第44話◇剣風槍雨の中を進んで
水筒の水を飲む。今日は晴れて雲も無い。青い空を眺めて、首を回す、肩を回す。ピョンピョンと軽くジャンプする。身体の調子もいい。リュックを置いて水筒も置いて。
【手拭いとアデプタスの魔法符は懐にでも入れておくのよ】
服を脱いでセキに教えて貰いながら布をきゅっとお腹に巻く。斬られたときに内臓が出ないように。
服を着なおして、髪を後頭部で縛る。マティアが伸ばしてって言った私の茶色の髪は、今は腰まで届く。こういうときにいつも私の髪をしてくれるマティアを思い出す。やると決めたけど、死ぬつもりも無いけど、死ぬかもしれない。マティアに会えなくなるかもしれない。そう思うとブルッとなる。
マティア、死んだらゴメンね。
【いざとなれば我が
「セキは魔法が苦手だもんね。お世話にならないようにする」
腰に差したセキ。魅刀赤姫の柄を手に鞘から抜く。陽光を反射して煌めく銀の光。刀身はうっすらと赤い光が包む。何度見てもその輝きに吸い込まれるような気がする鏡鋼の銀煌。
その刀身に顔を映す。初めてセキと会った頃より、少し顎が細くなって目が鋭くなったかな? あれから五年。
「ねぇ、セキ。私はちゃんとセキの主になれた?」
【いいや? まだ仮よの】
「まだ仮なんだ。五年と頑張ったのに、キビシー」
【正式に我の主となるには、百層の階層守護者を全員倒してからだの】
「魔王殿宝物庫の中のお宝を手に入れるには、それが正式な手順か。私はインチキしたようなもんだし」
【インチキ呼ばわりが嫌ならば、実力を見せなければならんの】
「もとシーフなんだけどなー。さて、行くか」
私一人で一軍を引かせる。がんばるぞ。
ボラッシュの街で買ったマントを左手にぶら下げて。右手にセキを持って、ルワザールの街、正面の修理中の大門に足を進める。
ベルデイ軍、できたら早く逃げてくれるといいなぁ。
テポテポと歩いていくと門の上、壁の上の兵士が私を見つけて騒ぎ出す。ピーと笛が鳴り騒がしくなってきた。
止まれ、とか、それ以上進むな、とか大声で言ってる兵士がいる。茶色女がまた来た、とかいうのも聞こえた。茶色女? 髪は茶色だけど。なんかヤダな、その呼ばれかた。
「なんだろ? 軍の兵士っていう割りには、落ち着きが無いというか、怯えてる?」
【この前、ミルを逃がしたのが堪えとるのか?】
私みたいな女が逃げろって言っても、挑発になりそうだし。怒らせてムキになられても困るので、何も言わずに進むことにする。
壁の上で兵士が並んで弓を構える。矢をつがえ、隊長さんらしき人の合図で一斉に私に射つ。なんか、私ひとり射つには矢が多くない? 隊長さんが合図を出してくれたので、それに合わせて走る。射たれるのが解っててそこには居たく無いよね。
前に走りながら当たりそうな矢を左手のマントで払う。野宿用にも使えたけれど、こういうときに便利。バッサバッサと振って走る。セキの柄尻を右腰につけて支えて、テテテと走る。
「射て射て! 近づけるな!」
「来るな! バケモノ!」
「女ひとりに何ビビッてんだよ」
「お前は見てねーからな! あいつは片手で鎧着た男を投げ飛ばすんだよ!」
「ほんとかよ、ソレ」
「見た目に騙されるな! 迷宮の魔物と思え!」
近づいて壁の上の声が聞こえるけど、
「え? 私、バケモノ呼ばわり? 魔物扱い?」
【ふむ、ならば脅して退かせるのも意外と簡単か?】
「私、片手で投げ飛ばしたりして無いよね? 転ばせたり、相手に跳んでもらったりはしたけど」
【端から見れば、大の男を次々と投げてぶっ飛ばしたように見えたかよ】
馬を止める柵かな? トゲのある柵を飛び越えて何本か矢の刺さったマントを捨てる。セキを両手でもって、鋼の格子で補強しようとしてる大門を斬る。
【前はずいぶんとバラバラにしたの】
「鋼斬りってあんまやったこと無いから、練習しようかなって」
【刃の一点に負担が来ぬよう、根本から先まで均等に滑らせながら斬ると良い】
縦、横、縦、横、斜め、斜め、チョン、と。鋼の格子とその向こうの門が、支えを無くしてガラガラリと崩れる。
一歩入れば街の中。ただいま、ルワザールの街。
門の向こうは大通り。そこに兵士が盾を並べて横一列に。横に走って小道へと。私のいたところに炎と氷と雷の魔術が落ちる。盾を構えた兵士の後ろにいたのは、魔術の使えるメイジとかウィザードとか。
「入ってきたところを狙うには、ちょっと遅い、かな?」
【あちらから見れば、ミルが速いのであろ】
開けたところに行かなければ、飛び道具はなんとかなる。一個、二個なら斬り落とすけれど数が多いと無理だし。
小道に入れば囲まれない。五年前の街を思い出しながら走る。その小道にもワラワラと兵士が現れる。
「行かせるか! 槍技スキル、三段突き!」
「言っちゃダメでしょ、三回突くって」
【ならば、三段突きと叫びながら四、五回突けば意表はつけるかの?】
ひとつめふたつめの突きをカンコンと払って、みっつめは足で踏みつける。そのまま槍のしなりを使ってジャンプ。パン屋さんの屋根の上に。
「上だ上! ハシゴ持ってこい!」
「とり囲め! 進ませるな!」
