第39話◇探索者と邂逅、あ、こっちの設定考えて無かった


「上に行く程に楽になってく。迷宮魔物が襲って来ないじゃない」

【防衛用の魔物であるが、本能はあるか。勝てぬと解れば逃げて行く】

「それで防衛になるの?」

【損害を減らし、強い者はひとつ下の層に任せる、というところかの。あとでアデプタスに聞いてみよ】

「そうだ。アデプタス。あの骸骨、何勝手に人の試合をアチコチに見せてるの」

【我も知らんかったの。それが娯楽となるというのも】

 

 地下迷宮の中でもお喋り相手がいるっていいなあ。五年前にはパーティのみんなでおっかなびっくり歩いてたもんだよね。それがこうして一人で余裕で行けるなんて。

 踏み込んだ床石が沈んだので、浮き身をかけて前に跳ぶ。背後から床の落ちる音。落とし穴か。がらがらがしゃん。


「円盤が予約が売り切れとか言ってたよね。円盤って何?」

【さて? アデプタスの作った魔道具かの?】


 右からカコッと音がして、半歩下がる。目の前を矢がヒュンと通る。アロースリットか。この階層、罠が多いなあ。


「あんな風に放送されてるっていうなら、お化粧でもしとけば良かったかな」

【お洒落をして試合に挑むのか? 目的を見失っておらんか?】


 五年前に比べたらずいぶんと気軽に進める。三十層を越えたら探索者がいるってことだけど、なかなか見つから無い。

 二十八層まで来たところで。


「ぎゃああああぁぁぁぁ!」


 男の悲鳴。人の声。


「あっちか」


 声の聞こえた方に走る。


【ミル、ここから我と話すに気をつけよ。我が思念話を使わねばミルがおかしな目で見られる】

「どういうこと?」

【我の声がミルにしか聞こえんとなれば、ミルは物言わぬ刀と話す危ない娘、となる】

「それは不味いね。人のいるとこだとセキに話しかけない方がいいかな? 小さな声でセキにしか聞こえないようにしようか」


 声の聞こえた方に走れば、そこにいたのは二本角の大きな黒い犬、バイホーンだ。

 その向こうには六人の男達。迷宮探索ではよくある六人のパーティ。だけど一人がお腹から血を流して倒れている。その一人に被さるようにもう一人。怪我をしてるのが前衛のファイターで、治癒しようとしてるのがクレリックかな?

 四人がそれを守ろうとして、あ、一人がバイホーンの角に引っ掻けられて、足から血が。

 バイホーンか、昔はあれより小さい一本角のアイホーンから逃げまどったんだよなぁ。あれが育って大きくなるとこれになる。馬よりちょっと大きいかな? トライホーンよりは小さいけど。


 おっと、助けにいかないと、ピンチみたいだし。


【バイホーンに六人で手古摺るかよ】

〈そーゆーもんだって。下層と比べたら可哀想だよ〉


 えー、ごほん。


「大丈夫ー!? 助けがいるー!?」


 大声出して注意を引く。男達がこっちを向いて、バイホーンも私を見る。


「お、女? 来るな! 逃げろ!」

「俺達に構うな! 死ぬぞ!」

「あ、あはは、むさくるしいパーティだったけど、最後は女を守って死ぬ、か?」

「な、なんだ、俺達カッコいいじゃないか」

「こいつは俺が引き付ける! 今のうちに逃げろ!」


【あれは、何を言っておる? 喋ってないでさっさと逃げれば良かろ?】

〈バイホーンから逃げ切れないって、諦めたのかな?〉


 私が見たときはなんだか諦めムードに見えたんだけど。私を見てからは、なんだか目に光が戻って、ヤケクソになってるような。


「早く逃げろ!」

「ここは俺に任せて先に行け!」

【何に酔っぱらっておるのだ、こやつら?】


 ワカンナイ。変な人達。

 鞘を左手で持って鞘口を切って、バイホーンに向かって進む。


「今、行くから、怪我をした人は無理しないでねー」

「だ、だから来るなって!」

「逃げろ! こいつには勝てない!」


 バイホーンが私を見てる。こっちに来たら抜刀斬りにしようか。二本角の大きな黒い犬に向かって、一歩進むとバイホーンが一歩下がる。ん? 私がもう一歩進むとバイホーンは二歩下がる。なんだ?

