第42話◇敵を識り、己を識る、うん、そうだね
「あぁ、光の女神ティセルナよ、この奇跡に感謝します」
眼鏡を落として目をハンカチで拭う聖女。五年前の私のパーティメンバー。メッチ。
五年振りの再会においおいと泣いちゃった私たちの周りで、神官達がオロオロしてる。ゴメンね。落ち着くまで待って。
感動の再会に積もる話もあるけれど。
ぐーーーー。
お腹空いてたや。
「あの、メッチ。何か食べるものって、ある?」
「ちょっと待ってて」
聖女って言われるだけあるのか、メッチが頼むと、神官達はメッチに恭しく礼をしてキビキビ動く。
「ミル、どう? 有るものを持ってきて貰ったんだけど?」
「美味しいよ!」
ちょいと硬い歯応えがいい感じのパンにカボチャのシチュー。マッシュポテト。焼きトマト。ピクルス。野菜炒め。神殿らしくお肉は無いけど、ボリュームある。
メッチが頼んだみたいで、焼き魚を持ってきた神官が一礼して部屋を出た。私とメッチ、二人きり。
モリモリと食べる私を見てメッチが、
「お魚と、野菜炒め、どっちが美味しい?」
「どっちも美味しいよ!」
「うん、ミルだ。ふふふ、そこは五年前と変わらない」
いやー、実はそうでも無い。美味しいは美味しいんだけどね。九十九層のご飯に慣れてしまうと、美味しい上に、これ、材料はなんだろう? という刺激が無いと、少し物足りない。でも美味しい。久しぶりのご飯。お弁当食べ尽くしてから、一日振りのご飯だよ。お弁当というか、あの保存食は腹持ちが良かったなー。
【腹もくちたならば、本題を進めるか?】
〈そだね。でも、まだ食べてるんだから、もうちょっと待って〉
「ミル、いったい今まで何処にいたの? 私、探したのよ」
お魚を手で持って食べながら。
「えーっとね。宝箱の
「そう、ケムが言ってたの当たってたの。ミルなら、もしかしたら宝箱の罠を使ったのかもって」
「他には思いつかなかったし。ケムも同じこと考えてたのか」
「とてつもなく率の悪いギャンブルって言ってたよ。なんで無茶するの?」
「ゴメンね。でもそのギャンブルに勝ってこうしているから、ゴメンして」
「もう」
五年前より綺麗になって、なんだか威厳のある感じになったメッチ。ポッチャリさんだったのにスマートになってる。でも優しい目は変わってない。
「でも、驚いた。メッチが聖女って呼ばれてるのにも驚いたけど、ルワザールの街があんなになってたなんてね」
「すぐに取り返すよ」
あ、メッチの目が怖い。眼鏡がキラッてした。
「迷宮はベルデイ国が占領していいものじゃ無い。エスデント聖王国が管理して万人に開かれるもので無ければならない。光の女神の信徒として、闇の魔物を滅ばすために」
「そりゃ、エスデント聖王国が管理してるときは来るもの拒まずって感じだったけど。なんか、関税? ての、かけてるって聞いたよ」
「それが、聖王国の東の方でね、反乱が起きて紛争になったの」
「は? なんでまた? 聖王国で反乱?」
「なんでも王都に隠れて重税をかけてたとこがあって、そこが反乱を。そこの領主は処罰されたけれど、そこの人達は聖王国を許さないってなって。その戦費捻出の為に迷宮の財宝に関税が」
なにそれ? どうなってるの?
【闇の軍勢という明確な敵が居なければ、同胞と争う理由を己で作るか】
〈反乱鎮圧するのに予算が欲しい? そういうこと?〉
【おそらくは。または金と物で反乱を鎮めるか? なにやら借金を返すために別のところから金を借りるようだの】
「このボラッシュでルワザール奪還の為の部隊編成が終われば、すぐに出発するわ」
「メッチ、気合い入ってるね。メッチも戦争に行くの?」
「私、治癒部隊の隊長することになったから。もと探索者の義勇軍の」
五年も地上のこと知らなかったけど、そんなに変わったのか。メッチがふんって鼻息して戦争に行くって言うなんて。
「ひだまり孤児院は? ユマニテ先生は?」
「皆、ここの神殿にいる。真っ先に避難させたから」
「メッチがいろいろしてくれたんだって?」
「ミルの代わりに何かできないかなって」
「私じゃ、少し仕送りするぐらいしかできないから。ありがとうメッチ」
「ユマニテ先生に、皆に会っていく?」
「会いたい。会いたいけどね。ちょっとやることあるし」
「何? それは急がないといけないこと? 顔を見せてあげたら、喜ぶのに」
「でもいきなり会うとまたビンタされるかもしれないから」
「だ、だって、なんだかカチンときて、そのゴメン。痛かった?」
「こっちもふざけ過ぎたし。実は今、調べてることがあるんだ。光の女神の加護が弱まってることについて」
「……女神が嘆いてるのよ」
メッチは俯いて、祈るように手を組む。
「闇の軍勢が、魔物が地の底に封じられて、平和になって。それが今では人の国同士が争い、反乱が起きて、かつては一丸となった同胞達が争いあってる。それで女神は嘆いて、今、光の女神の加護が弱まってるの」
そうなのかな? それとも神殿ではそう言ってるのかな?
