管理する者①
「そう言えば最近ジークの姿を見ないな」
剣の稽古が始まり数日が経つ頃、カオスは寝室への帰り際にふと思ったことを口にした。ジークは執事と言う割にはカオスの身の回りの世話をせず、いつも姿をくらませている。
単純に何をしているのか気になっていた。
もし怠けているなら厳しく言い聞かせる必要がある。放置していては毎日働いているメイドに示しがつかないからだ。
尋ねなくとも振り返りだけで、後方に控えるアグニスが答えを返してくれた。
「ハデス様のところに居ると思われます。今は執事の仕事を学んでいるのではないでしょうか?」
「爺は引きこもって何をしているのか分からないからなぁ……」
「私も何をしているかは存じ上げませんが、お忙しいご様子でした」
「忙しいのか?」
カオスは記憶を探るが、ハデスが身の回りの世話をしてくれたことは一度もなかった。勿論、この世界の執事が地球の執事と同じとは限らないが、カオスの知る限り執事とは、主人の日程管理や給仕などが主な仕事だ。
主人に会うことのない執事の仕事が何かは多少の興味があった。
「よし! 爺に会いに行こう」
護衛のアグニスは勝手に付いてくるため返事は求めない。
カオスは進路を変えて城の一角を目指す。階段を二階に上がり、左にある奥の通路の前で足を止めた。見た目は他の通路と変わらないが、この先は使用人の部屋がある場所だ。
流石に使用人のプライベート空間に足を踏み入れるのはカオスでも躊躇われた。本来なら引き返しているが、今回は仕事の視察という名目もある。正当な理由がある以上やむを得ないことだ。
カオスは足を踏み入れ、一番手前にある扉を見上げて眉をひそめた。
扉にはドアノブがついているだけ、表札の類は見当たらず誰の部屋か分からないからだ。
横を見れば同じ扉がずらりと並んでいた。
「爺の部屋が分からんな……」
「カオス様、私がご案内いたします」
カオスはポン! と軽く手を叩いて直ぐに納得した。
先頭に立ち、歩き始めたアグニスの後を迷わず付いていく。
(そうか、アグニスの部屋もこの場所にあるんだ。知っていて当然か……)
アグニスは突き当りを右に曲がり、更に真っ直ぐと奥まで歩いて行き止まりで足を止めた。
使用人の暮らす居住区の最奥、そこにハデスの部屋はあった。扉は他の部屋より大きく見るからに重厚感がある。
使用人を纏める立場でもあることから部屋は特別なのかもしれない。カオスが頷くのを見計らい、アグニスが扉のドアノブに手を伸ばす。
扉は滑らかに音もなく開き、薄暗い部屋に浮かぶ光にカオスは口をぽかんと開けた。
(何だ……、これ?)
部屋の中には六角形の水晶が幾つも立ち並び、淡い光を放ちながら外の光景を映し出していた。モニターと思しき水晶の前には長い机が置かれ、ハデスとジークハルト、数人のメイドが水晶の映像に目を釘付けにしている。
メイドは頭にヘッドホンのような物を取り付け、誰かと交信まで行っていた。
明らかに普通の部屋ではなかった。
カオスの姿に気付いたジークハルトが真っ先に声を上げて駆け寄ってくる。
「これはカオス様、このようなところまで足を運んでいただけるとは、さぁこちらにお座りください」
促されるまま部屋の中央に置かれた立派な椅子に腰を落とす。
初めからカオスのために
隣の席では椅子に腰を落とすハデスの姿と、椅子の前で佇むジークハルトの姿が視界の端に見える。
ハデスが立ち上がり恭しく一礼するが、カオスの視線は水晶に映し出された映像から離れることはなかった。
「――爺、これは何だ?」
「こちらは離れた場所を映し出す
ハデスの回答が求めた答えと違うことに、カオスは眉間に皺を寄せる。
外の光景が見えているのだから、離れた場所を映す
城の周囲を映し出しているなら、まだ防衛のためと判断ができる。しかし、映像には行き交う人や商店と思しきものが映っていた。
城の周囲には広大な草原が広がっているため、明らかにこの付近の映像ではなかった。
「私が聞きたいのは、その
カオスは街には行ったことがない。
街と判断したのは前世の記憶に基づいてのことだ。そのことを知らないハデスは、即座に街だと言い当てたカオスに頬を綻ばせた。
「その通りでございます。カオス様は街へ行かれたことがないというのに、まさか映像だけで街だと判断されるとは――、流石でございます。地下の書庫で学ばれたのでしょうが、初めて目にする光景でよくぞお分かりになりました」
「――世辞はいい。何をしているのか早く答えないか」
「人間の管理でございます」
ハデスはさも当然のように答える。
一方のカオスはと言えば、頭の整理が追い付かずに暫くキョトンと固まっていた。
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