魔法②
二人は部屋を出ると、階段を上がり城のバルコニーへ出た。
石造りの古びた城の周囲には広大な草原が広がり、遠くには原生林が生い茂っている。見上げれば何処までも青空が広がっていた。
「それではカオス様、私が最初に手本を見せますので、よくご覧になってください。分かり易いように、ゆっくりと魔法を発動させます」
カオスが頷くのを確認すると、ヒルデモートはバルコニーの先端に立ち、遠くの木に狙いを定めて手のひらを向けた。
魔法をゆっくりと発動させる。それは並みの凡人にできることではない。普通に魔法を放つより遥かに卓越した技術がいるからだ。
それでもヒルデモートにしてみれば難しいことでない。彼女もまた妹同様、魔法の才に秀でた天才である。
一つ一つの工程が分かるように、魔法は丁寧に発動されていく。その光景をカオスは食い入るように見つめていた。
ヒルデモートが手を翳した場所からは水滴が現れ、その水滴は次第に纏まり丸い球状に形を変えていった。
今度は集まった水の塊が徐々に小さくなり、圧縮されているのが見て分かる。
硬度を増した水球は動き出し、狙った木に当たると圧縮された水が弾けて衝撃を生む。
木の枝が大きく揺らいでいるのがカオスの視界に入った。
「今のは比較的に簡単な魔法です。仕組みは見て分かりましたか?」
ヒルデの言葉にカオスは頷く、しかし気になることもある。
「分かったが詠唱はないのか? 魔法は詠唱で発動するものだと思っていたが――」
カオスが読んだ魔法の文献には詠唱が記されていた。だから自ずと魔法は詠唱で発動すると思っていたのだ。
だが予想外にも、ヒルデモートが一言も発せず魔法を唱えたことにより、カオスの中で疑問が生まれていた。
「詠唱はございますがお勧めはできません。詠唱は未熟な者が魔法をイメージするための言葉です。魔法が発動するまで時間もかかる上、慣れてしまうと詠唱なしでは魔法を発動させるのが困難になります」
「そうなのか?」
「例えばいま私が使った
【出でし水よ、一つの塊となりて標的を破砕せよ】
「短いように思われますが、実際には魔法の工程をイメージしながら、ゆっくり詠唱しますので時間はかかります。一瞬を争う戦いの場で、詠唱は致命的な弱点となりかねません」
確かにその通りだとカオスは深く頷いた。
魔法の詠唱を待つ馬鹿な敵はいない。
真っ先に魔法を止めようと襲いかかってくるはずだ。
守ってくれる護衛が常にいるとは限らない以上、魔法は一人で戦うことを前提に覚えるべきだ。
「そいうことか――。使用する魔法も言葉に出さない方がいいのか?」
ヒルデモートは首を横に振る。
「時と場合にもよりますが、使用する魔法を言葉に出すのは構いません。それは周囲の味方に自分が使う魔法を教え、注意を促すために有効です。もちろん、誰にも気付かれたくなければ、無言で魔法を唱えても構いません」
「つまり詠唱だけ駄目ということか――」
俯き独り言をぶつぶつ呟くカオスを見て、ヒルデモートはパンパンと手を叩いて注意を自分に引きつけた。
「では練習を始めましょう。魔族は魔力の塊のようなものです。魔法は自分の内にある魔力を形にします。先ずは手のひらに魔力を集め、その魔力が水に変わるのを想像してください」
カオスは取り敢えず頷くが、内にある魔力がよく分からない。そんなものは一度も感じたことがないからだ。
自分の手のひらを黙って見つめていると、「集中です」という声が真横から聞こえてくる。
カオスは言われた通り集中した。
瞳を閉じてヒルデモートの魔法を思い浮かべる。
動きをトレースして前方に手のひらを突き出し、水が湧き出る様子を思い浮かべた。すると、ぶよぶよした何かが湧き出る感覚が脳に伝わって来る。
(これが水か……。これを集めて丸め、圧縮して――放つ!)
手から何かが離れていくのを感じてカオスは瞳を開けた。直後にパン!という水の弾けた音が耳に飛び込んでくる。
カオスの作り出した
その様子を見ていたヒルデモートは瞳を見開き立ち尽くす。
「うそ……。たったの一回で魔法を再現するなんて――」
ヒルデモートは段階を追いながら魔法を教えるつもりだった。
最初の水を作り出すところから日数をかけ、徐々に一つの魔法の形になるように。
しかし現実はどうだろうか――。
僅か一度魔法を見せただけで、もう既に一つの魔法を完成させている。
「ヒルデ、どうだった? 私は集中するため目を瞑っていたから見ることができなかった。
ヒルデモートがしゃがんだと思った途端、カオスの体は力強く抱きしめられていた。
「ど、どうしたヒルデ。失敗だったのか?」
「――いいえ成功ですよ。カオス様はやはりアリシアの子です。ちゃんと魔法の才能は受け継がれています。アリシアも一度で魔法を再現するような天才でした。まるで昔のあの子を見ているようで嬉しいんです」
ヒルデモートは瞳の端に涙を溜め、優しい笑みを浮かべていた。
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