「メッチが解るくらい、光の加護は弱くなってるの?」
「探索者なら皆、感じてる。五年前に比べてレベルアップに必要な経験値が、倍に増えたもの。レベルアップのときのステータス上昇も、悪くなってる」
「え? 倍に? それじゃなかなかレベルが上がらないよね?」
「そう。他にも神法が弱くなってる。
「それが、解るくらいに光の女神の加護が弱くなってるってこと?」
メッチが私の問い掛けにコクリと頷く。
【ふむ。信徒の信仰心が薄れたか、他の神が何かしたか。光の女神は昔より弱くなってるようだ】
「それじゃ、このまま光の女神の加護が無くなったら」
「かつての聖魔大戦で地の底に封じた闇の者が、地上に出てくるかも。だからこそ、ベルデイ一国に百層大冥宮を任せてはおけない。あの国ひとつで、何かあったときに抑えることはできない。優秀な探索者と戦える者が、迎撃できる体勢を作らないと」
そのために、人と人が戦う、争う。なんだか、私の知ってる戦いと違う。生きる為の戦いと違う気がする。
何かが違う。何かが歪んでいる。
「どうしたの? ミル?」
「ちょっと、どうしていいか解らなくなって。メッチは、エスデント聖王国軍はルワザール奪還に行くんだよね?」
「そう。ベルデイからルワザールの街と百層大冥宮を取り返す為に」
【百層を己の物と言うか。傲慢よの。己らが作ったものでもあるまいに】
そうだね。そこに住んでる人達のことを気にする人は地上にはいない。私しかいない。他の人には見えない。私にしか見えない。
見えない。見えないけど、そこにある。そこにあるものを、見つけて大事にする。
見えないからって無くなるものじゃ無い。見えないからって無くしていいものじゃ無い。
闇の軍勢を、かつての魔王の臣下を、敵だと言って地の底に封じたあとは、封じて見えなくしてからは。
次の敵を求めて、かつての同胞と争い始める。光とか闇とかいって、片方だけ無くして。それで平和になったかと言うと今の地上はそうでも無い。
見ないようにするための戦いなんて、そんなのはつまらない。私はしっかりと見たい。解りたい。見つけて、解って、一緒にいたい。
でも、そんな思いも、この世界には要らないものなの?
『刀術そのものがもはや世界から必要とはされて無いんだよ。それはここにいる僕たちと同じようなものでしょ?』
『牢獄じゃ無くてゴミ箱かもね?』
なんでケルたんの言葉が、あぁ、セキが言ってた。忠告、痛み入るって。
必要とはされて無い、とは言われたく無くて。それは私が孤児院に捨てられた子だから? 私が欲しいと思ったものは、私が大事にしたいと思ったのは、世界から必要無いと言われたものは。
それは、全部、私のことじゃないか。
【どうした、ミル? 何を考え、いや、悩んでおる?】
セキ? えっとね、私ってバカだなあって。
【ほう、それに気がついたかよ】
ちょっとー、酷いんじゃ無い? 今、落ち込んでるのに。
【落ち込むほど身に染みて解ったのならば、良いことであろ】
何がいいっての?
【敵を識り己を識れば百戦危うからず】
それはそうかも知れないけどさ。
【敵を識るだけで己を識らねば、百戦中五十戦は危ういの。己を識っても敵を識らねば、これも百戦中五十戦は危うい。だがの、真に己を識る者など、果してどれだけいようか?】
真に己を識るって? ししょー、もっと解りやすく。イジワルしないで。
【己が身のことを識る者はどれだけいようか。骨と血肉持つ我が身のことを、その役目を、役割を、全て識り十全に使える者など、どれだけいようか】
んー、なかなかいないんじゃ無い? 私もセキに刀術教えてもらわないと、自分の肉と骨のことも解らなかったよ。
【生まれ持ったその身体を全て使いこなし、それで何事かを成せたならば、何物かを生み出せたならば、そこで初めて血肉骨を持って産まれた己が意味も、己が価値も問えるだろう。己が生命の真価を探れよう】
身体を使うってそういうこと?
【然り、だが、未だそこに到達した者などおらん。それを満足に動けもせず、ヨチヨチ歩きの赤子が、己の産まれた意味や価値を問うても答に辿り着けるものかよ】
それじゃ、いつまでやったら、いつまで続けたら、いつになったら解るっていうの?
【さてな? 我はそれが解る前に身体を無くしたのでなぁ。だが、ミルよ、嘆くことは無い】
どれだけ頑張ればいいかも解らなくなって、嘆くことは無いって?
【己をおばかと識ることができた。これで百戦中、そうさの、十二戦くらいは危うく無いであろ。先は遥か彼方でも、目の前から片付けていけば良かろ】
目の前、目の前ね。そうだね、見えるものから、今の私が解るところから。そこからちゃんとしないと。
「ミル? どうしたの?」
「ちょっと考え事」
目の前、今はメッチが不思議そうに私を見てる。さて、私は何から片付けていこうかな。先ずは、
「メッチ、食後のお茶って貰える?」
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