第35話◇私、地上を見てくる
修練、そして実戦。いや、実戦というか試合なんだけど。
アデプタスが公開試合にするつもりではいたけど、それは拒否。お客を入れずに対戦していた。だけど、対戦相手が私のこと言いふらしてるみたいで、なんだか百層大冥宮で話題になってるとか。セキの新しい主っていうのが、みんな気になるみたい。
地道にランキングを上げつつ、修練も欠かさず続けて。
【
「えーと、組太刀六本、十手十本、小太刀十二本、杖十本、薙刀八本、槍六本。柔術が座が八本、立が十本。居合が真、行、草の三本。抜刀が座が八本、立が八本。二刀十本、裏の組太刀十二本、だったかな。マティア、他にはある?」
「教わったのはこれで全部だったかと。アーティは、どう?」
「形の名前はすぐに出てこないが、数はあっている。何本目という呼び方してて名称がなかなか憶えられん」
【だが、手順は憶え修練するところも理解したの。あとは内容を詰めていく。修練とはひとりで稽古できるようにするためのもので、己で追求すべきところに気がつければ、あとはそれを行うだけよ。なので、三人とも
マティアとアーティが喜んでる。うん、けっこう苦労した。なんせ形って憶えにくいんだもん。手順が頭に入って来づらいんだよね。
そこが簡単だと役に立たないらしいんだけど。
理解しにくい動き方だからこそ、身に付けると相手には読みづらい、ということらしい。
【
セキの言うことを聞き漏らすまい、と、マティアもアーティも静かになる。うん、セキがこう言うってことは、何かオチがあるな、きっと。何度もセキには、えー? と驚かせられたから何となく解る。今度はなんだろ?
【
……。
沈黙する中、ぴゅうと風が吹く。
「「ええーーーー!!」」
わお、マティアとアーティがメッチャ驚いてる。いや私も驚いてるけどね。でも、ちょっと予想ができてたし。
「セキ様! 役に立たないとはどういうことですか!」
【アーティよ。お主が言うたであろ? 実戦では手順通りに動く敵はおらぬと。くくくくく】
「それじゃ、セキ様は実戦で役に立たないものを、ずっと私たちに教えてきたと言うのですか?」
【そうなるかの?】
愕然、といった感じで膝をつくマティアとアーティ。
うん、気持ちは解るよ。形にどれだけ苦労してたか。憶えるのも大変で理解するも苦労する。ちょっと解ったと思ったら、次の難題が現れる。そこをなんとかしたら、その向こうからまた別の難問が現れる。
そういうのがいっぱい込められてるから、憶えにくいのかもね。
「役に立たないものを、何年やってきたというのか……」
「セキ様酷い……。これを憶えたら
【ミルは平気なようだの? もっと驚いて文句をつけると期待しておったのだがの?】
「セキが無意味なことしないのは、これまでの修練で解ってるから。たまに驚かせて楽しんでるとこあるよねー」
【ほう? ではミルの考える
「前にアーティが、実戦では手順通りには行かないって言ってたし。ランキング挑戦で強そうな人達と対戦もしてみたから、なんとなくだけど」
でも今も解らないとこがある。ここを越えてもまだ何かある気がする。同じ手順でも相手の水準で、相手がどれだけ形を、術理を理解してるかで、また変わる。
だからまだ、形ができたとは思えない。でも、形は実戦では役に立たない。今の私の答えは。
「
【それが解っておれば良い】
「それはそれとして、ししょー、組太刀の四本目の相手に足を斬らせに誘う動きが、解んないんだけど」
【その前の動きの中に、受の首を脅かす動作があるのよ。受はそれを警戒しつつ刀の上がった隙を狙うことになる】
「えーと、どういうこと? マティア、ちょっと一緒にやろ。四本目」
「え……」
地面に膝をついたまま、キョトンと見上げてくるマティア。
「どしたの? マティアもアーティもぼーっとして?」
「う、ううん、なんでも無い。四本目ね? 私が受で、ミルちゃんが取?」
「そう。足のとこで一回止まって」
【くくく、どうした? アーティもやってみぬか?】
「は、ハイ、セキ様! 私にも教えて下さい!」
実力はついてきた、と思う。だけど、何処までなのか。ケルたんにモーロックに何処まで通用するのか。
ちょっと地上の様子を見てきたい。アデプタスの話では解らないことも多い。どうやって地上を探ってるのかは教えてくれなかったし。
神様達が何をやってるかはゼンゼン解んない。転移の事故なんてのも私だけみたいだし。あれから起きないし。
ケルたんはたまに顔を見せるけれど、フェスからは逃げているみたい。私とマティアをからかって逃げていく。たぶん様子を見てる。
地上の心配をしつつ、修練を重ねて、試合を繰り返して。少しずつ私をセキの主と認めてくれるのが、増えていった。
「探索者の数が、減った?」
アデプタスが骸骨の顔で、これまで無かった話を始める。
