会議②

「では部屋に戻るか――」


 会議も終わりとばかりに椅子から降りたカオスをヒルデモートが呼び止めた。


「お待ちくださいカオス様。私から他の議題がございます」

「他の議題?」


 部屋で休めると思っていたカオスは渋々椅子に飛び乗った。


「どっこいしょっと。で? 他の議題とは何だ」

「ベルセウスの粛清です。彼をこのまま野放しにすることは魔族の統率を乱すことになります」


 ヒルデモートはベルセウスを睨みつける。

 アニエス、カサンドラ、ノーザラントも同意とばかりに頷き、ベルセウスに視線を向けた。

 しかしカオスは粛清という言葉に難色を示す。


「魔族の統率を乱すか……。ベルセウスは私を殺すようなことを言っているらしいが、まだ何かをしたわけではないだろ? 粛清をするには早すぎると思うぞ」

「何かをしてからでは遅いのです! カオス様を殺すと発言したのであれば死罪は確定したも当然です!」


 ヒルデモートは語気を強めた。

 歯を剥き出しに怒りを顕わにするヒルデモートに対し、ベルセウスは「ふん」と鼻で笑う。


「それは誤った情報だ。サタン様に忠誠を誓ったこの私が、ご子息のカオス様を殺すとはとんでもない言いがかりだ。それとも私がカオス様を殺すと発言した証拠でもあるのか? あるのなら見せてもらおうではないか。もし証拠がないのであれば黙っていろ小娘」

「きさまぁあああああああああ!!」


 ピシリッ、部屋の空気が音を立て凍った。

 ヒルデモートの体から漏れた殺気が大気の水蒸気を凍てつかせる。

 窓ガラスには霜が張り付き、部屋の温度が氷点下に落ちる。

 同時にベルセウスも椅子を跳ね除け立ち上がり、腰の剣に手を伸ばして臨戦態勢に入っていた。

 だが、それよりも――。

 二人の視線が同時にカオスに向かう。


「少し黙れ――」


 城全体を覆いつくすほどの魔力がカオスの体から溢れ出す。

 カオスは椅子の上で胡坐をかき、片肘をつきながら二人のやり取りを不機嫌そうに眺めていた。

 ヒルデモートは瞳を見開いたまま声もなく驚き、ベルセウスは険しい顔で思わず言葉を口にする。


「この歳で魔装が使えるだと……。しかもこの魔力――どうなっているのだ」


 ハデス、アニエス、ノーザラント、カオスが魔装を使えることを知らない者は一様に驚きを隠せない。そして何故かカサンドラだけが誇らしげに胸を張っていた。

 カオスは二人を交互に見渡し、ムスッと頬を膨らませる。


「二人とも落ち着け、もう一度言うがベルセウスを粛清するつもりはない。私にとって全ての魔族は家族のようなものだ。つまらんことで争いをするな」


 流石にカオスの言葉には逆らえない。

 ヒルデモートが浮かない顔で殺気を鎮めるのを見て、ベルセウスは剣から手を離して椅子に座り直した。

 二人が落ち着くのを見計らい、カオスは魔力を収めてベルセウスを見据えた。


「ベルセウス、もし私を殺したいのであれば一対一で相手になってやる。だから他の魔族を巻き込むな」


 誰もが唖然とする中、正気とは思えない発言にハデスが口を挟んだ。


「お待ちくださいカオス様、ベルセウスと戦うなどお止めください。もし戦うのであれば私が――」

「何を言っている爺? まだベルセウスが私と戦うと決まったわけではないぞ。あくまでベルセウスが私を殺したいのであればの話だ。私はベルセウスにも心の底から魔王と認めて欲しいのだ。魔族全体が家族なら私の役目は父親と同じだ。間違いを犯した者は叱るし時には罰を与える。それは他者であってはならないと私は思う。そうでなければ何時までたっても認めてもらうことは出来ないからだ」

「カオス様――」


 皆それぞれ言いたいことは山ほどある。

 しかし誰もが口に出せずにいた。僅か四歳にして既に魔王の風格が備わっている。

 何より心を打ったのは、先代魔王サタンと同じ言葉を口にしたからだ。

 魔族が家族なら魔王の役目は父親と同じ、叱るときは父親が叱るものだと何度その言葉を聞いたことか――。

 通夜の様に静まり返った部屋でカオスは椅子から飛び降りた。


「もう会議は終わりだな。私は部屋で休むぞ」


 慌ててハデスとジークハルト、アグニスが付き従う。

 部屋に残された者たちも、一人また一人と姿を消していった。

 後に残るのは二人だけ、ベルセウスとメフィストだけが椅子から立ち上がる気配がない。

 衣擦れの音すらしない静寂の中でメフィストの赤い瞳が揺らめいた。


「魔族は家族ですか……。まさかサタン様と同じことを口にするとは、やはり血は争えませんな。貴方も昔のことを思い出したのではありませんか? いい加減に演技を止めたらどうです。そうまでして嫌われ役を買わなくても、カオス様は順調に成長していますよ」


 話しかけられたベルセウスは何も答えない。

 円卓の木目をじっと見つめるだけで顔すら合わせようとしなかった。何の反応も得られないことにメフィストは肩を落とす。


「やれやれ……、貴方とは長い付き合いです。何を考えているかは察しがつきます。平穏な生活よりも敵がいる方が成長は早いですからね。自ら嫌われ役を演じてカオス様の成長を促そうとしたのではないですか? 相変わらず不器用な生き方しかできないのですから……。アグニスのこともそうです。本当は自分の息子が可愛いのに敢えて突き放す言葉をかける。どうして貴方は昔からそうなんですか? もう少し素直になってもいいのに――」


 しかしベルセウスは無反応だ。


「それにしても先ほどは焦りましたよ。まぁ貴方のことです。カオス様の目覚ましい成長も見られたことですし、もしカオス様が止めなければ、ヒルデに殺されるのも悪くないと考えていたのでしょう。ですがそれでは――」


 不意に椅子を引く音が鳴りベルセウスは無言で立ち上がる。


「帰るのですか?」

「……………………」


 ベルセウスは足を止めて一度だけメフィストを見下ろすと、そのまま何も言わず会議室を後にした。

 一人残ったメフィストは虚ろな瞳で虚空を見上げた。


「父にも子にも嫌われカオス様の成長だけを願う。貴方ほど忠義に厚い魔族はいないと私は思っています。願わくば私の大切な友人に、幸多からん事を――」




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