第22話◇アーティ、ごめんっ!


 毛布を身体に巻いたアーティは落ち着いてきたみたい。アーティの背中をマティアが撫でている。

 で、フェスが膝をちょっと曲げて私の顔を見る。フェスは私より頭ふたつは背が高いから。


「ねぇ、ミル。お茶のときにミルのいた孤児院の話を聞かせて貰ったのだけど」

「うん?」


 お茶のときにそんな話をしたっけ。お喋りでフェスを楽しませるのが、私のできるお礼だからって。フェスに聞かせておもしろい話が解んなくて、街のこと、私のパーティの仲間のこと、いつも皆でいく酒場のこと、私のいた孤児院のこと、地上のことをいろいろ話した。

 フェスはそのときの話を思い返すようにして。


「その孤児院の先生、とってもいい人みたいね。私も聞いてて感心したわ」

「うん、ユマニテ先生は素敵な先生だよ」


 ルワザールの街は一攫千金を狙って集まった探索者の街。良くも悪くも賑やかで、荒っぽい。探索者の親がある日突然、迷宮から帰って来なくなることもある。私の親が私を捨てた理由は知らないけど、そんな子供は多い。


 あの孤児院に拾われた私は幸運だったんだと思う。街には孤児にスリや置き引きをさせたりとか、子供を探索者の荷物持ちに貸し出して、迷宮から帰って来なくなったりとか、そんなことしてる孤児院の話も聞いた。

 私のいた孤児院のユマニテ先生は優しくて暖かい先生。小さい頃、寂しくて泣いてたらそっと抱きしめて背中をポンポンしてくれる。

 それをたぶん、お母さんみたいって言うんだろうな。


「私が探索者やってるのも、自分が生きてく為にってのもあるけど、ユマニテ先生に恩返ししたいから。まぁ、他に良さげで私にできそうな職も無かったからなんだけどね」

「ミルが地上に戻って来なくて、その先生も心配してるでしょうね」

「うん、そだね。同じ孤児院出身の私の兄貴分、レスディって言うんだけどね、探索者して稼いだお金をユマニテ先生に送ってたんだ。でも、そのレスディの奴がドジ踏んだか、迷宮から帰って来なくなったんだよね」

「あら、死んじゃった?」


「死体を見つけて神殿に運べば、蘇生できるから。まー、お金かかるし、たまに失敗するけど。だから迷宮から帰って来ないって言い方してるの。死体も地上に帰って来れないって」

「確認したわけでは無いから、もしかしたら迷宮の中で生きてるかもね。か細い可能性だけど。それで?」

「レスディが迷宮から帰って来ないって聞いて、ユマニテ先生、泣いてたんだよね。私達に見せないように、ひとりで、物置のすみっこに隠れるみたいにして。私、がまんできなくなってユマニテ先生に飛びついてしがみついて、先生よりワンワン泣いちゃって。そのときは、私はレスディのように先生を泣かしたりしないって、そう思ったんだけど」


「ミルがここに来てから何日過ぎたかしら? 今頃、地上ではミルは死んだと考えられてるんじゃなくて?」

「だよねー。ユマニテ先生、私が迷宮から帰って来ないってなったら泣いてくれるかな? また、物置のすみでちっちゃい子に見せないように、泣いてる気がするなー。ユマニテ先生、ごめんなさいっ。いろんなことがあったけど、私、実はまだ元気です。毎日美味しいご飯食べさせて貰ってます」


 これで、『いやー、死ぬかと思ったよ、てへっ』って言いながら地上に戻ったら、私、どうなるんだろ? 皆がどんな反応するのか解んない。


「でも、なんで急にその話を?」

「前に、ミルの身体を国に例えたじゃない? 今度はミルの身体をその孤児院に例えるのよ」


 ? よくワカンナイ。私の身体があの孤児院?


 フェスは笑って、なんだかニヤニヤとやらしい笑い方だなー、人指し指で私の額をチョン。


「ここがミルの大好きなユマニテ先生」


 頭が、先生?


「ミルの身体の骨が、孤児院の子供達。ミルの孤児院には子供が二百人もいないでしょうけど。そのうちの一本がミルね」


 身体の中の骨が、孤児院のみんな。二百人いたらスゴイ賑やかだろーな。そのうちのひとりが私。

 フェスが顔を寄せる。間近でフェスの赤い瞳を見るとドキッとする。フェスの顔がなんだか、イジメッ子というか、猫がネズミを苛めるような、そんな感じ? そのフェスが私の耳にそっと囁く。


「ミルの大好きなユマニテ先生が、孤児院の子供の名前を全員憶えてない、としたら、どう思う?」

「ユマニテ先生が孤児院の子供の名前を憶えてない? 何、言ってんのフェスは。そんなことあるわけ無いじゃない?」

「例え話よ。さぁ、ミル、想像して見なさい。ミルが幼い頃のイメージで」


 えっと、私が今よりちっちゃい子のときで、あるわけ無いけど、ユマニテ先生が子供の名前を全員、憶えてない、と。


 子供の頃の私。朝、起きて、布団から出て、お顔洗って、お着替えして、食堂に。ユマニテ先生が向こうから、やって来る。朝の挨拶、元気良く。


『せんせー、おはよーございまーす』


 そしたら、ユマニテ先生も挨拶をして、あれ? ユマニテ先生が眉を下げて困った顔をしてる? 頬に手を当てて小首を傾げて眉尻下げて。


『えっと、誰だっけ?』


 !!?!?!!!???

