第10話◇吸血鬼の女王様、99層は吸血鬼がいっぱい
吸血鬼のメイドさんの後をついて行く。セキが私の身体でモーロックとやりあったからか、筋肉痛で足がプルプルしてて、歩くの辛ーい。
「謁見って言ってたけど、階層の守護者って迷宮のボスみたいなもんだよね」
【本来、正面から来たならば女王配下の吸血鬼と戦い、そこを切り抜けてから守護者の間に辿り着くのだが、我とミルは出口の方から来たことになる。ここのメイドもどうしていいか解らんのであろ】
「そっか。ボスを倒して下層に降りるんだから、下から来ると順序が逆になるのか。いきなりボス戦かー」
前を歩くメイドさんふたりが振り向いてこっちをジローっと見る。な、何かなー?
「戦うおつもりですか?」
もうひとり、こっちは私に香水かけたメイドさんも。
「やめといた方がいいですよー」
「私もそう思います」
そりゃそうだよね。だって私じゃここのメイドさんひとりに手も足も出ないだろうから。見た目は綺麗なメイドさんだけど、みんな九十九層の吸血鬼なんだから。私なんて相手にもならない。おやつくらいにしかなれないんじゃ無い?
でも、私にはセキがいるからね。セキ先生、ピンチになったらお願いします。
白い豪華な扉が開く。
そこは宮殿だった。
「ほへー……」
【口を閉じろ】
真っ赤絨毯が真っ直ぐ伸びる、白い大広間。白い柱が規則正しく並び、その柱には花と戯れる乙女達の彫刻が。高い天井には豪華なシャンデリア。お城の中ってこんな感じなのかな。
両脇にはズラリとメイドさん達が並ぶ。いっぱいいる。
「なんでメイドさんばっかりこんなに」
【配下の吸血鬼を倒してここまで来たなら、ここにいる人数も少なくなってるハズだが、裏口から入って来てひとりも倒してないからの】
「え? じゃあこの階層中の吸血鬼がここに集まってるの?」
【全員ではなかろ。ここにいるのは200人くらいか】
200人の吸血鬼にズラリと挟まれてる。もー、逃げたい。帰りたい。
【さっさと進め。我の主らしく堂々と】
ひいぃ。
メイドさんは吸血鬼って聞いたけど、目は赤いけど背の高さとか髪の色、肌の色はまちまち。耳が長いのとか角が生えてるのとかいる。それが全員、ピシッと立って右手を左肩に当てて、軽く頭を俯かせている。吸血鬼の礼式なのかな。
真っ直ぐ歩いて正面に。堂々と。震えてないよ、震えてません。急がずにゆっくりと。でも、左手は腰に下げたセキの柄から離せない。だって頼れるのはセキしかいないもん。
正面奥に8段の階段があって1番上に寝椅子がある。足が金でできてるような豪華な寝椅子、そこに肘をついて半分寝転ぶように、黒いドレスの女の人がいる。片手の扇子を弄びながら私を見下ろしている。
この人が女王様?
私が階段の下まで来ると、その人は起き上がり歩いて階段を降りてくる。
歩いて、歩いて?
なんだろう、この女の人から目が離せない。この人の身体の輪郭が背景から浮き上がってみえる。歩く動作、足を進める姿が、動きが綺麗。
黒いドレスは星空の夜のようにキラキラしてる。肩が出る形のドレスで胸の谷間を見せるように深い切れ込み。むむ、セキの魔王っパイ程では無いけれど、それに自信があるタイプの人と見た。
金の髪を揺らして私の前に立つ。立ってるだけで絵になるというか、美しい人というか。これが九十九層のボスかー。
背は高くて見上げるくらい。私が背が低いから、私より背の高い人ばっかりだけどね。
その人が右手を左肩に当てて、畳んだ扇子を持った左手でドレスをつまんでちょっと広げる。足を前後にクロスさせて腰を折って頭を下げる。動作ひとつひとつが色気がある。うわ、ここに飛ばされて来てから初めてちゃんと歓迎された? しかもなんか敬われてる?
