人間の侵略②

 ベヒモスが走り続けて半日が経つ。

 太陽は天高く上り、カオスはベヒモスから飛び降りて遠くに目を凝らす。そして、カサンドラの姿を見つけるなり声を張り上げた。


「間に合ったか!」


 遠くの崖の上から眺めた広大な草原では、人間が隊列を組みながら臨戦態勢に入っていた。

 人間と断定できたのは瞳の色が赤ではないからだ。青や茶、緑など、様々な色の瞳が見えるが、確認できる限り赤い瞳の者はいない。

 対峙しているのはカサンドラのみ。既に幾つもの死体が周囲に転がり地面が朱色に染まっていた。

 恐らく対峙して間もないのだろう。

 人間の隊列は行軍を優先させたもので、広大な草原にも関わらず人波は長く遠くまで続いている。臨戦態勢に入っているのはその先頭の部隊だけだ。最後尾の部隊は敵が現れたことにすら気付いてないのかもしれない。

 カオスが見ている間にも、人間たちはカサンドラを取り囲み剣を振り下ろす。その度に血飛沫が舞い上がり、周囲に死体の山が出来上がっていた。


(こうして上から見るとよく分かる。どんなに数がいても剣で一度に襲える人数は五、六人が限界だ。見る限り魔法を使う人間もいない。これなら八万の軍勢を相手にしても、カサンドラが手傷を追う心配はないか……。しかし、思ったよりも人間の身体能力が高いな。明らかに地球の人間より上だ)


 カオスは冷静に状況を確認していた。

 本当は直ぐにでも加勢するつもりで駆け付けたが、カサンドラの楽しそうな顔がカオスの足を止めていた。


「随分と楽しそうに戦うな……」


 アグニスもべへモスから飛び降りカオスの横に並ぶ。


「カサンドラ様は戦いを好まれます。特に人間との戦いでは手加減の必要がないため楽しいのかもしれません」

「…………そうか」


 頷くカオスは死体の山を見ても平気なことに違和感を覚えていた。

 死体の多くは損傷が激しく原型を留めていない。前世であれば目を覆っていたであろう惨状にも関わらず、何故か直視することが出来た。


(魔族になったからか? 人間の死体を見ても何も感じない……。いや、違うな。家畜が殺される程度の哀れみは微かに感じるか――だがその程度だ)


 人間の外見は魔族と変わらない。そのため魔族の死体を見ても同じように感じるのではとカオスは危惧していた。

 カオスに両親はいないが、今まで出会った魔族は家族に等しい存在である。家族が亡くなった時に泣けないのは悲しいものだ。

 横を見上げればアグニスも平然と人間の死体を見下ろしていた。


「アグニスは人間の死体を見てどう思う?」

「――どう、でございますか? カサンドラ様が楽しそうで何よりかと」

「……質問を変えよう。私が死んだらアグニスは悲しいか?」


 途端にアグニスの表情が険しくなる。


「ご冗談でもそのようなことは仰らないでください! 私が生きている限りカオス様を死なせはしません!」

「そう興奮するな。私は簡単に死ぬ気はない。ただ私が死んだら悲しむのか聞いただけだ」

「悲しいに決まっています。何を当然のことを仰っているのですか――」

「……馬鹿なことを聞いた。もう忘れてくれ」


 アグニスの悲痛な面持ちは嘘を言っているようには見えなった。カオスは人間の死体の山に視線を移すが、やはり何も感じられない。

 

(人間の、もしくは魔族以外の死に対して希薄になっているのもしれないな……。これも魔族の特性か――)




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