第13話◇基本の素振り、メッチャ難しいぞ?


【まずは素振りからだ。ミルはショートソードとナイフは使っていたのだろ】

「そうだよ。長い剣は持ったことあるだけで使ったことは無いよ」

【一旦、これまでの武器の使い方は全部忘れよ】

「えぇー!」

【刀術は他の武術と少し違う。今までのことが無駄という訳では無いが、刀術に都合の悪いクセを取る必要がある】

「むむ、刀術がどんなものかよく解んないけど」


 その刀術でセキはあのカオスドラゴンのモーロックを圧倒したんだから、刀術メッチャ凄いのは解る。


「うん、セキ先生の言うとうりにする」

【疑問があれば聞け。それと先生では無く師匠と呼べ】

「ハイ、ししょー」

【軽いな。まぁいい、刀を抜いて鞘を置け】


 両手に持ってるセキ、赤い鞘に銀で花と蝶の描かれた鞘を左手で。銀の鍔に白い柄を右手で持って鞘から抜く。

 鏡のように光る鋼の刀身に私の目が映る。何度見てもその輝きに吸い込まれそうになる、美しい鋼鏡の銀輝。はー。


【鞘から抜くときは優しく、刃で鞘の中を切らぬように】

「そっか、セキって切れ味トンデモないからね。ゴメン、注意します」

「ミルちゃん、私が預かるね」


 マティアがテテテと来るのでセキの鞘を渡す。

 ここは九十九層の第2武術館。修練って外でやるのかと思ってたけど、ここは屋内。何でできてるのかも解んないけど、足元が少し柔らかい。表面が平らな絨毯みたいな。

 セキに言われてそこに裸足で立っている。靴を履いてたら修練の邪魔なんだって。

 ここにいるのはマティアだけ。他のメイドさんも見たがってたみたいだけど、ジロジロ見られてたら気になるからってセキが追い出した。


【刀の持ち方から、左手の平を上に向けて開け】

「こうかな?」

【その上に刀の柄尻を立てる。そのまま小指、薬指、中指と握る。人指し指と親指は緩めて軽く伸ばす。握り絞めるなよ。右手は上から被せるように。こちらも親指と人指し指は緩めておく。親指と人指し指の間の三角が上から見えるように】

「こんな感じ?」

【とりあえず、振り上げて振り下ろしてみろ】


 真上に振りかぶって、下に振り下ろす。この刀、刃の先の方が、遠いところが重い感じがする。もっと振り回されるかと思ってたけどこれならなんとか。

 モーロックとやりあってるときは、セキは私のこの手で、右手だけで刀を振って、あのドラゴンの胸とかお腹を斬ってたんだよねー。


【刀を振り下ろすときは刀が地面と平行に、水平になるところで止める。腕の使いからいくぞ、構えるには肘を真っ直ぐに伸ばし手首を反らすように】


 両手を伸ばして正面に刀を構える。ショートソードでもナイフでも、こうして相手の胸に向けて構えるのが基本だったね。


【刀を振り上げるには、切っ先を左に垂らし左手を離して両手を真っ直ぐに前に伸ばす】

「左手離しちゃうの?」

【そうだ、左手を離して指を伸ばせ。両手を前に前に伸ばす。刀は右手の親指の根元でぶら下げるように】


 そんな剣の振り上げ方する人、見たこと無い。


「刀が落っこちそうだよ?」

【ギリギリ落ちないところまで指の力を抜け、そのまま腕を上に振り上げる。両手の平を合わせるように。そうすると刀の峰が左の二の腕に乗る】


 ゆっくり腕を上げていくとぶら下がった刀も上に上がっていって、刃の無い方が私の左の肘の上にチョンと乗る。


【ゆっくり振り下ろしながら左手は柄尻へと滑らせる。刀が地面に垂直に立つところで左手は柄尻を軽く握る位置へ。そこから刀身が水平になるところにまで下ろす】


 ここでやっと左手が刀を握るのか。右手もここでやっと刀を握る。振り上げるときは親指と人指し指の根元で刀をぶら下げてるだけで心許ない感じ。


【刀を下ろしたら次は逆、左手を離して切っ先を右に垂らせ。左手は指を伸ばして右手の上に】

「うわ、さっきより難しい。刀が落ちるよ」

【落とさないように手を上げろ。肘を曲げるな。手は伸ばしたままだ】


 右手の甲のほうに刀の刃がぶら下がる。そのまま上げていくと今度はさっきの逆側、右手の肘の上に刀の背中がチョンと乗る。


【このまま振り下ろす。さっきと同じように。右側、左側と交互に繰り返せ】

「これが素振り? これで斬れるようになるの?」

【手の使い方を覚えるために、このまま何本か振ってみよ】

「ハイ、ししょー」

【初めてだから注意するのはひとつ。肘を曲げずに伸ばしたままで行うこと】

「それ、けっこう難しい」


 なんだか剣を振るって感じがしないけど。


「九十七、九十八、九十九、百! セキ、百本振ったよ」

【そうだの】

「そういや、何本振るって決めて無かったっけ。素振り百本? 二百本?」

 千本とか言われたらどうしよ? 前に言ってた地獄コース?


