第37話◇いざ、尋常に、勝負!


 百層大冥宮、地下四十層。暗い灰色の石でできた大きな部屋。下から登ってきたばかりなので、たぶんここが四十層のボスの部屋。

 粉々になった白い石が散らばって、それを踏みにじるように赤と緑のシマシマピエロがいる。足元の砕けた石は、きっとこの部屋のボス。もとが何かも解らないくらいに砕けている。


「僕が何をしてるかって? それはもちろんミルちんを待っていたのさ。ホントは一層の出入り口で待ってるつもりだったけど、ここから上に行くと光の加護で身体がチクチクしちゃうから」

「今の私はケルたんの相手するほど暇が無いから、遊ぶのはまた今度ね」

「そういう訳にはいかない」


 ケルたんが笑い顔の仮面を外す。何処にでもいそうな青年の顔が現れる。仮面の笑顔よりもうさんくさいニヤニヤ笑い。


「ミルちんが頑張って、セキ様の主と認めるのが増えて、なんだかミルちんが百層大冥宮のアイドルみたいになってきてるけどさー」


 笑う道化が手を振ると大きなガラス球みたいのが現れる。そこに何かが映っている。ガラス球から音が聞こえる。

 あれは、マンティコア? 


『食らえ! 俺の毒液を!』


 マンティコアのサソリの尻尾の先から、黒い毒の液が飛ぶ。それをひらりと華麗にかわすのは、刀を持った茶色の長い髪をポニーテールにした女の剣士。


「って、これ、私じゃん!」

【ランキング戦のマンティコアと戦ったときのものだの】


 ガラス球からは私の声も聞こえる。


『マンティコアの尻尾って先から毒を飛ばすんだ。ほへー』

『くっ、チョコマカと!』

『でも、あれだね。お尻から伸びた長いのの先から、液体をピュピュッて飛ばすのって……、なんか、……エロい?』


〈ドッ、ワハハハハハハハ!〉


『お、お、俺の尻尾はチ〈ピー〉じゃねえ!』


〈ドッ、ワハハハハハハハ!〉


「な、何コレー! 変な笑い声もなんなのー!」

「コレは、アデプタスがミルちんの試合の様子を録画して放送してたんだよ。百層大冥宮では今一番人気の番組『刀術師ミルの挑戦』 こっちは八十二層のコボルトスポーツ情報誌、通称コボスポね」

