第5話◇開けちゃダメえ!
宝物庫は広い。どんだけお宝を溜め込んでるのよ。テクテク歩いて扉まで。この扉も銀でできてんのかっていう豪華な扉。
【開けるぞ】
「待って、心の準備が。この向こうにその、ドラゴンさんがいるの?」
【通路があって、その先だ。開け】
セキが言うと扉が勝手に開いていく。誰が扉を開けてんだろ?
「向こうに誰かいるの?」
【重い扉はだいたい魔動ドアだ】
何? 魔動ドアって?
宝物庫を出た通路には左右に白い石像が並んでいる。その石像に見下ろされながら通路を進む。
なんだろこの石像。
「この石像がいきなり動き出して、襲いかかってきたりとか?」
【ゴーレムでは無い。ただの飾りだ。この百層大冥宮の守護者達を象ったものだ】
どうりで、ドラゴンがいるわけだ。他には綺麗な女の人にしか見えないのもあったけど、全身鎧で剣を地に刺した騎士とか、豪華なローブを着た骸骨とか、薔薇の花から女の子の上半身が出てるのとかある。
その中のひとつに目が止まる。
【どうした?】
「この女の人が腰に持ってるのって、セキ?」
綺麗な女の人が薄く微笑んでいる白い石像。耳の上から羊のような角が生えてクルンと巻いてる。綺麗なおねえさんだ、ほえー。
ストンとした裾の広いスカートを履いてて足が見えない。その腰には剣があってその鞘が、私が腰に差してるセキの鞘と同じ模様。
蝶と花。セキの鞘は赤色の上に銀で作られてるから色は違うけど、形はそっくり。
「セキを持ってるってことは、この女の人が魔王? 女性だったの?」
おっぱいが大きい。そこは実に魔王っぽい。魔王っぱいだ、けしからん。私もそのうちこれくらいにならないかな?
【これは魔王では無い】
「でも、セキが認めた人しかセキの主にはなれないんでしょ? じゃあこれは魔王の前のセキの持ち主ってこと?」
セキが、ふーっ、て呆れたような溜め息ついてる。
「どうしたの? セキ?」
【いや、こんなものを飾っていたのか、と可笑しくてな。これも未練か。あやつめ……】
「角があるのは魔族だから? それとも私の知らない種族? すっごい美人さんだね」
【そうか。美人か】
「街の美人コンテストで毎年優勝連覇しそう」
【あの頃もモテてはいたか。これは我の昔の姿だ】
「ふーん。セキの昔の姿……、うぇあ?」
セキさん、なんとおっしゃいましたか? 昔の姿? じゃこの剣って何? どういうこと?
【いつまで見てるつもりだ? さっさと進め。ジロジロ見るな、恥ずかしい】
「恥ずかしい? じゃなくて、え? セキの昔の姿? あれがセキ?」
【我の過去を詮索するな。言いたく無いこともある。まったく、胸ばっかり強調するような像を造りおってからに……、ほれ、さっさと行くぞ】
「あ、ハイ」
セキの機嫌を損ねないように、ちょっと早足で進む。だけど頭の中はさっきの白い石像とセキのことでグルグルしてる。
意思持つ魔剣。セキのことそんなふうに作られた剣だと思ってた。だけどセキは昔はあんな身体があったんだ。それがなんで剣に?
詮索するなって言われたから、聞くに聞けないし。
あの魔王っパイのおねえさんがセキ。
んーと、もしかして呪いかなんかで剣の姿に変えられたのがセキなのかな。剣の姿に変えられて魔王の愛剣に。……愛剣? ……愛刃? !愛人。
そうか、あんな美人さんのセキだし、本人もあの頃はモテてはいたって言ってたし。それで、魔王がセキを愛人にしようとして、でも、セキはプライド高そうだから、相手が魔王でもそれを断ったんだ。
カチンときた魔王は呪いでセキを剣に変えて、自分で動けないようにして、魔王の愛剣にしちゃったんだ、きっと。
『我が愛しのセキよ。これでずっと一緒だな、ククククク』
とか言って、うっわー、魔王だ。魔王的なド変態だ。変態ド魔王だ。呪いで身体を無くして剣になったセキはド魔王に好きにされちゃったんだ。うわー、セキ、うわー。
【ミル? 何を考えている?】
魔王が勇者に倒されてからセキはずっとあの宝物庫に閉じ込められて、120年。え? 120年も? あんなところに? ずっと閉じ込められたまま? ひどい、最低だよド魔王。
薄暗い宝物庫の中で、ひとりでずっとブツブツ呟いていたセキ。そうだよね、あんなとこに100年以上閉じ込められてたら、おかしくなるよね。
それで外に出たがっていた。そうでなければ私みたいなひよっこシーフを、
偶然とは言え私があの宝物庫に入ったのは、セキにとっては千載一遇の好機。だから変なこと聞いて無理に理由をこじつけてでも、仮でもなんでもいいから私のことを主にした。自分で動くことのできないセキを運ばせるために。
だから、
【おい、ミル?】
セキは地上を見て回りたいって言ってたけど、それって、
『肉体を失い変わり果てた姿となったが、せめてもう1度、あの地に帰りたい……』
