だけど貰っといて良かったー。おっちゃんありがとね。両替した銀貨と銅貨で、保存食をリュックにいっぱい。水筒に水。マントをひとつ。手拭い三枚買って。この時点で夕方になってたけれど、そのままボラッシュの街を出た。夜の道をテテテと進む。

 エスデント聖王国の軍がルワザールに着く前に。まだ出発してないけど、明日にも出陣しそう。早く行かないと、終わらせないと。急げや急げ。


【腹は決まったかよ?】

「実はそんなに決まってもいないけど」

【ミルひとりで、ベルデイの軍を相手にする気かや?】

「だって、戦争になったら人がいっぱい死にそうでヤダ。光の加護が弱くなって、蘇生率も悪くなってるんだよ?」

【確かにの。エスデント聖王国の軍がルワザール侵攻となれば、どちらがどれだけ死ぬかの。ミル一人で暴れた方が、少なくともエスデントの方は無傷よの】

「できたら、ベルデイにも非道いことしたくないんだけど」

【己を過信するなよ、ミル。前はただ逃げるだけ故、少しは手加減もできたであろうが、一軍を退かせるとならば余裕も無かろ】

「うん。だから、悪いとは思うけど、殺す覚悟は決めた。できたらしたくないんだけど」

【恨みを買う覚悟はあるか? その殺す相手の友に家族、その仇となるぞ】

「国と国が争って恨みあって、それを未来に残すよりは、私一人が恨まれた方がマシじゃん」

【くくく、悪鬼羅刹と歴史に名を残すつもりかよ?】


「うーん、どうせなら美少女刀術師とか言われたいなー。それにつもりで言うなら、ベルデイだけじゃ無いよ。エスデントも。百層をただの財宝の湧くところだって、独り占めするようなら、私が追い返すつもり」

【何故、その道を選んだ?】

「だって、百層はもう私の家だし。家族もいるし。でもこっちにも友達いるし。お母さんみたいなユマニテ先生だっているし」

【友と家族の為に?】

「あとは未来の為に。このまま光の加護が無くなってしまえば、もう光も闇も無い。地上も百層も仲良くできる。そりゃ、すぐには無理だけど、何年、何十年、先か解らないけど」

【確かにの、神の介入が無ければ光も闇も無い。毛色の変わった種族同士の、土地の奪い合いとなろう】

「その方が正しい。神界で何をしてるのか解らない神様に、光だ闇だって色分けされるよりも。戦う相手も、戦う理由も、自分達が選んで自分達で決める」

【その責を負うての。と、なれば最早、神のせいにはできんの】


「ほんともう、放り出したいね」

【ならば逃げれば良かろ】

「でもさ、セキの主を名乗るなら、これぐらい軽くできないとね」

【くくく、ミル、百層大冥宮の地上層の階層守護者でも気取るのかよ?】

「そうなっちゃうのかな? ちゃんとお仕事したら、フェスにお給料貰えるかなー?」

【その前に、アデプタスから円盤とやらの売り上げについて聞かねばの】


 戦うってのは好きだけど、殺したり殺させたり殺されたりはヤダなぁ。うん、私ってほんとワガママだ。


【で、具体的には?】

「んー、正面から乗り込んで脅かして、軍の頭に退かせる」

【策でもなんでも無いの。ミル一人に軍を脅す見映えは無いがの】

「だよねー。バイホーンみたいに尻尾丸くして逃げてくんないかな?」

【ふむ。その前にアデプタスの魔法符を使うかの】

「あ、忘れてた。そうだね、地上のこと教えておかないと」


 走る足を止めて、ちょっと休憩。リュックから携帯食、ガッチガチの乾燥肉を細かく切って、口の中でふやかして、もぎゅもぎゅ。うぅ、貰ったお弁当の中のジャーキーって美味しかったなぁ。乾燥肉、かたーい、しょっぱーい。