 せんせー、が、あたしのおなまえ、忘れちゃった? あたしのこと、憶えてないの? あたしだよ? ミルだよ? せんせー、あたしのこと、もう、憶えてないの? 全部、忘れちゃったの? せんせー、ミルだよ、あたし、ミルだよ。せんせーが、あたしのこと、ふえ、忘れちゃった。あたしのこと、どうでもいいの? ギュってしてくれないの? もう憶えてないの? うえ、せんせー、うえぇ。せんせーが、あたしを見て、『えっと、誰だっけ?』って、


「そんなこと言われたら私が泣いちゃうよぉ!!」


 いや、ダメだよそれは。あの優しい、たまに怒るときはちょっと怖いユマニテ先生が、子供の名前を憶えてないなんて、そんなことあるわけ無いけど。まだ耄碌する歳じゃ無いし。

 でもそんな、まさか、いや、ちょっと待って、あ、もう涙が出そう。

 フェスを見上げると扇子を開いて口を隠して、


「あらぁ? ミルは想像するだけで泣いちゃうようなことを、自分の身体にしてるの?」


 ガーン!

 自分で自分の肩を抱き締める。そうだ、私は自分の身体の骨のこと知らない。名前も知らない。大事にしてない、優しくしてあげてない。私ってヒドイ。ゴメン、私の骨、私の子供達。何も知らないまま、無茶ばっかりさせて、ごめんなさい。私が自分で自分のことよわっちいってバカにしてたのに、そんな私のこと、ずっと支えてくれてたんだね。何も言わずに。私、それに気づけなくて。


「フフフ、ミル、泣くことは無いわ。だってここには骨の専門家がいるのだから」


 フェスが扇子で指し示すのはアーティ。肩から下を毛布で包んで、え?って顎を落として驚いた顔して見てる。肉のついてない動く骨のアンデッド。スケルトン。話もできて触って確かめることのできる骨格の見本。


 こうしちゃいられないっ。

 私は駆け寄ってアーティの身体を隠す毛布を掴んでひっぺがす。


「きゃあああああ!」


 アーティが両手で身体を隠そうとするけど、


「アーティ、ゴメンっ! でも私に骨のこと教えてっ!」

「あ、あぁ、強引にひん剥かれて、骨身を晒す恥辱……」


 アーティの手の骨を掴んで広げて隠してるところを見せてもらう。真っ白な、胸の骨、背骨、腰の骨。


「アーティ、よく見せてっ!」

「そんな、そんな熱い真剣な眼差しで、私の恥ずかしい姿をまじまじと……、そんな目で、私を見ないで……」


 なんだか、カタカタと震えながら熱い吐息を漏らすアーティ。悪いとは思うけど、教えてもらわないと。私はアーティを床に押し倒して腰の骨を見る。おー、足の付け根ってこうなってるんだ。


「アーティ、ここは?」

「そ、そこは大腿骨……。最も頑丈な、骨。あぁ、執拗に撫で回されて、身体が熱い……。もう、私、もう……」

「うん、太くて丈夫そう。じゃ、ここは?」

「腸骨、ふあっ! そんなに腰の骨の中をジロジロ見ないで、んんっ、坐骨と大腿骨の繋ぎ目をナデナデしないでぇ」

「じゃあここは?」

「んんうっ! せ、仙骨。や、あ、もう許してぇっ! ダメ、おかしくなるぅっ!」

「メモ、メモ! 誰か、紙とペン持ってない?」

「紙? ペン? そんな道具を使って、私の身体に何をするのぉっ!? あぁんっ!」

「アーティ、動かないでっ。次は背中っ」

「こ、こんな小娘に、はあっ、身体をいいように弄ばれて、ふうんっ、なんて、なんて恥辱を、ひうっ! 私の恥骨、イジめちゃダメぇ! ひぁあっ!」


 なんだか止まんなくなって、アーティの身体中の骨をペタペタ触りながら骨の名前を聞いた。

 それを見ているフェスがなんか言ってる。


「うふふ、死猟兵団の恐怖騎士テラーナイトを執拗な愛撫と言葉攻めで悶絶させるなんて、ミルってなかなかやるじゃない」

【本人にその気が無いのがタチが悪いの】


「ミルのバカぁっ!」


 そのあとアーティさんに泣かれてしまった。泣き止んで鎧を着たアーティさんにメッチャ怒られました。


「ごめんなさい。やり過ぎました」

「も、もう、二度とこんなことはするなよ!」

「え? それはダメだよ。だってまだ骨のこと全部解らないから」

「何を言ってる! やらせはせん!」

「お願い! アーティだけが頼りなの。次は優しくするから」

「や、優しく? ミルは破廉恥だ!」

「そんなつもりは無いんだけど、また、見せてね。いろんなところ」

「! は、反省しろ! そこに座れ!」


 紫ローブの不死の王リッチ、アデプタスがカカカと笑う。


恐怖騎士テラーナイトを圧倒するとは、ミルさんはなかなかやりますなぁ。ふむ、セキ様、このアーティをミルさんの修練の相手にいかがですか?」

【む? いいのか、アデプタスよ?】

「えぇ、下層まで来る探索者も居らず暇といえば暇であります。ついでにアーティを鍛えていただけるとありがたいであります」


「アデプタス様?」

「アーティもここでセキ様の講義を受けてみては?」

「アデプタス様! 細かい小言を言う部下を遠ざけるチャンスというのが見え見えです!」

「いえいえ、これはアーティにとっても良い機会であります。アーティはセキ様から修練の教え方というのを間近で学べるであります。アーティは怒りっぽくて、配下を育てるのが苦手でありますから。というわけでセキ様、お願いするであります」


【良かろ。アーティ、もう少しミルに付き合ってくれ】

「そんな、アデプタス様! セキ様!」

「アーティ、しっかり務めるであります。でないと先ほどのミルさんにいいようになぶられた様を、死猟兵団に話してしまうであります」


 新しい修練の仲間ができました。


「のぉーーーーーーー!!」

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