【素振りは一本振れれば十分よ】

「うぇ? じゃ、私の百本は?」

【何を言っておる? 一本も振れてはおらんぞ、くくく】


 セキはなんか楽しそうに笑ってるけど、意味が解んない。


【刀術の素振りとは真の一閃を求めて振るもの。刃筋乱れぬ一閃が振れるならば素振りは一本で十分】

「ししょー、イジワルしないでもっと解りやすく」

【素振り百本、千本と決めてその数を目標とすれば、数を振ることが目的となる。ただ、数を振ることに満足すれば、それは真の一閃からは遠ざかる。それはやるだけ体力の無駄よ。求めるものは、只、刃筋乱れぬ一閃のみ。それを求めた結果、数を振ることになる】

「えーと、つまり、筋トレじゃ無いから素振りの数を目標にしたらダメってこと? 真の一閃って」


 思い出すのはセキが見せてくれたブレス斬り。天地を貫く一本の線。只、真っ直ぐな一閃。あれのこと、なんだろな。


【では少しずつ条件を厳しくしていこう。刀を振り上げよ】


 言われたとうりに振り上げる。


【ゆっくりと数を数えながら振り下ろせ】

「いーち、にー、さーん」


 五まで数えたところで振り下ろして刀が水平になるところで止める。


【振るのが速い。もっとゆっくり。そうだの、振り下ろすまでにゆっくりと十数える速さで】

「そんなに遅く?」

【もっと遅くてもいいぐらいよ。蝸牛の這うような速度で】


 ゆっくりゆっくりと数を数えながら刀を振り下ろす。こんなに遅いと刀を振るっていうより、刀が落ちないように手で支えてるような気がしてくる。


【切っ先がぶれぬように真っ直ぐに下ろしていく】

「やってるよ」

【この時、髪の毛一筋の幅もぶれることは許さぬ】

「えええ!」

【天地を貫く一本の線の上をなぞり、右にも左にも揺れることなく下ろしていく。今、右に振れたぞ】

「うん、今のは分かった。でも、髪1本の幅もダメって」

【刃筋の立たぬ斬など、斬るとは呼ばぬ】


 うおぉ、キビシー。


 ゆっくりゆるゆる刀を下ろす。手の震えとか伝わって切っ先が揺れる。


【骨の軋み、肉の振動、血管の律動、ありとあらゆる要因が真の一閃を阻む。それを見つけてはひとつひとつ消してゆく。刀を振り下ろす、それ以外は全て消す】

「それがどうやったら消えるのか解んないけど、ゆっくりやるとブレるのがよく解るよ」

【その通り。これを振り回して速さで誤魔化していては、知覚することもできぬ。まずはそれを己で見つけよ】

「うん、うぉ、また左にー」

 

 真っ直ぐに真っ直ぐに。肘は曲げちゃダメ。なんだか宝箱の罠を解除するみたいに、宝箱の隙間を覗いて罠のワイヤーに触れないように、仕掛けを解除するみたいに。そうっとそうっと慎重に。


【手先で誤魔化すな。手首をこねるな。肘を曲げるな】

「ふおぉ、プルプルするー」


 何度かこの素振りを繰り返す。一本一本を丁寧に集中して。切っ先がフラフラするのが解る。亀よりも遅く、蝸牛のような速度で。じりじり、じりじりと。


「ぷはぁっ、ちょ、ちょっと休憩」


 これ、けっこうキツイ。運動して身体がキツイんじゃ無くて、神経がキツイ。顔から背中からイヤな汗がだくだく出る。頭の中がグルグルする。訓練場の練習だと動いて疲れるけど、こなして終わるとスッキリしたものだけど、これはその真反対だ。


【筋肉よりも神経が疲れるだろう。休み休み続けると良い】


 深呼吸して横を見たら、離れたところでマティアも素振りしてた。練習用の木の剣で。私のやってるのを見てたのか、セキがマティアにも聞こえるように思念話ってのしてたのか。マティアがやってるのも私がしてたのと同じ素振り。ブンブンと振っている。