とかいうことなんじゃないのか? あ、涙が出てきた。セキ、可哀想。くそぅ、変態ド魔王め、魔王っパイ欲しさにセキを手に入れようとして、すげなく断られたからって、なんて酷い仕打ちを。そんなことする奴は人間じゃ無い。あ、魔王か。魔王的ド変態め。女の子の身体をなんだと思ってんだ。ひどいよ、涙が止まんない。うぅ、セキぃ。
腰のセキを赤い鞘ごと抜いてひしっと抱きしめる。
【ミル?】
「セキぃ。辛かったね。私じゃ力不足かもしんないけど、もうセキには寂しい思いはさせないから。これからは私が側にいるからね」
【……おい、ミルよ】
「地上は騒がしくて楽しいこといっぱいあるから。街のことなら私が案内できる。美味しいパンを売ってるお店があるんだ」
【落ち着け、涙を拭け。何故、泣いている?】
「もう、魔王はいないんだから。セキはもう自由。過去に囚われることなんて無い。ふたりで地上に出れたらいろんなところに遊びに行こう! 魔王っパイにしがみつく変態ド魔王のことなんて、忘れるくらいにメいっぱいはしゃごう! 幸福な未来がセキが来るのを待っている!」
【ミルが何を考えているのかは解らんが……、物凄く無礼なことを想像していることだけは解った】
「え?」
【……くくっ、この、おばか】
呆れたようにそう言うセキの声は、なんだか優しげだった。
ふたりでギャイギャイ話しながら通路を進む。
【我と魔王の間柄など、ミルが詮索することでは無いわ】
「えー、でもセキが魔王の愛人、じゃなくて、愛剣だったんでしょー?」
【愛人と愛剣を一緒にするな。あと、愛剣では無くて愛刀と呼べ】
「同じようなもんじゃ無いの」
【我は刀であることに誇りがある】
「そんなのどうでもいいから、セキがあの魔王っパイの美人さんなんでしょ?」
【我の胸のことを変な呼び方するな、この、湯飲みのフタ】
「ひどー! まだ成長期だから! あれぐらいになるハズだから!」
【あれはあれで視線を集めたりとか、動くのに邪魔だったりと困るものだが】
「それは富める者の贅沢な悩みですー。ちくしょー。女の価値は胸じゃ無いんだ」
【その通りだ。強いか弱いか、そこが重要だ】
「それだと、メッチャよわっちい私はどうなるの?」
【これから強くなるのだろう?】
「そんなことより、セキはなんで刀になったの? 刀になる前は魔王とどんな関係だったの」
【話を戻すな。聞かせるようなものでは無いわ】
「気になるー。変態ド魔王がセキに言い寄ってきたんでしょ? あの魔王っパイをほっとく男はいないよね」
【シュトのことをおかしな呼び方するな! シュトは変態では無い!】
「あれ? 庇うの? ということはセキもまんざらじゃ無い? 魔王はオッパイスキーじゃ無い?」
【いや、我の胸に顔を埋めたりして、喜んだりはしてたが……】
「やっぱりそーいう関係だったんじゃない!」
【えぇい! 煩い! 我と魔王のことについて話すことは無い!】
「ふたりだけの秘密ってこと? うひゃ、セキって乙女ー」
【ミルは何がそんなに楽しいのか?】
「だって誰も知らないような魔王のロマンスなんて、歴史の裏に隠された物語じゃ無い? しかもその当事者から聞けるなんて」
【だから話さんと言っとる】
「まー、誰も知らないような地の底で死ぬかもってところから、生きて帰れるかもってなって、浮かれてるのはあるかも」
【まだ窮地を逃れた訳でもあるまいに。呑気なことよ】
「楽しめるときに楽しまないと。いつ死んじゃうか解んないとなればなおさら。お喋りできる相手がいて良かったよ」
【それがミルの生命力か】
「それで、魔王とは」
【しつこいの】
「えー、聞きたいなー、セキの恋バナー。どうしてもダメ?」
【そうさの。ミルが真に我が主となれば逆らえぬから、そうなったときには聞かせてやっても良い】
「じゃ、約束ね」
これからのことがなるようにしかならないから、お喋りで気をまぎらわせてたってのもあるけど、いよいよ通路が終わり扉が近づいてきた。
ここから先は百層大冥宮の最下層。私が見たこともないような怪物達のいるところ。頼りは腰の刀、セキだけ。うぅ、膝が震えてくる。
扉に触れるくらいに近づいたところで。
【ほう、気配に気付いて出迎えに来たか】
「え?」
扉の向こうから大きな声が聞こえてきた。
「そこにいるのは、何者だ!」
直感。私、死ぬ。
声だけでこの声を出した相手を見ちゃいけないって、解る。
見たら死ぬよ? 近づいたら死ぬよ?
これはダメなものだよ?
そんな声がどこからか聞こえてくるような。
声だけで、本能がガンガンと危険を訴える。
【モーロックよ、出迎えご苦労。扉を開けよ】
セキさん? ダメだよこれは?
ダメー! 開けちゃダメー! 開いちゃイヤー! ヤなのー!
だけど無慈悲に重い扉はゆっくりと開いていく。
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