剣の稽古

 金属がぶつかる音が石造りの空間に響き合う。

 松明たいまつで照らされた闘技場には長い影が伸び、銀色の軌跡を描きながら二つの剣が交差していた。

 城の地下二百階、最下層に当たるこの場所は、カオスがトレーニングと称して昔よく来ていた場所だ。

 二つの影は離れては近づき甲高い金属音を響かせる。それが数回繰り返され、ついに一つの剣が手元から離れた。

 小さな影がとことこ動いて落ちた剣に近づいて拾う。そしてまた身構えるが結果は同じだ。遂には床にへたり込んでしまった。


「――勝てる気がしない」


 カオスは肩で息をしながらアグニスを見上げた。

 剣の稽古を始めて既に半日が経つというのに、相手のアグニスは息も乱れていなければ汚れ一つついていない。


「カオス様、そろそろお休みの時間ですが――」

「……分かっている」


 一矢報いたいが時間も時間だ。

 とうに終わっているはずの稽古が長引き、いまでは心配したメイドが地下に集まってくる始末だ。カサンドラとの特訓でもよく長引いていたが、メイドが集まるなど初めてのことである。

 アグニスの信頼が地に落ちているのが見て取れた。


(これ以上はアグニスだけでなく、メイドにも迷惑をかけるか――)


 仕方ないかとカオスは立ち上る。


「アグニス、今日はこれまでだ。長い時間付き合わせてすまなかったな」

「とんでもございません。これも私の役目と心得ております」

「爺が剣の稽古にアグニスを推挙するわけだ。私の剣が掠りもしないとは……。ちょっとショックだったぞ」

「私もそれほど余裕はございませんでした。次はカオス様に負けるやもしれません」


 微笑むアグニスにカオスは心の中で「嘘つきめ」と毒を吐いた。

 カオスは怪我こそしていないが体力を削られ満身創痍、片やアグニスは稽古を始めた時と変わらず綺麗なまま汗一つかいていない。

 カオスから言わせれば、だ。

 実力の差は誰の目から見ても明白、この実力差が一日二日で埋まるはずがなかった。当然カオスはアグニスの言葉を、ただのお世辞と受け止めていたが実際は違う。

 本気でアグニスは近い内に、カオスが自分を超えるのではと予感していた。

 初めて剣を握りアグニスとまともに打ち合えただけでも称賛に値する行為だ。それを半日も継続すること自体、もう既に可笑しいのだと――。

 不貞腐れるカオスの姿は向上心の表れでもある。

 本来なら負けて当然の稽古でここまで落ち込んだりはしないだろう。それがカオスの急速な成長を促しているのではとアグニスは考えていた。

 だからこそアグニスは自分に言い聞かせる。

 成長するのは主だけではない、自分もまた成長過程にあるのだと。護衛する者が護衛対象に守られていては話にならない、あってはならないことだ。

 今日の稽古を境にカオスとアグニスには新たな日課が設けられた。

 互いに強くなるために――。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る