第三王女
冒険者の実力を計る方法は幾つかある。
最も知られているのは銀貨を使った方法だ。親指で銀貨を弾いて相手に当て、その反応速度や対応を見て相手の実力を探る。
銀貨は相手への詫びの印と言うわけだ。
相手が駆け出しの冒険者であれば大抵は銀貨一枚で笑い話なる。
男もまた例に習い銀貨を一枚手に握り締める。次の瞬間にはシュナイダーの胸元に狙いを定めて親指で弾き飛ばしていた。
シュナイダーを狙ったのは老練な手練れと踏んでのことだ。
冒険者の中には初めから腕の立つ猛者が稀に出現する。歴戦の軍人や剣の指南役、実力のある者が冒険者に鞍替えをすることが稀にあるからだ。
しかし動いたのはシュナイダーだけではなかった。
シュナイダーの右手とカオスの左手が同時に銀貨の端を掴んだ刹那、二人の手の位置は元の場所に戻されていた。
男は咄嗟にシュナイダーとカオスの手に視線を向けるが、どちらが銀貨を持っているのか判別ができない。
シュナイダーが険しい顔で近づくと、男は観念したように手の平を返した。
「すまない、初めて見る顔だから少し試させてもらった。俺の名前はルシウスだ、よろしくな」
屈託のない笑みで右手を差し出すルシウスに対し、シュナイダーは握手を拒んで警告をつげた。
「二度とするな。それがお前のためだ」
明らかに嫌われているが、それでもルシウスはお構いなしだ。
「分かっている。それにしてもあんた強いだろ? それとあっちの黒髪の男もだ。良かったら名前を教えてくれないか?」
シュナイダーは逡巡して振り返り、カオスが頷くのを肩越しに確認した。
「――俺はシュナイダー。あそこにいるのはカオス様だ」
「カオス様ね。差し詰めあんたは護衛と言うわけか、もし良かったらこれから一緒に食事でもどうだ? お詫びを兼ねてご馳走したいんだが――」
カオスが近づくのを確認して、ルシウスは「どうだろうか?」とカオスに告げた。
「悪いが私たちはこれから用がある。弾いた銀貨だけもらっておこう。行くぞシュナイダー」
冒険者ギルドを後にする二人の背中に、ルシウスは「嫌われたかな」と愛想笑いを浮かべた。そして部屋の片隅に佇む二人の女性に歩み寄る。
「かなりの実力者なんだけどな。勧誘は見ての通り失敗ですよ。もう引き上げてもよろしいのでは? ジョアンヌ様」
話しかけた相手は二十代前半の女性だ。
ノースガイアでは一般的に多く見られる金髪の碧眼で、肩甲骨まで伸びた髪は光を反射して艶やかな輝きを放っていた。
目鼻立ちの整った美しい顔は凛としていて、どこか女性を引き付ける魅力も感じさせている。
武具の類は何も身に着けておらず、上は腕を露出させた白いシャツに、下は薄い青のフレアスカートを履いていた。街の女性の普段着に近い。
ドレスが似合いそうな容姿が一般的な衣服で損なわれている感じだ。
「確かにこれ以上は時間の無駄かもしれないわね」
ジョアンヌは周囲を見渡し溜息を漏らす。
カオスとシュナイダーが去った後に残っていたのは自分を含めて三人だけだ。
他の冒険者は二人のプレートを確認した時点でギルドを後にしている。腕の立つ冒険者を勧誘しに来たのに、この場にいるのが全て身内では意味がなかった。
「それにしても先ほどの二人は惜しいわね。ルシウスの指弾をいとも簡単に受け止めるなんて――」
ジョアンヌは悔しそうに俯くが、もう一人の女性が異を唱えた。
首を横に振ったのは身長がやや低い十代半ばの少女だ。
腰には短剣の他にも数本の投げナイフを差し、見た目だけなら冒険者と言うよりも盗賊に近いのかもしれない。
肩を出した身軽な軽装からは、動きやすさに重きを置いているのが見て取れる。
ショートカットに切り揃えた茶色の毛先を指で弄りながら、少女はカオスとシュナイダーが消えた扉を意味深に眺めていた。
「これで良かったのかも。あれは私たちの言うことを素直に聞くタイプではありません。それに……」
「ローザ?」
口籠る少女にジョアンヌは首を傾げた。
「ジョアンヌ様は気が付きませんでしたか?」
「何のこと?」
「あの二人は同時に銀貨に手を伸ばしていました」
「それは見ていたわよ。ルシウスの指弾は相当なものよ。正直なところ二人とも反応できるとは思ってもみなかったわ」
「そうではありません。あの二人はそれぞれ銀貨を握ったのです」
ジョアンヌはローザの言っていることが理解できずにいた。
弾いた銀貨は一枚だけだ。ルシウスに視線を向けてもお手上げとばかりに手の平を返している。
「何を言っているの? 銀貨は一枚しか弾いていないわよ」
「本当に分からないのですか? あの二人は銀貨を千切ったのです。まるで薄い紙でも千切るように、だからルシウスが握手を求めても受けなかった。右手には千切れた銀貨が握られていたから」
「――へ?」
「恐らく一瞬だけ魔装を使ったのでしょう。レベルが違いすぎて笑うしかありません」
「それは本当なの?」
「間違いありません。それとも私の目が信用できないと仰るのですか?」
「まさか、あなたの実力を疑うつもりはないわよ」
ジョアンヌは首を横に振る。
公国の諜報部員として幼いころから特殊な訓練を受けているローザの目は信頼に足るものだ。
実際にジョアンヌもやろうと思えば銀貨を受け止め引き千切ることはできる。だがそれは臨戦態勢のときの話だ。
日常生活で息を吸うように魔装を使うことはできない。
練度が違いすぎる。
「でもそうなるとますます欲しくなるわね」
「私たちで押さえられない相手を取り込んでも後で困るだけです。それに明日には国へ帰るのですから無理に決まっています」
ジョアンヌは駄々をこねる子供のように頬を膨らませた。
ローザはそんな仕草をする主に出会えたことを本当に幸せに思う。
公国の第三王女、剣聖ジョアンヌに拾われたことを――。
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