管理する者②
「……人間の管理?」
オウム返しのように尋ねることしか出来なかった。
カオスもこの世界に人間がいるのは知っているが、その人間をなぜ魔族が管理してるのか理解できずにいた。
何より人間の数は魔族と比べて遥かに多い。
書庫で読んだ文献では、人間の数は魔族の一万倍以上。もし管理するにしても、魔族の数が圧倒的に不足しているのは間違いなかった。一人の魔族が一万の人間を管理することは物理的に不可能だ。
例え管理できたとしても、人間を管理することで生まれるメリットが何であるのかも気になる。
管理する以上は魔族に何らかの利益があるはずだが、それをカオスは見いだせないのだ。その他にも管理の方法や、それに伴うリスク。
カオスの頭では様々な疑問が渦巻いていた。そんなカオスの問いに答えるべく、ハデスは水晶に映る人間に感情の見えない瞳を向けた。
「何から話してよいやら……、まずは昔話でもいたしましょうか。先代の魔王、サタン様がお生まれになられた頃のお話でございます」
「父の話か――」
ハデスは無言で頷き返して淡々と語り出す。
「遥か昔、世界は人間が支配していたと聞き及んでおります。高度な文明に伴い人間の数は増加し、その勢いは夜空に浮かぶ星にも手が届いたとか――。ですが人間は疎かで傲慢な生き物でございます。些細なことで同族と殺し合い、富と名声を求めて他者を陥れる。子供でも簡単に扱える兵器が流通し、一夜で大都市が地図から消えたこともあるそうです。更に人間たちの猛威は他の種族を脅かし、中には絶滅した種族もいたと聞いております。そのような環境でお生まれになったサタン様が何を思ったのかは分かりません。傲慢な人間に怒りを感じたのか、それとも絶滅した種族を哀れに思ったのか――。ただサタン様は人間と戦うこと決め、勝利を収めたことは間違いありません。そして人間を生かす代わりにある条件を付けました」
「――条件?」
「左様でございます。今の文明を捨てること。文明を一定以下に抑えることです。しかし、それは長くは続きませんでした。僅か数百年で約束は破られ、サタン様は頭を悩ませたと聞いております」
「まぁ、そうだろうな。数百年も経てば当時のことを覚えている者はいない。人間とは暮らしを楽にするため、便利な道具を作り出す種族だ。その過程で飛躍的に文明が発展することもあるだろう。そのための監視、と言うわけか……」
「仰る通りでございます。画期的な発明品や文明を向上させた人物、またそれらの関係者には人知れず消えてもらいます。必要であれば国ごと亡ぼすこともございます。特に火薬を使った兵器の類は厳しく監視をしなくてはなりません。兵器の類は他国との相乗効果で規模が一気に拡大する恐れがありますので」
「消えてもらう、か――」
カオスは地球での武力闘争を目にしたことがある。
他国の内戦やテロなど、もちろん映像だけではあるが、兵器の類は増やすことは簡単でも減らすことは難しい。国同士の争いになれば尚のことだ。抑止力としての兵器は必要不可欠、敵対国が兵器を増やせば自国もまた軍備を増強する。それに伴い敵対国は更に軍備を増強する。予算がある限り繰り返されてきたことだ。この世界が例外だと誰が言えるだろうか――。
特に近代兵器は子供でも扱える物が多い。ただでさえ数の多い人間が強い力を持つのは、この世界のパワーバランスを崩すことにも繋がる。そのためカオスも兵器――文明を制限するに当たり意を唱えるつもりはない。
「爺は必要であれば国ごと亡ぼすと言っていたな。それは私の父がしていたことか?」
「それもまた魔王の務めでございます。そのために収束魔法があるのですから――」
カオスは「なるほどな」と首を縦に振る。
(そういうことか……。収束魔法は発動時間が長い上、魔力の燃費も悪い。普通の相手なら戦術魔法や戦略魔法が使いやすいはずだ。だが街や国を亡ぼすとなると、より範囲の広い収束魔法が使いやすくなる。問題があるとするなら俺が人間を殺せるのか、だ――。守りたい魔族もいる、それなりの覚悟は出来ているんだが……。こればかりはその時にならないと分からないな……)
カオスは難しい表情で俯いた。
国を亡ぼすとなると一人二人殺すのとは訳が違う。中には全く関係のない他国の人間も含まれるだろう。それに多くの国民は何も知らず、文明の向上に関与していないはずだ。それらを一緒くたに皆殺しに出来るかと言われると、カオスは考えざるを得なかった。
(後は監視の問題か――)
カオスは目の前にある水晶に視線を向けるが、水晶の数から推測すると監視の目は少ないように見えた。映像は定期的に変わり複数の場所を映しているが、それでも全ての人間を監視するには乏しい数だ。
「魔王の務めは分かった。それはよいが監視の数は足りているのか? 魔族の総数から見ても人間を全て監視するには無理があるはずだ」
「それは問題ございません。今まで百万年と人間を管理してきたのです。その過程で多くの国を滅ぼしてまいりました。今では神の呪いと称して文明を抑えるための抑止力が働いております。新たに何かを開発しようと動けば周りの人間に直ぐに伝わり、国によっては反逆罪として死罪になります。自分の国が亡ぶことを望む者はそうはおりません。全ての国に監視役の魔族はおりますが、小国なら二人、最も大きな国でも十人でこと足りております」
「その程度で十分とはな。新たな発明品は忌嫌われているというわけか……」
「誰もが巻き添えで死ぬのが怖いのですよ」
「確かにその通りだな……」
カオスは悲し気な笑みを見せる。
国を亡ぼす、そんな重要な役目が憂鬱な気分にさせていた。
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