魔法①

「ヒルデ! 俺に魔法を教えてくれ!」


 カオスは勢いよく扉を開け、ヒルデモートの部屋に飛び込んだ。

 椅子に座り裁縫をしていた彼女は、突然の訪問者に目を白黒させて、ぽかんとする。


「カオス様?」

「ヒルデは魔族の中でも魔法に長けた種族、魔女ウィッチなんだろ? だから俺に魔法を教えて欲しいんだ」


 ヒルデモートはニコッと笑みを見せ、裁縫道具をテーブルの上に置いてカオスのもとへ歩み寄った。

 そして床に膝をついて目線を合わせると、カオスの頬を両手で覆い、そのまま頬の肉を両手で強く引っ張り始めた。

 彼女は笑みを見せているが、その瞳は笑っていない。

 冷ややかな視線がカオスに突き刺さる。


「カオス様! なんですかその言葉づかいは! 私はそのように教えた覚えはありませんよ! 一体どこで覚えたのですか!」

「ご、ごふぇんなふぁい」

「きっとカサンドラね。あとで文句を言ってやらないと――」

「ふぇ? てぃがふぅてぃがふぅよぉ」

「いいですか、よくお聞きください。カオス様は魔族を統べるお方。自分のことを俺と言ってはいけません。もっと威厳ある言葉づかいを心がけてください」

「ふぁ、ふぁい」

「まぁ、今回はこれくらいで許してあげましょう」


 ヒルデモートは頬を摘んでいた指を離し、カオスの体を包み込むように抱きしめた。愛情を持って叱っているのが温もりから伝わってくる。


「今度からは気をつけてくださいね」

「はい。ごめんなさい」


 子供らしく謝るが、それがヒルデモートの機嫌を悪くしていた。

 ムッとした表情でカオスの顔を覗き込む。


「そこは――うむ、以後気を付ける、です。はい、言ってみてください」

「う、うむ、以後気を付ける」

「――少し吃っていますが、まぁいいでしょう」


 最近のヒルデモートは差し詰め教育ママだ。

 だからこそ魔法を教えるのに適任とも言えた。魔法に長けて教育熱心、魔法の家庭教師としてこれ以上ない存在である。

 カオスは改めて頼みごとをするため、真剣な眼差しを彼女に向けた。


「ヒルデ、改めて頼む。私に魔法を教えて欲しい」


 およそ三歳の言葉づかいとは言い難いだろう。

 それでもヒルデモートが納得するなら、やぶさかではなかった。いま重視すべきは言葉よりも魔法だ。

 それに何れは言葉づかいも改めなくてはならない。前世のように自分のことを俺と呼ぶのは、王として不自然極まりないからだ。

 遅いか早いかの違いでしかない。それなら例え三歳であっても、偉ぶった言葉を使ってもいいのかもしれない。


「魔法ですか――」


 ヒルデモートは俯き加減で、顎に手を当て、じっと何かを考える仕草を見せた。

 その様子からも難色を示しているのが覗える。思わずカオスの口からは、「駄目なのか?」と、不安げな声が漏れていた。


「――カオス様、魔法は想像力がなくては顕現しません。それも曖昧なものではなく、はっきりとしたものです。大きさ、形、色、硬さ、速度、範囲、効果、あらゆるものを想像して初めて魔法は顕現します。天才と呼ばれた妹のアリシアでも、魔法を使えたのは六歳になってからでした」

「母さまで六歳――」

「はい。もう少し待たれては如何ですか? 今は色々な物を見て、触れて、感じて、魔法に必要な想像力を養うのです」


 ヒルデモートの言っていることは正しいのだろう。

 それは彼女の真摯な眼差しが語っている。確かに直ぐに魔法は使えないのかもしれない。


(それでも――) 


「――それでも私は少しでも早く魔法を覚えたい。魔族みんなを守れる力が欲しい」


 それはカオスの本音であった。

 正面から瞳を見据えるカオスの姿に、ヒルデモートの心が大きく揺らいだ。何より魔族のためを思ってのことだと知り、涙が溢れそうになる。 


「カオス様――、分かりました。では場所を移しましょう」



 




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