 よく見たらバイホーンの尻尾が丸くなって足の間に。あれ? 怯えてる?

 私がテテテと三歩進むと。


「キャイン!」


 と、鳴いて、バイホーンは振り返って勢い良く迷宮の奥へと駆けていった。あっれー?


【なかなか鋭いの。ミルには勝てぬと逃げおったか】

〈あれに、キャインって怯えられるなんて、なんかちょっと、ショック〉


 えー、私、そんなに怖く無いよ。怖がらせるようなこと、何もしてないじゃん。飛びかかってきたら斬ろうとはしたけど。

 気を取り直して、と。


「えっと、大丈夫?」


 おじさん達に聞いてみる。おじさんは大きな黒犬が逃げた方を見てる。


「バイホーンが、逃げた?」

「逃げちゃったね。何に驚いたんだろうね?」


 私じゃ無いですよ。ほら、怖くないでしょ?


「な、何がおきたんだ?」

「それよりケガしてる人はどうなの?」


 お腹を刺された人が一人に、足を切り裂かれた人が一人。


治癒ヒールできる人は?」

「あ、あぁ、いる。クレリックとビショップがいる」

「じゃ、早く治してあげて。私が周りを見ておくから」


 クレリックとビショップ。どちらも神法が使えて治癒ヒールが使えるから治せるけれど、まだ使用回数残ってるのかな?

 治療してるのを横目で見つつ、周りを警戒。このおじさん達、探索者としてはおかしな風には見えない。情報を聞き出す、と言ってもさてどう話をしようか。

 悩んでいたらおじさんの一人。ファイターかな? 鎧着て盾持ってるおじさんが話しかけてきた。


「あーと、あんた、一人なのか? パーティはどうした?」


 あ、こっちの設定とかまるで考えて無かったや。どーしよ。なんて言おう。


「もしかして、仲間とはぐれたのか?」


 これに乗っかろうかな? どうだろ。人が良さそうだし、一緒に探してやるとか言われた方が面倒なような。それなら。


「ソロなんだよ。珍しいでしょ」

「ソロだって? ここは二十八層だぞ、正気か?」

「パーティは探してるんだけど、なかなかいいとこ無くて。それに二十八層までならなんとかなるって」

「なるかぁ! それに、あんたさっきのは!」


 向こうから来たもうひとりのおっちゃんが、私と話してるファイター風の肩を叩く。


「お前、落ち着け。お嬢さん、俺達を助けてくれようとしたんだろ? ありがとな」

「助けようとはしたけど、何もしてないよ? バイホーンがいきなり走って行っちゃっただけで」

「なんで急に逃げたのかは解らん。いきなり出てきてひとり腹を刺されて、そこにお嬢さんが来たんだ」

「ケガした人は?」

「二人とも助かった。死にはしないが、これで治癒がもう使えない。地上に戻りたいんだが、お嬢さん一緒にどうだ? ソロって言うなら腕に自信があるんだろ? 手助けを頼みたい。少しは報酬も出せる。金二でどうだ?」

「金二は少しの報酬じゃ無いでしょ。いいの? そんなに出して。それに手助けって、私は護衛とかやったこと無いんだけど?」

「ひとり背負っていかんとならん。地上まで前衛してくれたらそれでいい」

「いいよ。でも先に半分だけでも貰える?」

「助かる」


 おっちゃんから貰ったのは金貨一枚。だけど私の知ってる金貨と違う。この五年でデザインが変わったのか、それとも違う国の金貨なのか。うーん、見たら解るかもと考えたけど、解んない。金貨をポケットに入れて。