【丁度いい、マティア、少し右を向いて続けよ】

「ハイ、セキ様」


 マティアの素振りを横から見ると、振り上げて振り下ろしてるんじゃ無くて木剣がクルクルと回転してるように見える。


「なんだか風車みたい」

【連続して続けると止まるところが無いのが、この素振りの特徴よ】

「素振り千回、地獄の特訓とか覚悟してたけど、そういうのじゃ無いんだ」

【暑苦しい訓練は我は好かん。それにミルの身体に無駄な筋肉をつけても邪魔でしか無い。少し落とさないとならんし】

「え? 筋トレとかするのかと思ってた。逆に落とすの?」

【己の扱えぬ肉を身につけてどうする。使い方を憶えてから鍛えねば意味が無い。ふむ、この素振りで肘を伸ばして使わぬのも説明しておくか。ミルよ、刀を置け】


「置きました、ししょー」

【さて、ミルよ。腕の付け根は何処か解るか?】

「腕の付け根って、肩でしょ?」

【そう思うなら左手で右の脇の下から胸のところに手を当てよ】

「こう?」

【そのまま右手を伸ばして頭の上に上げてみよ。左手で触れている胸の肉が動くのが解るか?】

「うん」

【腕の付け根が肩だと言うならば、今、左手で触れている胸の筋肉を一切動かさずに、肩から先だけで右手を上げてみよ】

「えぇ?」


 ちょっと試してみる。でもどうやっても脇の下に近いとこの筋肉が、腕を上げようとするとピクンって動く。


「手を上げようとするだけでピクンってなるよ。ここ動かさないで手を上げるのは無理だよ」

【ならば今、ミルが触っているところがミルの右手の付け根だ】

「ここがぁ?」

【次は背中に左手を当てて同じように】


 左手を背中に回して、右肩から背中の平べったい骨の下に左手の平を当てる。そのまま右手を上げると触ってるとこの筋肉が動くのが解る。ピクンってなっちゃう。


【腕の付け根とは、前は胸の中央。背中は肩甲骨の間になる。肩というのはミルの思い込みだ】

「えぇ? でも多分みんな腕の付け根って肩だと言うんじゃないかな?」

【その感覚を作り直す。部位としては腕がついているのは肩だが、腕を動かすための肉と骨の基点は身体の中心。腕を使うことを極めるにはその根元から使えるようにしなければならん】

「はー、こんなとこが私の腕の根元なのかー」


 自分の胸と背中をペタペタ触る。胸と背中が腕って言われてなんだか混乱しそう。


【手先と言うのは思い通りに動く。などと言うのはただの思い込み。勝手気ままに動いて手先で誤魔化そうとしがちになる。腕を根元から使うことを覚えるために、肘と手首を固めて動かさぬようにする。そのために肘を伸ばして手首を返して刀を振るのよ】

「じゃあ、この素振りって刀を振る練習じゃ無くて、刀を持ってる腕を振る練習なの?」

【両方だ】

 

 うーん? なんかこんがらかってきたぞ? もう一回刀を持ってさっきの素振りをする。肘は使わない動かさない。手首も使わない動かさない。


【腕の使い方を学ぶために、腕の動きを制限する。胸の中央から腕を伸ばし、胸の中心で刀を振るのよ】

「うむむぅ。ししょー、もう少しヒントを下さい」

【手を上げるには胸を凹すようにして、肩が身体の中に沈むように。胸の中心から手を伸ばして、手を長く使うように。刀を下ろすときは背中と脇の下、肋骨を下ろすように。腕を使わぬように腕を使う】


 使わないように使う? 使うために使わない? うーん?

 悩みながら素振りを続ける。切っ先がブレるブレる。


「難しくてよくわかんないなー」

【他に気付いたことは?】

「私は手先が器用な方だと思ってたけど、その手先でやっちゃダメなんだね。手の先の方じゃなくて、手の根元の方を器用に使わないとダメなんだ」


【ほう、これはこれは。どうやらミルには少しアプローチを変えた方が入りやすいか】

「ゴメンね、セキ。私、賢くないから」

【くくく、何も悲観することは無いぞ、ミル。見込み通り、いや、想定以上か。もう少し素振りを続けてみよ。集中力が切れるようなら休憩をしながら】

「ハイ、ししょー」


 なんか予想と違う。吐くほど走ったり、何も考えられなくなるまで刀を振ったりとかじゃ無いんだ。でも素振りだけでメッチャ難しいぞ?


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る