第38話◇悪魔『旗』との決闘


 長い手足に長い旗、鋭く突き出す白旗を、半歩横にそれてかわす。そのまま薙ぐ旗をセキの腹で受けて頭の上へと流す。


「旗なんてふざけた得物と思ってたけど、布のついた槍みたいだね」

「穂先は着いて無いけどねっ」


 槍だったなら石突きの方が、翻って私の胸を狙う。


「代わりに呪いがついてんでしょ」


 仰け反って避けながら切り上げる。斜め後ろに退くケルたん、届かない。


「白旗の呪いは触れたら終わり、どうする? ミルたん?」


 ピエロは言いながらクルリと横に回り、旗で私の足元を。それなら右足を上げてバックステップ。横一閃にセキを振りながら後方に。


「魅刀赤姫に斬れぬもの無し、だよ、ケルたん」


 笑い顔の仮面が斬れて、上の半分がポトリと落ちる。


「ひとつ当たれば終わり、それはお互い様でしょ? 顔を見せてよ。視線が見えない相手はやりにくいから」

「それが解ってるから、仮面で隠すのさ。僕ってこう見えて恥ずかしがりやさんなの」


 顔の前で手を振れば、手品みたいに今度は泣き顔の仮面がケルたんの顔を隠す。


「いったい、いくつ持ってんの? 無くなるまで仮面を斬ってみようか?」


 仮面を被るのに片手を旗から外した隙に、セキで突く、おっと。こちらの視界を遮るように旗がひらめくので、すぐにセキを手元に戻す。


「布で得物を絡めとるんだ。紐か鎖みたい」

「なんでそれが絡めとる前に解るかなぁ? 手品の種を話すのは不粋だよ?」

「それはバレるように動くケルたんが悪い」


 白い布がなびいて、槍のように薙刀のように白旗が舞う。避けて、弾いて、受けて、流して。合間にセキを繰り出すけれど、道化の服の端しか斬れない。届かない。

 操り人形のように長い手足で翻弄するように、なかなかトリッキーな動きを見せてくれるケルたん。だけど少し毛色の違うことをしても、手足がついているのはその胴体。身体を見れば動きが見える。動きが読める。


「ほんっとに刀術師ってのはやりにくい! 僕の攻め手が三日前から解ってんじゃ無いの?」

「だって振り下ろすの見てから避けても間に合わないじゃん? その分、先に解ってないと」

「フツー解んないって」

「そっかなー? 見てれば解るよ」


 大きく振った旗の下へと、チョイと屈んで入り、刃を返した裏の正眼、突き上げて仮面の顎の下へと。


「くおのっ!」


 ブリッジするようにかわすケルたん。その流れで蹴り上げる足が私の鳩尾に来る。右にズレつつその足を下から蹴って離れる。


 セキの切っ先にぶら下がるのは泣き顔の仮面。軽く振ってその仮面を部屋の隅っこに飛ばす。顎の下から貫くつもりが、かわされて仮面に引っ掛かっちゃった。


「ちょっと、僕のお気に入り、雑にあつかわないでよ」

「いったいいくつ持ってんの?」


 ケルたんの顔には、今度は怒る顔の仮面が。

 一足、一刀、一旗、振って、流して、突いては避けて。


「流石はセキ様の見込んだ子、よく避ける」

「流石はお話に出てくる最悪の悪魔、なかなか届かない」


 ケルたんの蹴りをセキで迎撃、蹴りの軌道がセキを避けて私の頭を、それならしゃがんで反対の軸足を薙ぐように。ステップしてかわす道化のズボンをかすめる。


「僕の一張羅までボロにする気? やっぱり、見る、チン?」

「ここの下層の男ってのは、ほんとにもー」


 相手を見る。相手を読む。刀術の戦いは身体を解って使うこと。相手の身体を解ること。

 どんなに消そうとしても、どんなに隠そうとしても、身体は正直に心の動きを映す。

 それを消して相手に教えない。

 それを見つけて読み解く。理解する。

 戦いは、相手を理解しようとすること。相手の想いが、相手の心が、相手の芯が、相手の意が、解ってしまえば何をするかが解る。動きが読める。その底を知れる。


 ケルたんの怒り顔の仮面、その奥の目はセキの刀身を見る。その目はセキを見ながら、昔のセキを、身体が刀になる前のセキを見ている。遠い過去を見ている。120年以上、昔の風景を映して見ている。瞳には、好意、憧意、敬意、愛意。いくつも散りばめて、小さく煌めかせて。

 ケルたんは、セキのことが大好きなんだね。


「ちょっと? ずいぶんと失礼なとこまで踏み込んでんじゃない? 刀術師ってデリカシー無いよねっ!」


 ブワッとケルたんの右の回し蹴り、続いて旗の一撃。ケルたんの左に身を寄せるように蹴りを回避、離れながら旗を避けて脇の下を切り上げながら退がる。


「ケルたんにデリカシー無いなんて言われるなんてねっ」

「つああっ!」


 ケルたんの脇の下から、黒い血が吹く。私の攻めが届いた。少し届いた。次はこちらから、首を狙って斜めに振り下ろす。ケルたんが旗で身を守る。その旗が、布が翻ってセキを巻こうと動く。


