メフィスト

 翌日には帰国するヒルデモートたちが順にカオスの部屋を訪れていた。

 当然と言うべきかベルセウスだけは挨拶もせずに城を立っているが、そのことに対し異を唱える者は誰もいなかった。

 カオスに戦いを挑まれても困るというのがその理由だ。

 一対一で戦うと断言したことから従者たちも気が気ではない。魔装が使えると言っても練度が違う。豊富な戦闘経験を持つベルセウスに挑むこと自体が無謀な挑戦と言える。

 そのベルセウスの見送りで遅れたメフィストが、最後にカオスの部屋を訪れていた。椅子に座るでもなく簡単な立ち話だ。


「昨日はお疲れ様でございました」

「別に疲れてないぞ? 会議も直ぐに終わったからな」


 前世で行っていた会議がアホらしくなるくらい簡潔なものだ。と言うよりも普通あれを会議とは言わないだろう。

 一方的に自分の考えを押し付けるだけで議論の余地がまったくない。一般企業であれを会議と言ったら、普通は冷や飯を食わさることになる。


「頼もしい限りです。お生まれになって間もないというのに魔装まで使えるのですから――」

「生まれたばかりか、もう四歳なんだがな……」


 カオスは眉間に皺を寄せてぼやくが、魔族の四歳は生まれたばかりの赤子だ。

 百歳を超えても子供扱いされるのは勿論のこと、千歳を越えなければ一人前と認めてもらうのは難しい。

 メフィストはねるカオスの様子を見ながら、ベルセウスのことを話すか否か迷っていた。

 カオスの力は間違いなくベルセウスの想像を超える。それは昨日のベルセウスの反応を見れば分かることだ。

 聡明で自分の考えを持ち、魔族を思いやる心もある。これ以上ベルセウスが敵を演じる意味があるのかメフィストは疑問に思う。

 或いはそんなことをせずとも、自ずと自分を守る力を身に着けていたのかもしれない。

 考え抜いた挙句、メフィストは親友の意をくみ取り話すことを思いとどまる。

 全てを話すにしても、それはベルセウスの口からでなければ真意は伝わらないからだ。それにカオスに何も話さず城を去ったということは、まだ何か考え合ってのことなのだろうと――。

 メフィストが考えを纏める間に、カオスはベッドの縁に座り足をぶらつかせた。

 その様子にメフィストは頬笑むが、顔には肉がないため僅かに下顎が動く程度だ。


「そう拗ねなくともよろしいかと。体が成長した十数年後には、サタン様にも劣らぬ立派な魔王になられるはずです。私の娘がカオス様の妻として娶られるのが今から楽しみでなりません」


 ぶらんと揺れていたカオスの足が止まった。

 何だそれは? と言わんばかりにメフィストの顔を覗き込む。程なくして止まった思考が動き出し、カオスの瞳が徐々に見開いた。


(妻? どういうことだ!)


 初めて知る衝撃の事実にカオスに動揺が走る。

 しかも相手は骸骨の娘だ。思わずウエディングドレスを着ている骸骨を想像して背筋が凍った。

 傍から見れば笑い話になるかもしれないが、当事者のカオスにとっては恐怖でしかない。

 顔を青くして落ち込むカオスにメフィストが首を傾げた。


「どうされました? 顔色が悪いように見えるのですが」

「す、少し驚いてな……。一つ尋ねるが、お前の娘が私の妻になることは決定事項か?」

「カオス様がお生まれになられる前から決まっていたことです。父親の私が言うのも何ですが、美しい娘に育ってくれたと自負しております。必ずやカオス様もお気に召すことでしょう」


 自慢げに話すメフィストだがカオスの表情は更に青くなる。


(美しいか、骨が真っ白なのかもしれないな……)


 メフィストは呆然自失のカオスに更に追い打ちをかけた。


「娘に子供が出来るのが今から楽しみでなりません」

「――子供! 出来るのか?」

「確かにご懸念はごもっともです。サタン様の例をとっても簡単に子供が出来るとは思っておりません。ですがその可能性が僅かでもあるなら、親としては子供を授かっって欲しいと願っております」

「いや、そういうことではなくてだな。それ以前にお前の娘は骸骨だよな?」

「骸骨?」


 メフィストは口をあんぐり開けて固まる。


「もしかして骸骨がお好きですか?」


 死んだ魚さながらにカオスの瞳から感情が消えた。


(好きなはずがあるか、むしろ嫌いだ……)