「ハイ、三十層まで下りて来る探索者。その数がいきなり減ったのであります」
フェスは扇子を閉じたり開いたりしながら、アデプタスの話を聞いている。
「地上で何かあったのかしら?」
「どうやら、人同士で争いがあったようであります」
「人と、人で? どういうことかしら?」
「人間同士の戦争か、それとも女神ティセルナ以外の光の神の信徒でも増えて、地上で争いでも始めたか。解ったことは、今、百層大冥宮に来る探索者はこれまでの探索者とは、違うこと。地上で争いが起きたらしい、ということであります」
「ふうん? ミルは何か解る?」
「ゼンゼン解んない。百層大冥宮の入り口の街ルワザールって、エスデント聖王国の街だけど、そこで争いって? それも、人同士で? 街はどうなってるの?」
「迷宮に入ってきた探索者の話を盗み聞きしてるだけなので、細かいことは解らないであります。今のところ迷宮に来る探索者は、どうもベルデイという国の兵士のようであります。ベルデイとエスデントという二つの国で何かあったようであります」
「うふふふふ」
「フェス?」
「闇の軍勢を地上から駆逐して、平和になって120年。その平和に飽きて同じ光の軍勢同士で争い始めたのかしら? このまま潰しあって光の加護が無くなれば、私達は地上に戻れるかもしれないわね。ほんとに今さらだけど」
「フェスは、地上に行きたいの?」
「どうでもいいわ。魔王様がいて、皆が住める楽土を地上に、とやっていた頃とは違うもの。アデプタスのおかげで、ここで暮らすに不便も無いし」
「アデプタスは?」
「自分もくだらない争いには飽きております。今さら地上に出て暴れる気も無いであります。ここで迷宮を管理して、魔法の研究ができれば良いであります。ただ、今の本音を正直に言えば、女神ティセルナの信徒ざまぁ、で、あります」
「私は、どうすればいいのかな。地上のユマニテ先生と孤児院が心配だし、見て来たいとこだけど」
「自分はミルさんに地上の様子を見て、こちらに教えて欲しいであります。かつてより弱ってはいても、いまだに光の加護はこちらの干渉を邪魔するであります。かといって地上に長時間居られるのは、ミルさんだけであります」
「じゃあ、ちょっと見て来ようか?」
「ダメよ」
フェスがピシャリと扇子を閉じる。目がちょっと怖い。
「行かせ無いわよ、ミル。セキは我が友、地上には出させないわ」
【フェスよ、心配いらん】
「それでは、フェス、一時的にセキ様をお預かりして、ミルさんだけで地上を見てきてもらうというのは」
「アデプタス、セキ、二人ともお黙り。これは私とミルの話」
椅子に座ったままのフェスが怖い顔をする。私はフェスにお願いしてみる。
「フェス、お願い。ちょっと見てくるだけだから」
「セキの主たるミルも、地上には出させない。争いがあったというなら、何が起きるか解らない。そんなとこに行かせられないわ」
「フェス、どうしてもダメ?」
フェスが行ってはいけないなんて私に言うのは、イジワルで言ってるんじゃ無い。それが解る。私がフェスの座る椅子に近づくと、フェスは椅子から立ち上がる。
私がここに来たときには、フェスは私より頭二つ高かった。今では私の背は、フェスより少し低いくらい。私もずいぶんと背が伸びた。
フェスの目を見れば、フェスの気持ちが解る。解ってしまう。表情を隠して睨むようにしてても、私にはフェスのことが解る。
「フェス、ちょっと泣きそうだね」
「……そんなとこまで、セキに似てきちゃって」
「セキは私のししょーだからね。セキのように見ろって言ったのは、フェスだよ」
「見抜くようになったわね……。ミルを行かせたく無いわ。毛色の変わったペットでも相手にしてるはずだったのに」
「うん、知ってる」
「おばかな子で、廊下の彫刻を二つも倒して壊したわ」
「う、あれはメイドのお姉さんとふざけておいかけっこしてて……、ごめんなさい」
「海があるって言ったら、行きたい行きたいってはしゃいで、八十八層で海水浴とか」
「バーベキューもしたね」
「……いつから、ミルは娘のようになってきたのかしら?」
「フェスも、いつから私のお母さんみたいになったの?」
「解らないわ」
「私も、憶えて無い」
フェスが私の身体を抱く。私もフェスの背に手を伸ばす。
「五年と飼っていれば、情も移るのね」
「もう、そんなになるのか。ここって居心地良くて」
「だったらずっといればいいじゃない?」
「そうだね。でも、このままじゃずっといられるかどうか、解らないから」
フェスが私の髪を撫でる。この五年で長く伸びた私の髪を。
もう、五年。十九歳になった。
「私、セキと地上を見てくる」
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