「掴め! 白旗!」


 白旗が巻き付き絡む前にこちらから当てて、膝を抜いて身を落とす。巻かれる前に、


「――あ!」


 旗を斬る。斬れた布が舞う。セキの切っ先で旗布を引っ掻けてケルたんに投げる。同時に足音消して回り込む。左に回る鬼跳びで、ケルたんの斜め後ろに、ケルたんの背を取りに。


「くぉ!」


 ケルたんは左手で白い旗布を振り払う。私はその背でセキを上段に振りかぶる。


「こっちだよ」


 一瞬、視界を遮られ私の声で振り向き、布が無くなった白い棒で、振り下ろすセキを受ける体勢になるケルたん。


「しっかり支えててね」


 その旗、斬らせてもらうから。

 一閃、白旗を二つに斬る。


「これで、マティアにかけた呪いは解けるのかな?」

「……そうだよ。これはもう使えない」


 布が無くなり、斬れて二つの白い棒になった白旗をポイと投げるケルたん。ついでに斬った怒り顔の仮面も二つに割れて落ち、額の左上からも黒い血を流す。


「これ作るの手間かかるのに。一本作るのに半日かかるっていうのに、簡単に壊してくれちゃってさあ」

「どうする? 続ける?」

「もー、得物も仮面も種切れ打ち止め。はいはい、負け負け黒星敗北、僕の負けー」

「悪魔ならたいしたキズじゃ無いんじゃないの?」

「ミルちん。自分の持ってるのが何か解ってる? 肉体の無いゴーストにワイトだって斬れるし、アンデッドだってもう一度斬り殺せる、魅刀赤姫だよ? このキズじゃ死なないけどさ。これ見た目よりダメージあるの、悪魔には」

 

 ぺしゃんと座るケルたん。疲れてる?


「ケルたんて、最悪の悪魔とか言われてるのにちゃんと戦うんだ。もっと変なことするかと思ってたのに」

「させる余裕もくれなかったくせに、しれっと言うよね。手品の邪魔をするなんて、客として品が無いよね、ミルちんは」


 ケルたんに近づく、道化服はアチコチ斬れて黒い血が染みている。セキの切っ先にも、ケルたんの血がついている。うん。

 セキの刀身をケルたんの道化服の綺麗なとこにピトッと付ける。


「セキにはカッコいいとこ見せたかった?」

【昔より少し鈍ったか? 道化?】

「額だけじゃなくて、心まで抉りにきたよこの師弟は。敗者に言葉攻めなんてサイテーだねもう」

「ケルたん、セキを綺麗にして」

「はいはいはーい。惨めな負け犬は仰せのまーまにー」


 ケルたんの道化服で綺麗になったセキを鞘にしまう。口ではなんのかんの言いつつ、セキを拭う手つきは優しかった。


「以上を持ちまして、ボス戦はしゅーりょーでござい。お宝のドロップは風船くらいしか無いよ。割れた飴玉でもいい? さよならバイバイまた来てね。本日は営業終了。もう止めないから好きにして、どこでも行って」

【では好きにさせてもらおう。命の流れ、乱れることなく甦れ、萌ゆる如く、“再生リジェネ”】


 ケルたんの血が止まり、キズが塞がっていく。


「せっかくのセキ様がくれたキズを堪能して、あはーんと悶えてよがってたってのに、なんで治すのさ。セキ様ってほんと意地悪だよね」


 拗ねたようにゴロリと寝転び背中を向ける血塗れピエロ。


「ケルたん、仮面も無くなったことだし、ひとつ約束してよ」

「約束は僕が勝手にするんであって、思惑通りにはなってやんないの」

「この先、何がどうなるか解らないからさ、皆のことよろしくね」

「できそうに無い約束はしない主義なの、僕ってば」

「私と約束はできなくても、魔王から百層を託されたってことなら、同じことだからいっか。次はこっちからサーカス場に行くから」

「僕のサーカスは未成年は入場禁止なんだけど」

「どんな出し物してるの? それに私はもう十九歳」

「来るときは予約してね。特別席用意しとくから。最前列で目を背けたくなるようなのいっぱい準備しておくからさ」

「マティアとアーティと行くから三人席か。無事に見られるように百層を守ってね」

【その期待を裏切る道化ではあるまい。のう?】

「セキ様のいけず」


 ケルたんの背に手を振って、扉を開けて四十層ボス部屋を出る。


「ふう、疲れた。四回は死にかけたかな」

【魔法を使われたら、負けていたであろうの】

「使わせないようにはしてたけど、ケルたんてば体術もできるってとこセキに見せたかったみたいだし」

【そこはあやつも男かの】

「セキはケルたんのこと、どうなの?」

【可愛らしいところはあるがの。遊びが過ぎる】

「ケルたんと昔に何があったの?」

【そういうのは話さん。過去を詮索するでない】

「実は魔王とケルたんとセキで三角関係とか?」

【話さんというに】


 セキとお喋りしながら先に進む。アデプタスがいなかったから、初めての命を賭けた勝負だった。終わってから、少し膝が震えたよ。

 ケルたんのセキへの想いが無かったら負けていたのかも。それが無かったらこの対決も無かっただろうけど。

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