 黒い布でしっかりと包まれた、アデプタスの通信用とかいう魔法符を出して。


「三枚全部使うの?」

【一枚残しておく。ミルよ我を地面に刺せ。魔法は苦手なのだがの。一枚取り出して我の柄に着けよ】

「うん」


【思念話を乗せて、さてここから届くかどうか。我が意、我が声、遠き友へと届かせよ。果てからこの地へ、友の思いを伝え聞かせよ“遠話”、……、……? ……おお、アデプタス、聞こえるか? ふむ。ノイズが酷いの。アデプタス、もっと大きな声で話せ。地上はおかしなことになっておるぞ。百層は金銀宝石の湧く鉱山のように、人の国が奪い合い争っておる。……、そう、それが探索者の少なくなった理由よ。……、まぁ、そんなとこだの。光の加護はかなり弱くはなっておる。しかし、すぐに無くなるというものでも無さそうよの、……、それを調べるはアデプタスの役目よ。それで、我とミルは今、地上におる。……、……、……、やかましい。驚き過ぎであろ、帰りが遅くなったはそのせいよ。む、切れそうだの、ミル、もう一枚開けよ。まぁ、我も驚いたがの。喚くな、やむにやまれず仕方無くよ、それで地上のことが知れたので結果オーライよ。……、くく、そこは改善せねばなるまい? それと、モーロックに伝えよ、お主、負けたぞ、と。宝はどうする? とな。くく、……、うむ、アデプタスとフェスは、モーロックを少し手伝ってやれ。……、……、それで良し。こちらは明後日には百層の地上部でひと暴れする。……、なに、上手く行けば百層にも良かろ。では、そのように。ミル、終わったぞ。我の身を拭いて鞘に納めよ】


「向こうの声は聞こえないんだね? アデプタスはなんて?」

【我が地上に出たことに驚いておった。それと、思念話は本来、対象にしか聞こえぬものなのよ】

「セキ、何か企んでる?」

【ミルが上手くやれなかった場合の保険というところかの。ミルはミルの思うがままにやれば良い。する事は変わらぬし、ミルの他にやろうとする者はおるまい】

「そりゃそうだけどさ」

【師としては少し助言するぐらいよ。多人数相手の戦いとなれば、素人に気をつけよ】

「素人に? なんで?」


【例えば弓矢。腕の立つ者が狙って射てば、その狙いを読みかわすことができよう。だが、ろくに狙いもせず当たれば幸運とデタラメに射つ矢は読みにくい】

「相手をちゃんと見ないで射つの? それはヤダなぁ」

【武術を修めた者同士であれば、互いにその武の術理の上で競う。だがそれを知らぬ素人の動きは術理が無く読みにくいのよ。ときに達人が素人に足を掬われるのはこれよ】

「それって、その素人さんは戦い方も知らないで戦わせられてるってこと?」

【戦ともなればそういう時もある。己が何をしているのか、解らないままに暴れる者は相手にしたくは無いがの。こういう輩は意を読みつつ、動きを読む。相手は己の意の通りに身体を使えぬ者。右手を上げるつもりで左手を上げたりする】

「それは狙って使えると相手の裏をかけるね。あ、それに近い動きはかたにもあるか」


【あとは乱戦となれば、相手の身を盾に使う。味方の同士討ちを恐れれば有効よ】

「うん、それはこの前やってみた。そうなるとそこら中に盾があるよね」

【槍など長い得物を持つ者であれば、その間合いの内に入る。そして相手に張り付け、にかわのように、松脂まつやにのように】

「シッコウの身、だっけ? 相手の肩とか背中にペタリするんだよね。そのまま背中だけで相手の重心を崩したりとか」

【そうやって手を使わずに投げることもできようが、そのまま動かして己に都合のよい盾か柱として使うのよ】

「寄りかかって休憩もできるし」


【相手の懐に入るコツは憶えておるか?】

「嫌われないように、友達と肩を組むように、仲良く優しく柔らかく入ること」

【そう、戦いとは言葉を使わぬ会話と同じ。こちらが緊張すれば相手も固くなる。こちらが拒めば相手も拒む。故に、抜いて柔らかく入る。相手の意を読むのに必要なのは、相手を思いやる心よ】

「そうなると、敵ってなんだろうね?」

【それを知りに行くのであろ】


 まだまだ知らないこと、解らないことがいっぱいだ。


 ルワザールの街が見えるところで野宿する。

 夜襲も考えたけれど、撤退しやすいようにするには明るい昼間の方がいいよね。

 夕暮れの中、私の壊しちゃった街の大門をトンテンカンテンと直してる。街はグルリと壁で囲まれてるから、あの門が開いたままでは不味いんだろう。篝火つけて徹夜で修理するみたい。前より丈夫にしようとしてるのかな?


 明日はルワザールの街に、ベルデイの軍隊に殴り込み。明日は晴れるといいなあ。

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