ベヒモス
漆黒の闇を切り裂くように一匹の魔獣が草原を駆け抜ける。
月明かりに照らされた魔獣の背には人影が三つ。アグニスを筆頭に、カオス、ジークハルトが魔獣の背に張り付いていた。
吹き飛ばされるほど猛烈な風圧をアグニスが風の魔法でいなし、魔獣はひたすら指示に従い駆け続ける。
初めて魔獣の背に乗るカオスはアグニスの腰にしがみつき、ジークハルトはカオスの背中を体で支えていた。長い体毛が緩衝材の役割を果たしているため思いのほか乗り心地は悪くない。
二人に挟まれたカオスは魔獣の柔らかな毛並みを手で確かめ、首から上だけで振り返る。
「ジーク、この魔獣はどこに向かっている?」
「北でございます。この魔大陸の北には人間の住む大陸、ノースガイアがございます。魔大陸とノースガイアは僅かですが陸続きになっているため、そこから人間が魔大陸に入ることがあるのです」
「海から来ることはないのか?」
「魔大陸の近海には強力な魔物が住み着いております。人間では海からの侵入は不可能でしょう。カサンドラ様の治める領地は北にございますので、人間の侵攻がある時にはいつもカサンドラ様が対応しているのです」
「それでカサンドラが動いたのか――あとどれくらいで着く?」
「半日は掛かるかと、間に合うかは微妙なところでしょう」
「思ったよりも時間が掛かるな……」
微妙と聞かされカオスは表情を曇らせた。
高速で流れる周囲の木々を見る限り、魔獣の速度は新幹線に勝るものだ。にも関わらず半日も掛かる現実を聞かされ、カオスは魔大陸の広さを身をもって実感する。
「ジークは通信魔法を使えないのか? カサンドラと直接話が出来れば全て解決するが――」
「申し訳ございません。私もアグニスもその手の魔法は不得意な分野です。城にある
ジークハルトは意外そうに尋ねた。
カオスほど魔法の才に恵まれていれば、当の昔に通信魔法は覚えていると思われたからだ。もちろん魔法の種類により習得の得手不得手はあるが、ジークハルトの記憶にある限り、カオスは全ての種類の魔法を満遍なく習得していた。
「……声を聞いたら会いたくなると、ヒルデが教えてくれなかったのだ。長距離転移の魔法は教えてもらっているが、あれは目的地に行ったことがなければ使いものにならない」
「そうでしたか。ヒルデモート様もカオス様を思ってのことなのでしょう」
ジークハルトは納得するが、カオスは儘ならないものだと顔をしかめた。
(こんなことなら無理を言っても通信魔法は教わるべきだった。戦闘に関する魔法を優先させた俺のミスだ)
後悔しても始まらない。
今は一刻も早く先を急ぐしかなかった。カオスは体を横にずらして顔を出すと、前方にある魔獣の頭に向けて大きな声で叫んだ。
「急げベヒモス! 時間がない!」
狼を巨大化させた姿に黒い体毛。
カオスがベヒモスと会うのは今日が初めてではない。乳母が帰国する際、馬車を引いていた魔獣こそがベヒモスだ。
役目を終えてからは城の片隅で飼われていたが、まさかこんな形で役に立つとは思っても見なかったことだ。
カオスの声に反応したベヒモスは狼のように遠吠えを上げた。
大気がビリリと振動し、生臭い息が仄かにカオスの顔を過ぎる。それはベヒモスの気合の表れなのかもしれない。
迫力あるベヒモスの咆哮は、澄み渡る夜の草原にどこまでも響き渡っていた。
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