【視聴率ダントツトップの『刀術師ミルの挑戦』九十九層に隠された、美少女刀術師の素顔に迫る! か。いつのまに……】

「アデプタス、何やってんのー!」


『うふふ、このアラクネのモルディアの勝利は確定ね』

『まだ、始まってもいないのに?』

『何故ならこのモルディアは、この私の胸より小さい胸の女に負けたことは無いのよ!』

『かっちーん!』

『魔王様も巨乳を好まれた! 豊乳こそ魔族の宝! 貧乳に価値無し!』

『決めた! 泣かす! ぜーったいに泣かす!』


〈ドッ、ワハハハハハハハ!〉


「こうしてミルちんの頑張るところが放送されて、ミルちんのこと認めるのが増えたけど、ミルちんはサービス精神旺盛だね」

「放送されてるなんて知らないから! 素だよ! スッピンだよ!」


『蜘蛛糸地獄!』

『ていてい!』

『なんでスパスパ斬れるのよ! 私、糸が斬られたら操糸術以外は自信無いの! 降参、降参!』

『認めない! その胸に一発ビンタさせろ!』


〈ドッ、ワハハハハハハハ!〉


『ちょ、ちょっとやめて、やめてー!』

『貧富の差を覆す! 革命だぁっ!』


〈ドッ、ワハハハハハハハ!〉


「円盤は予約生産分は売り切れだってさ」

「アデプタスのばかー!」


 何やってんのあの骸骨さんはー、今までのランカー戦、全部放送されてたっての? うひゃー。恥ずかしー、あー、もー。ばかー。


「刀術師ミルが魅刀赤姫の主、と、そう言うのはいいけどね。僕もそれは認めるにやぶさかでは無い。というよりセキ様が新たな主を見つけたことにホッとしてるところもある」

「だったら、通してくれてもいいんじゃ無い?」

「それを認めるっていうのと、ミルちんに命運を託すのは違うことなの。フェスティマ女王様も、アデプタス大達せし不死の王メイジャー・リッチも甘いんじゃ無い? ミルちんがやろうとしてることは、百層大冥宮そこに住むかつての魔王様の配下の未来に関わること。我ら闇の軍勢の斥候を、情にほだされたからって、光の女神の加護を受ける人間の小娘に任せる? 冗談じゃ無いよ」


「私は光とか闇とか関係無く、仲良くできないかなって考えてるんどけどね」

「できるわけ無いでしょ、そんなこと。その上、我らが魔王の愛刀、至宝魅刀赤姫を持ち出すなんてのは、魔王様の忠臣として認められないね」

「外には出ないよ。まずは探索者から話を聞いてくるだけ」

「場外のラインを出てないからアウトじゃ無いなんて、ゲームの話はしていない。実戦でルール違反だ、卑怯者って叫びながら、僕の目の前で何人死んだとおもってんの?」


「ケルたんは私を出す気は無いんだね」

「ボスを倒さずに宝だけ持って帰るなんてのは、駄目のダメダメ。僕じゃ役には足りないけれど、百層を代表してミルちんを遮るボス役やってあげるよ」

「遠慮したいなぁ、本気のケルたんはシャレにならない気がする。でも、ケルたんは確かめたいのか。私が皆のことを背負っていけるのか、覚悟があるのか、その力があるのか」


 左手の魔光灯を投げて鞘を持つ。右手でセキを抜く。鏡鋼の銀光煌めく魅刀赤姫、セキの刀身の明かりが迷宮の中のボスの部屋にキラリ。


「魔族らしく、力を見せろ、そういうことね。押し通すだけの力があれば、認めてくれる?」

「それ以外に何があるの? 僕はこれでも魔王様よりこの百層を託された、任された、と勝手におもってんだ。百層の危機は見逃せない」

「ケルたんてば、悪ぶっちゃって。そんなにセキのこと、守りたい?」

「なんでそれ、ちょっとセキ様? ミルちんに話したの?」

【いや、何も。鎌にかかったのは道化よの】

「ひっかけ? 駄目だよ僕の純情弄んだらさ。そこは僕個人は降参、降参」

 

 言いながらケルたんは、何処からともなく白い長い旗を出す。槍のように持ち翻す。


「だけど『最も深きサーカス会場』の団長としては、ミルちんに百層の命運を託せるか、試さないと安心して魔界に帰れない」

「底意地は悪くても、底意はいい奴だね、ケルたんは。ちゃんと皆のことを考えてるんだ」

「……ほんっとにヤな小娘。君とセキ様だけだよ。ここで僕が嫌がることを言うのはさ」

【道化、その忠心、見せてもらった】

「まったく、なんなのこの師匠と弟子は」


 恥ずかしいのか悔しいのか、ピエロは笑顔の仮面で顔を隠す。


【ミル、ここより我は助言はせぬ】

「だよね。これは私の道で私の戦。それであんまり喋んなかったんでしょ? ケルたんとは積もる話も有りそうだけど」

【あぁ、ひとつだけ、まずは名乗れ。こういうときは名乗るのよ】

「だね。じゃ行くよケルたん。すぅ――」


 息を吸う。頭と身体を本気の戦状へと切り換える。セキを道化に突き着ける。


「我は刀術師ミルライズラ! 我を測るは何者ぞ!」

「悪魔、『フラッグ』が、汝を試さん! いざ、尋常に! ってトコかな!」


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