刀術修練編

第12話◇修練開始、よっしゃやるぞー!


 パンケーキ美味しい。マーマレードをつけてモリモリ食べる。なんだか久しぶりにごはん食べてるよ。喉につまりそうになって、リンゴのジュースで流し込んで、もぐもぐもぐ。


「いい食べっぷりね」

「美味しいです。お代わりください」


 白い丸いテーブルで、吸血鬼の女王様と向かい合ってパンケーキ食べる。椅子に座ってるからセキは剣帯から外して、私の足の間に立て掛けている。


 マティアにマッサージされて、セキと話してるうちにまた少し眠って、お腹が空きすぎて目が覚めた。

 服も貰っちゃって、今着てるのはエプロンを外したメイド服。その上から剣帯絞めてセキを腰から下げる。

 吸血鬼の女王様に呼ばれてバラの庭園が見える部屋に来て、パンケーキ出して貰った。私の斜め後ろには私のお世話係のマティア。正面に吸血鬼の女王様。で、回りにも吸血鬼メイドさんがいて、ジュースを入れてくれたり、パンケーキのお代わりを持ってきてくれる。


 女王様、優しい。私にご飯くれる人は神様です。マティアの強引なマッサージとボディタッチのおかげで、前ほど吸血鬼は怖く無くなった。代わりに違う恐怖を感じるようになったけど。

 お代わりのパンケーキに今度はイチゴのジャムをつけてムシャムシャと。

 

 正面の女王様もパンケーキ食べてる。吸血鬼って血だけ飲むっていうんじゃ無くて、パンケーキ食べるんだ。でも、女王様の持ってるグラスには赤いトロリとした飲み物が入ってる。パンケーキはちょっとだけ食べて、赤い飲み物を味わうようにグラスを傾けている。そっちが主食?

 なるべくそっちは見ないようにして。


「ミル、昨夜はちゃんと眠れたかしら?」

「はい。ベッドもふっかふかで、着替えとお風呂もありがとうございました。女王様」

「あら? ミルは私の眷属では無いのだから、私を女王と呼ぶことは無いのよ?」

【慣れない敬語など似合わんぞ】

「えー? でも私が女王様に慣れなれしくしたら、ここの皆さん気を悪くしない?」


 ここのメイドさん達、女王を敬愛してるけど、私のこと、なにこの人間は? って目で見てるのもいるからさー。

 女王様はクスリと笑う。


「ミルが魅刀赤姫をセキと呼ぶように、このフェスティマのこともフェスと呼びなさいな」

「いいの? ご飯はくれるし気さくで優しいし、フェスっていい人だね」


【ミル、そこは少し気をつけよ】

「なんで?」

「ふふ、ミルみたいに元気な可愛い子が、私の色に染められて、『女王様、どうか私を踏んで下さい』と、自分から言い出すように、ゆっくりと躾けて楽しみたいものね」

「これが吸血鬼の恐怖なのかー」


 背筋がゾクゾクしちゃうよ。


「吸血鬼って、女しかいないの? フェス以外はメイドさんしかいないみたいだけど」

「男の吸血鬼もいるけれど? ただ、この階層にはいないわ」

「あ、そうなの? 女しか見ないから、もしかして吸血鬼って女だけなのかって思ってた。えっと、聞いてもいい? なんで男がいないの?」


「だって、男の血って不味いじゃない」

「私には血の味の違いは解んないなー」

「それに、男って可愛く無いじゃない」

「可愛い男の子とか、いると思うけど」

「私は男の子よりも女の子の方が好きなの。だから私の眷属に男はいらないの。私の九十九層に男はいないわよ」

「もの凄い女尊男卑の世界を見ちゃった。それでメイドさんなの?」

「メイド服って可愛いじゃない?」


 それでメイドさんしかいないのかー。吸血鬼の女王様はそっちの人なのか。それで配下のメイドさんもたぶんフェスと同じで、マティアが私にハァハァするのも、血が美味しそうってだけじゃないのか? うひぃ。


「あら、ミルは女の子より男の子の方が好きなの? 地上に恋人でもいるのかしら?」


 いないけど、と、私が言おうとする前に私の後ろに立つマティアが応える。


「女王、ミルちゃんはまだ処女です。純潔の乙女です」

「いつの間にか調べられてたー!」

「まぁ、それは素敵ね。ますます美味しそう。ふふふ」

「その美味しそうはどっちの意味なの!?」

「どっちって、どっちもよ? 両方ともよ」

「私の危機が倍率ドン! さらに倍!」

「ミルちゃん、チーズケーキ食べる?」

「あるの? いただきまーす」

【気をつけよ、と言うておるに……】

「はへ?」

【餌付けされないように、気をつけよ】


 おやつにつられて貞操を捧げるというのはやだな。でもケーキなんて滅多に食べられるものじゃ無いし。メッチャ美味しいです。この口の中に溶ける幸せのまったり濃厚なチーズケーキのお礼に、身体を差し出すのもアリなのかも。いや、やっぱナシで。でも食べ物以外に服も寝床もお風呂も用意してもらって、私は何もお礼できるもの持ってないんだよなー。私には私の身体ひとつしか無い。うむぅ、これでお礼になるなら私を一晩差し出すのも、いや、でもそれは。ケーキ美味しい。


