カオスvsアグニス③

 カオスは身に着けていた猫の手袋を外して地面に投げ捨てた。

 アグニスは「魔法?」と疑いの目を向けるが、メイドたちは危険を察知して後方に下がっている。

 同じ場所に留まっているのは何も知らないアグニスとジークハルト、そして余裕で魔法を防御できるハデスだけだ。

 カオスは片手を突き出しアグニスに狙いを定めた。

 手の平から赤い炎が現れるのを見て、アグニスは驚きの声を上げる。


「馬鹿な! 魔法の才に恵まれたアリシア様でさえも、魔法を使えたのは六歳になってからだ。この歳で魔法が使えるというのか……」

「何を言っている。私はそのアリシアの血も引いているのだぞ。魔法が使えても可笑しくはないだろ。いくぞ! [火矢ファイヤーアロー]」


 カオスの手から魔法が放たれた。

 炎は細長い矢の形になり、唸るような音を上げて飛んでくるが、アグニスは至って冷静に魔法を見定めていた。

 炎の大きさと速度から、火矢ファイヤーアローは一般の魔族のそれと変わらない。アグニスはそう判断すると、火矢ファイヤーアローをいとも簡単に片手で薙ぎ払う。

 三歳で魔法を使えたことには驚きだが、アグニスから見ればまだまだと言ったところだ。

 威力も速度も平凡、魔法を放つまで時間もかかっている。

 将来は楽しみではあるが、現段階では威嚇にすらならないと思われた。

 次のカオスの言葉を聞くまでは――。


「今のは私が魔法を使えると知ってもらうため、敢えて威力を抑えた。次からは本気でいくからな。それと戦略級の魔法と収束魔法は使わんから安心しろ。爺はいいとしても、メイドを巻き込むのは気が引けるからな」

「な、何を仰って――」


 アグニスは何を言っているのか理解できずにいた。

 だが考える時間も混乱する時間もアグニスには与えられなかった。カオスが再び突進する姿が視界に入り、思わず身構えていたからだ。

 至近距離でカオスが魔法を放つ!


「[氷柱アイシクル]」


 目の前から氷の柱が突き出しアグニスを襲う。

 同時にカオスの姿は氷の陰に隠れて見えなくなった。

 不意を突かれたアグニスであったが氷柱を殴り壊し、移動したカオスの姿を視線の端で捉える。

 氷柱の陰から右に回り込んだカオスに合わせ、右腕を楯にカオスの攻撃を防ぐはずだった。

 だが――。


「[サンダー]」


 咄嗟にアグニスは魔法に耐えるべく歯を食いしばる。

 並のサンダーなら簡単に耐えることができた。しかし、カオスの魔法は防具を通りアグニスの体を一瞬だけ硬直させる。

 ダメージはないが誤算だった。

 眼前に迫るカオスを見てアグニスも覚悟を決める。


「〈悪魔の肌デーモンスキン〉]


 鈍い音が鳴り響き、カオスの拳がアグニスの顔面を直撃した。

 衝撃でアグニスの体は後方に押し流されるが、苦悶の表情を浮かべたのはカオスの方だ。

 滑りとした嫌な感触に思わず舌打ちが出る。

 カオスが拳に視線を落とすと、殴った右手からは夥しい量の血液が滴り落ちていた。


(骨が折れた……。いや、この出血の量は砕けたか――)


 真っ赤に染まった自分の拳にカオスは魔力を集中した。

 

「[回復ヒーリング]」


 瞬く間に血が止まり痛みがなくなる。

 普段なら放っておいても数分で完治する傷だ。だが今は実戦訓練の最中、カオスは指を数回動かしアグニスに視線を移した。


(これが悪魔デーモンの形態変化というやつか。中々厄介だな……)


 殴った場所、顔の半分が黒く変色していた。

 平然と体勢を整えるアグニスにダメージは見受けられない。黒く変色していた部分は次第に元に戻っている。

 カオスはそれが気に食わなかった。


「どうして黒い肌を纏って戦わない。私に手加減しているのか?」


 しかしアグニスは首を左右に振る。


「そうではございません。これは肌を硬質化させる能力、悪魔我らの中で最大の防御を誇ります。ですが同時に硬質化した箇所は動かせなくなるのです。消費する魔力も多いため実戦には向きません」

「――万能な能力は無いということか」


 確かに全身を硬質化させても動けないのであれば地蔵と同じだ。そんなものは戦いの中では良い的でしかない。だが一部分、一瞬でも防御力を高めることが出来るのは脅威に変わりなかった。

 拳が砕けたことからも、事実上カオスの打撃は全て無効化されたことになる。それでもカオスには秘策があった。


「アグニス! 今から私は戦術級の魔法も使用するぞ」





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