「久方振りに魅刀赤姫を我が宮へと招く光栄に感謝を」
私じゃ無くてセキにだよね。そーですよね。解ってましたよ、はい。
【久しぶり、という程でも無かろ。フェスは宝物庫に来ていたではないか】
女王は顔を上げてクスリと笑う。
「あら、セキが宝物庫から出てくるなんて120年振りよ? これは久しぶりなんてものじゃ無いわ。ここに人間が来るのもね」
急に軽くなった。扇子を開いてクルクル回して、機嫌が良さそう。なんか楽しそう。
「それで、魅刀赤姫ともあろう者が、なぜこの女の子の腰に下がってるの? セキを我が武器にって百層大冥宮の腕に覚えがあるもの、みんな袖にしてきたセキが」
【このミルに我が刀術を教えてやろうかと、な】
「本気? 一途に魔王様以外には触らせもしなかったのに?」
【あやつの他には我が刀術に見合う者がいなかっただけのことよ】
「それがこの娘にあるって? ちょっと可愛いけれど、特に何かある感じもしないのに」
女王は扇子で顔の下を隠して私をジロジロ見る。あら、仔猫が迷い込んで来たわ、って目で見てる。私も女王を見上げて、笑顔、笑顔。
良かったー、これならモーロックみたいにバトルにならなくて済みそう。
「この娘、どこから入って来たの? 探索者なんて最近は50層でひぃひぃ言ってて、下層まで来れたのなんていないのに」
【そこから話すか】
私が説明しよーかなー、と思ったけどセキが代わりに話してくれた。私がここに来た経緯を。女王はふんふん、と聞いてたけど途中から呆れたように。
「
【珍しいだろう?】
「珍しいだけかしら? 思念話無しでセキの声が聞こえるなんてのも魔王様の他にはいなかったし。あれって愛の力かと思ってたけれど、もしかしてセキってこんな女の子が好みなの?」
【おばかな事を言うな】
「こんなこと、只の偶然だけとは思えないけれど。波長が合って呼びあったのか、それとも」
【その辺りはアデプタス辺りと調べてみればいい。それで、フェスには頼みたいことがある】
「セキの頼みなんて、これも珍しいわ。今日は珍事のパレードね」
私もそう思う。ドラゴンに会って吸血鬼の集団に囲まれるなんて日は、そうそう無いよね。
【まずはミルの食事と水、そして着替えに寝るところだ。モーロックと少し遊んできたからミルは疲れている】
このセキの声が聞こえていたみたいで、これが思念話っての? セキが言うとメイドさんがザワッとした。
「遊んできたって、この娘が?」
あれは遊びとは言わんでしょー。1歩ずれるだけでプチっとされたり、ジュワッと溶かされたり、雷にビシャンとされる危険な遊びなんて2度としたくない。遊びなんて言って子供がマネしたら危ないでしょが。モーロックだけは喜んでそうだけど。
【暫くこの九十九層で世話になりたい】
「解ったわ。お嬢ちゃん、お名前は?」
「ミル。ミルライズラ。ミルって呼んで」
「ミルね。水はあるけど人の食事はどうしようかしら? 着替えと部屋はすぐに用意できるわね」
女王はメイドさん達を一瞥して、
「誰にしようかしら? うん、マティア、こちらに」
「ハイ」
スススとやって来たのは、さっき私に香水かけて頭叩かれたメイドさんだ。ウキウキワクワクした顔をしてる。
「マティアにミルのお世話係をしてもらうわ。それと娘達、ミルライズラはこのフェスティマの客分。勝手に血を吸ってはダメよ」
「「
「ミルも自分の血で娘達を誘惑したりしないでね。干からびちゃうわよ」
「しないってそんなこと。やっぱり吸血鬼なんだ。綺麗なお姉さん達にしか見えないのに」
「じゃ、マティア。ミルを部屋に案内して。それから着替えさせて、次はトイレの躾ね」
「かしこまりました。では、ミル様、セキ様、こちらへ」
トイレの躾って、それ、お客様扱いじゃ無くてペットの扱いだよね? うー、モーロックのせいでずっと漏らした子扱いだ。モーロックの奴、ボッコボコにしてやる。セキにお願いして。
「いろいろとお話もしたいけど、まずはお風呂に入って休んできなさい」
「女王様優しい。ありがとうございまーす」
わーい、お風呂に入れる。着替えもあるって。良かった優しい人、じゃなくて吸血鬼で。
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