 このパーティの前衛は三人。うちの一人はお腹を刺されてキズは塞がったけれど意識が無い。後衛のシーフかな? が背負ってる。もう一人は足をやられて縛ってて、クレリックが肩を貸してる。

 盾持ってるおっちゃんファイターと並んで、このおっちゃんと私で前衛二人。


「路は解るの?」

「あ? あぁ、問題無い」

「じゃ、行こ」


 よし、なんとかなってる? とうかな? どうだろ? いやー、怪しまれてるなコレは。


【くくくくく、ミルどうする? これまで口から出任せに話すことはあったかの?】

〈そんな練習してこなかったよ。どーしよ?〉


 後ろに四人引き連れて、おっちゃんと並んでテポテポ進む。


「あんた、ほんとにソロでやってんのか?」

「見かけによらない? これでも鍛えてるからね。おっちゃんとこは男六人で花が無いね」

「その花のせいで揉めたりして、パーティ解散とか無くていいだろよ」

「あーいうの巻き込まれると面倒そうだよねー」


 よっし、話を逸らせた。これで誤魔化せる? こっちは聞きたいことあるから、まずはお喋りで仲良くなって。

 おっちゃんは私の格好を上から下までジロリと見る。


「ところで、随分と軽装、どころか革鎧すら着てないってのは、何かあったのか? 質にでも入れたか?」


 話を戻されたー。えーと、えーとー。何て答えよう? 悩んでいたらまた。


「装備に制限のあるジョブだと、シーフか? だが、持ってる剣は長いし。お嬢ちゃん、ジョブレベルはいくつなんだ?」


 何にも考えて無かったよー。もとはシーフだけど、五年と神殿に行って無いから自分のステータスもレベルも解りゃしないっての。でっち上げに、えーと。


「ジョブは剣盗士で、レベルは12」

「剣盗士? 聞いたことの無いジョブだ」

「あれ? 知らない? ファイターとシーフのいいとこ取りした中級ジョブだよ」

「中級でレベルは12? たまげたな、しかもあとひとつでマスターじゃないか」

「でしょー。ステータス次第だけど次のジョブを何にしようか迷うんだよね。おっちゃんは? ファイター?」

「俺は盾戦士だよ、一応ファイターの上の。レベルは8になったばかりで、マスターになってジョブを変えるのは、まだまだ先の話だ」

「やっぱあれ? 前衛だとロード目指したりとか? 神法覚えられる盾役で」

「ロードってのはステータス制限が厳しいだろ。俺じゃ信仰心が足りね。だいたいロードなんて上級ジョブになれる奴も少ないだろ」

「だから戦士系の憧れなんじゃない?」


 話を私の追求から逸らさないと、そして地上の様子を聞いて、と、難しいなそれ。お話するだけと思ってたけど、そうはいかないのか。最下層から来ましたなんて言っても、信じて貰えないだろし。私が探索者の振りをするにしても、現役だったの五年前だし。

 私を憶えてる探索者とか、都合良く来てくんないかな?


「しかし、これはどういうことだ?」

「何が?」

「お嬢ちゃんと合流してから、魔物に出会わない。姿も見かけない。さっきのバイホーンといい、何か、おかしい」

「そ、そ、そっかなー? たまたまじゃ無いかなー?」

【くっくっくっくっくっ】

〈セキ、笑ってないでちょっとは考えて〉

【我は地上のことには疎くての、くく】


 話ながら、困りながら地下迷宮を歩いていく。ん? 振り向いて後ろを歩いていたビショップのおじ様と目が会う。おじ様がビクッと驚いた。


「どしたの?」

「い、いや、何でも無い」


 なんだろ? 後ろから探るようにジロジロ見られてたような気がしたんだけど。


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