【なにやらおかしなことを考えながら食べている。ところで、フェス。食事のことだが】

「すぐには用意できないわ。今は娘達に材料を取りに行かせてるから」

「え? 食事は今、食べたとこだけど」

【それは食事というか、おやつであろ】

「吸血鬼の食事は血だから、人の食べるものって吸血鬼には必要無いの。お酒とお菓子は嗜む程度。だからお菓子にお酒にお茶はすぐに用意できても、人間のご飯はすぐに作れないわ。必要なのって、肉と野菜、それと穀物に豆類かしら?」

【骨を丈夫にしたいから、骨を作るものも欲しいところよの】

「と、なると、お魚かしら? 娘達もお菓子以外の調理はしたこと無いのよ」

【ミルの為にバランス良く頼む】


 吸血鬼の食生活って偏ってるなー。

 フェスは私の顔、肩、胸とまじまじと見る。


「今の青い果実も美味しそうだけど、これを私の手で熟させるというのも趣深いわね」

「完熟させて下さい。できたらフェスが最後に見た胸のあたりを。でも実ったからっていきなりかぶりついたらダメだからね」

「憶えておくわ。ふふふ」


 食後にお茶を淹れてもらう。優雅というか、貴族的というか、なんだかお嬢様になった気分ですわ、おほほ。


「ひとつ言っておくことがあるの」

「何?」

「ミルがこの九十九層に来たってことが他の階層にも伝わってね。120年振りにここに来た外の者だって騒いでるのがいるのよね。勇者の再来か、ついに探索者がここまで来たかって」

「ただの事故なのにー」

「それで、そいつに会わせろとか、勝負させろとか、転移罠テレポーターのことで話を聞かせろとか言っててね。煩いからこの階層からは閉め出してるんだけど、強引に来ちゃうのもいるかもしれないから、ミルは気をつけてね」

「それ私はどう気をつけたらいいのよ?」


 百層大冥宮の下層のトンデモモンスターに私がどう抵抗できるっての。降参のポーズ以外、私にはできることが無いよ。


「危ない人を見かけたら、助けてーって叫んで逃げるのよ」

「ここのメイドさん達、私を見て舌舐めずりしたりする危ない人が多いんですけども」


 ついマティアの方を見てしまう。マティアは私を見てニッコリ笑う。


「女王のお客様であるミルちゃんは、私が全力でお守りします」


【フェスよ、このマティアを借りても良いか?】

「借りるとはどういう意味で?」

【これからミルの修練をするにあたり、中には相手がいた方が良いものもある。しかし、我には身体が無い。都合の良い稽古相手がいないのだ】

「そういうこと。マティアにミルの練習相手になれってことね。吸血鬼だから手足が斬れてもすぐに再生できるから」


 斬れても生えてくんのか。流石アンデッドの上の上。


【乱暴には扱わんよ。それでマティアにも少し我の刀術を学んでもらう必要があるのだが、良いか?】


 マティアがハイッて手を上げる。


「喜んで! セキ様の刀術を伝授して頂けるなど光栄です。このマティアの身、存分にお使いください!」

【もとの能力の高い吸血鬼に、私の刀術は相性は良くないところなのだが】


 なんか回りのメイドさんがマティアのこと羨ましそうに見てるよ。あのモーロックもセキ様って様付けで呼んでたし、セキってメッチャ偉くて人気のある刀なのか。

 フェスがお茶を飲みつつ。


「セキの刀術は使い手しだいでしょう。腕力自慢の男どもには向いてないでしょうけど。マティア、良い機会だから全部学んで吸血鬼の刀術師になっちゃいなさい」

ハイッ、我が女王ラー・マ・クイン!」


【ミル、そのお茶を飲み終えたら修練を始めるぞ】

「わかった。お腹いっぱい食べて元気もいっぱい。なんでも来いっ」

【お腹いっぱい? 吐くなよ?】

「初日からハードな奴で、生意気なのの鼻をへし折るってのだよね。それ訓練場でやったよ」


 探索者になるための訓練場で、ナイフとショートソードの扱いを教えてもらったからね。筋トレ、ランニング、模擬戦とこなして、迷宮ではパーティの前衛のサポートしてたんだから。まるで戦えないってわけじゃ無いんだよ。ここに来てからは回りが強すぎすぎなんだよぅ。


【基礎からじっくりと仕込むとするか。フェス、動ける場所を借りる】

「セキの刀術だと体術もあるんでしょう。それなら第2武術館を好きに使って」


 よっしゃ、やるぞー!

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