カオスvsアグニス②

「では行くぞ!」


 カオスは掛け声ととも瞬時に姿を消していた。

 後に残された土煙を見てアグニスは目を丸くする。だが驚く余裕はなかった。

 足首に強い衝撃が走り、アグニスの体はバランスを崩して前のめりに倒れていたからだ。

 何が起きたのか理解できずにいた。

 体が地面に着く瞬間、カオスの姿を見るまでは……。

 アグニスは流れるような無駄のないカオスの動きを、未だ信じられないと呆然と目で追っていた。

 カオスの握り締めた拳が視界に入り、不味いと思った時には既に為す術がなかった。

 「ドン!」という鈍い音が鳴り、凄まじい衝撃がアグニスの腹部を襲う。

 体は宙に浮き上がり、そのまま飛び跳ねたカオスが追い打ちをかけてアグニスの脇腹を蹴り飛ばす。

 メイドたちが衝撃波でめくれるスカートを必死に抑える中、我に返ったアグニスは地面にぶつかる瞬間、手をつき体を回転させて見事に地面に着地した。それでも衝撃は全て吸収しきれず、アグニスの体は数十メートル後方に流されている。

 痛む腹部が紛れもない現実だと教えていた。


「どうしたアグニス、お前は私の護衛なのだろ? お前の実力はこんなものではないはずだ」


 真正面で仁王立ちするカオスを見てアグニスは認識を改めた。

 目の前にいるのは強者だ。油断をすれば自分も怪我では済まされないと。それでもアグニスにはハデスとの約束があった。


 怪我はさせない。

 魔装は使わない。


 この二つだけは守る必要がある。


「仕方ない。全ての攻撃をかわすか……」


 アグニスは小声で呟き立ち上がる。 

 息を整えて身構えたアグニスを見て、カオスは継続の意思有りとみなした。

 今回も最初に動いたのはカオスだ。大気が振動し、まるで瞬間移動のようにカオスの体がアグニスの前に移動した。

 身長差があるため低い位置からの攻撃、足を狙いすました一撃は前回と同じ。だが今回のアグニスは最初から最後までカオスの動きを捉えていた。

 足元を狙ったカオスの蹴りに合わせて自らの足を引き、回転の勢いを利用して繰り出された裏拳も難なく躱す。

 手足の長さと身長差を考えれば当然の結果だ。

 アグニスは半円を描くように後退しながら全ての攻撃を躱し、防御に徹して自ら攻撃はしない。

 後はカオスが疲れるまで時間が過ぎるのを待つばかり、そう思われた。

 だが――。

 カオスは足を止めてアグニスを睨む。


「アグニス、どうして攻撃しない。私を馬鹿にしているのか?」

「決してそのようなことは――」

「爺に何か言われたか?」


 アグニスの視線が僅かに泳いだ。

 それを見逃すカオスではない。


「そうか……、爺に何か言われたのだな。――私に怪我をさせるなとでも言われたか?」

「…………………」


 無言は肯定と同じだ。

 カオスは溜息を漏らすと、離れた場所にいるハデスに向かい大声で叫んだ。


「爺! アグニスに余計なことを言うな! これでは実戦訓練の意味がないではないか! いいか爺! ここからはアグニスも私に攻撃するからな! 絶対に手を出すことは許さんからな!」


 ハデスは困ったように眉尻を下げて肩を落とした。

 側にいたジークハルトが慰めているが、カオスからは距離があるため何を話しているかは聞こえてこない。

 落ち込んだ老人の姿ははたから見れば可哀そうに思えるが、カオスからしたら自業自得だ。


(余計なことを言うから怒られるんだ)


 三歳の子供に怒られる老人は哀れだ。

 アグニスに非があるわけではないが、当の本人は申し訳なさ気にハデスを眺めていた。


「アグニス、これで問題は解決だ。今度はお前から攻撃しろ」

「いや、しかし――私はカオス様をお守りする立場にあります。危害を加えるような真似はとても――」


 カオスは「ちっ」と舌打ちをした。

 言っても分からなければ実力で示すしかない。


「仕方ない……、今から私は魔法も使うぞ。大怪我をしたくなければ全力で応戦しろ!」





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