 声を大にして言えたらいいが、それをメフィストの前で――骸骨の前で堂々と言えるほどカオスは子供ではない。

 前世の記憶と合わせれば中身は立派なおっさんだ。

 しかも相手は種族を代表する王だ。今後の魔族のためにも不仲になるのは避ける必要がある。

 元サラリーマンとしても最低限の社交辞令は欠かせない。


「――骸骨は嫌いではないが、それ以上に生身の魔族の方が好きだな」

「それは良かった。私の娘は生身の魔族です」


 想定外の答えにカオスは首を傾げるが油断は出来ない。

 何せ相手は得体の知れない骸骨の娘だ。


「――もしかして、それは腐っているのか? 骸骨になる一歩手前とか……」

「え? もしかしてゾンビがお好きですか?」


(骸骨以上に嫌いだ……) 


 カオスの瞳が色を失う。


「まぁちょっと苦手意識があるな……」 

「いやぁ、それは何よりでございます。実は私もゾンビは大嫌いで、何せ骸骨の体になるまで、特に腐乱死体のときには娘に臭いと嫌われていたものですから――」

「骸骨の体になるまで? メフィストは初めから骸骨の体ではないのか?」

「ご冗談を、私はもともと普通の魔族でございます。初めから骸骨の体の魔族など居ようはずがございません。それに死んだ後も未練がましくこの世に留まっている魔族は私だけでございます」

「まて! お前は死んでいるのか?」

「一度死んでおりますが何か? 見て分かると思うのですが……」


 カオスとメフィストは互いにキョトンと目を合わせた。


「――確かにそうなんだが、あれ? メフィストは死ぬ前は普通の魔族――では娘も普通の魔族になるのか?」

「左様でございます。この城にも屍人使いネクロマンサーのメイドは複数いらっしゃいます。私の娘もそれらと何ら変わりございませんが――もしかして何か勘違いをなされているのでは?」


 カオスは「あ」と一言だけ小さく発すると動きを止めた。

 屍人使いネクロマンサーのメイドは城にもいる。言われてみれば、外見は悪魔デーモン魔女ウィッチと同じで人間とは目の色が違うだけだ。


「すまんなメフィスト、私は少し勘違いをしていたようだ。確かにこの城にも屍人使いネクロマンサーのメイドが複数いる。それらと同じなら問題はない。私はてっきりお前の娘も骸骨なのかと疑ってしまった。思慮の足りない私を許して欲しい」

「謝る必要はございません。言葉足らずな私が悪いのですから。それに私はこんな見た目、娘が骸骨と疑うのも当然というものです」

「そう言ってもらえると助かる。それにしてもメフィストは一度死んでいるのか……。骸骨の姿に転生したと考えてよいのか?」


 メフィストは白い頭を指先でカリカリ掻いた。


「カオス様の仰る転生とは何か存じ上げませんが、私の場合は固有の魔法を使い、死んだ自分の肉体に魂を定着させております。この魔法を使えるのは私だけ、他者に施すこともできませんので、もう私のような存在が生まれることは恐らくないと思われます」

「――そうなのか。もしかしてメフィストは永遠に生きることが出来るのか?」


 メフィストは首を横に振る。


「それは無理というものです。この体を維持するだけでも魔力は常に消費されます。今はその魔力を娘から分け与えられているため問題はございませんが、娘が死んだ後は、私の魂も体から離れることになるでしょう」

「――う~ん。例えば他の魔族から、私から魔力を供給できないのか?」

「私の魔法は最初に魔力を繋ぐ相手を必要とします。魔力を受け取れるのはその相手からだけ、一度魔力を繋いだ相手を後から変えることはできません」

「それがお前の娘と言うわけか……」

「仰る通りです。私が歳を取ってから生まれた娘ということもあり、私はもう娘のことが心配で心配でなりません。だからこそ、こうして生身の体を失っても生きながらえているのです。ですからカオス様、どうか娘のことをよろしくお願いいたします」


 メフィストは深々と頭を下げた。

 カオスの常識では娘を貰う時は妻の父親に頭を下げるものだが、相手が魔王ともなると立場が逆になるようだ。

 四歳の子供に娘を頼むと頭を下げるメフィストの姿は奇妙なものだが、カオスは少し戸惑いながらも了承した。

 魔族の未来を考えるなら子孫を残す必要がある。遅かれ早かれ誰かと所帯を持つのは分っていた。

 何もいま断ってメフィストに嫌われることはない。相手の気持ちは後で確かめればいいだけの話だ。


「分かったから頭を上げてくれ」

「おお、ありがとうございます。私の娘は恐らく第六夫人になると思われますが――」


 間髪を入れずカオスの言葉が遮った。


「ちょっと待て! 第六夫人だと?」

「はい。他の方々と魔力の総量を比べますと、残念ながら第六夫人が妥当かと思われます」

「……わ、私の妻は六人いるのか?」

「左様でございます。確かにお世継ぎが出来にくいことを考えますと少ないかも知れません。ですが城に使えるメイドは全て側室を兼ねております。何れはどなたかにお世継ぎが出来ることを私は期待しております。もちろん、それは私の娘であって欲しいと願っておりますが――」


 またしても驚愕の事実が明らかになる。


(まじか! ハーレムなんだが!)





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