屋根の上を走りつつ見てみれば、
「うわ、ウジャウジャいる」
【人の流れを見よ。守ろうとするところが頭ぞ】
「大将がいるのは、あっちかな?」
大きな屋敷が並ぶとこ。ひと山当てた探索者とか、商売が上手くいった商人が家を建てたところ。
屋根に兵士が上ってくる。向こうの屋根の上から射ってくる矢を避けて、炎弾を跳んで、氷槍を斬り落として。屋根の上に来る人が増えたところで、足下の屋根を斬って穴を開ける。屋根裏に下りて二階に下りる。
「クソ! 下だ、下に降りた!」
「そこの薬草店だ!」
大きな屋敷がある通りには小道が無い。通りに兵士がゾロゾロいる。
「行くしか無いね。大将を押さえるには」
【少し脅した方が良いのだが。かかればどうなるか、見せしめに斬り殺す手もあるが】
「できたらギリギリまでしたく無いなぁ。甘いかな?」
【今更何を。自ら難度を上げて飛び込んでおったろうに】
「それもそっか」
通りに出てすぐに兵士の中へと踊り込む。これで味方を巻き込むような魔術は使わない。使わないといいなぁ。
「ひっ! 茶色ポニテ女悪魔!」
「なんかヒドイ呼ばれ方された!」
【狭い範囲で需要がありそうだの】
突いてくる剣を二つに斬る。振り回す斧を避けながらその手に触れて、斧を振る力の流れを使ってクルリと回す。斧を振った兵士は前に宙返りするみたいに飛んで、向こうの兵士を巻き込んで。
突いてきた槍を右にかわして、槍を持つ手をセキの腹で押さえる。
「ひぃっ!」
後ろに跳んで逃げようとするところを、右肩でわき腹を押して手伝ってあげる。フワッと向こうに飛んでいって、魔術を使おうとしてたローブの人にドンガラガッシャン。
「なんだこの女! 人をボールみたいに!」
「見た目に窓わされるな! オーガ並みの怪力だ!」
「くおのっ! 斧技スキル、砕岩撃!」
水平に腹を狙う長柄の斧、その起動の内側にフワリと入る。セキを下から上に斧の柄に撫でるように斬る。斬れた斧の先が勢いよく跳んで、その先の兵士のお腹に突き立つ。血がしぶく。
「ぎゃあああ!」
「お、俺のポールアックスが?」
ただ逃げるだけならなんとかなっても、行くとなれば難しい。
「ゴメンね、余裕が無くて」
【次が来るぞ、余所見をするな】
剣を斬る。槍を斬る。腕を斬る。「あああああ!」手首をとって転ばせる。斧を避ける。兵士を槍の盾にする。「ぎ、いいいっ?!」剣をかわしながら太股を刺す。「ぐああっ!」
これは、おもしろくない。つまらない戦いだ。それでも気を抜けば私が死ぬ。剣風槍雨、その中を相手の身を傘にして、兵士の集まるところへと。
「怯むな貴様ら! 相手はひとりだ!」
「ここの隊長さんかな?」
「おかしな技を使うようだが、このロード、レミルオンがここから先には通さん!」
「ちょっとできそうだと思ったら、ロードだったの。おかしな技っていわれても」
「悪魔よ滅べ! 聖剣スキル、閃光斬!」
叫んで剣を振り下ろしてくる。速い。剣は速いけれど、剣だけが速くても、それが来るのが解ってしまえば、
「私はもうそこにはいないよ」
「なっ?!」
そのロードの左肩に私の左肩をペトリと当てる。左肩の後ろの肌で、鎧の向こうのロードの身体の動きを探る。ロードというだけあって、鍛えられてる。流石は戦士系の憧れジョブ。
「私のはまだ、技なんて呼ばれるほどたいしたものじゃ無いよ」
「離れろっ!」
左の肘撃ちが来る。その前にロードの背中に回る。背中と背中をペタリと着ける。松ヤニのように、くっついて離れないように。
「う、うぬあっ」
剣を回して、肘を撃って、振り返ってグルリと回る。よろめいて、今度は右手の剣の柄尻を叩きつけようとまた回る。その間も私はロードの背中から離れない。ロードの剣が他の兵士に当たる。
「は、離れろ! 離れろぉ! なんなんだこれは?!」
「あなたが次に何をするかを、あなたの背中が私に教えてくれるから。ただ暴れても解るよ」
「う、おおっ! まともに打ち合え! それでも剣士かっ!」
「私は剣士じゃ無いよ? 私は刀術師」
背中をちょっと離す。ロードは離れたと思いすぐに振り向きながら、
「聖剣スキル、聖輝斬!」
横に剣を振る。私から見て右から左に、胴を両断しようと。でも私はまだロードの近くにいる。左前方に身体を落として、セキを左手に、右手はロードの剣を持つ手首に乗せる。
ロードの隣を通り過ぎるように、ロードの手首を、剣を振る速度よりちょっと早く引いてあげる。剣の正しい軌道に直すように。
「おぉわっ!?」
剣を振る勢いが身体に返って、ロードは飛んで転がって、兵士を巻き込んで止まる。仰向けに寝て目が泳ぐ。
「ね、あなたの大将はどこ?」
「ぬ、ぬぐ……、教えるものか」
倒れてもまだ私を睨む目が、ピクリと視線が動く。
「あっちかな? ありがとう」
向き直り、そこにはロードを助けようと槍と剣を突き出してきた二人。前に身体を落としてその肩と膝を浅く凪いで「あうっ!」「つああっ!?」ロードの視線が向いた先に進む。あと少し。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます